38ストライク いとなき蓑虫は何思ふ


「は……?!」



 ムースの言葉を聞いて、今度は俺の方が困惑の色を浮かべてしまった。

 な……何言ってんだ?こいつ……チームに所属している子供を簡単に切り捨てる……だと?しかも、罪を被せて……?

 目の前では、俺の表情を見たムースが一層と笑みを深めており、その顔にさらなる嫌悪感を抱かざるを得ない。それにその笑みを見て初めて、俺はここが日本ではなく異世界なのだという事を理解したのだ。

 言葉を失う俺の横で、スーザンがムースを威嚇するようにを声を低くする。



「それは脅しか……?」


「いえいえ、そんな物騒な。私は協会へ事実を伝えるだけ……ルールは守られなければなりませんからね。」



 本意でもないだろう言葉を連ねていやらしく笑うムースの言葉に、スーザンも怒りを露わに眉を顰める。口を開かないのは、彼女もどう答えようか迷っているのだ。俺も、ここで一番ベストな選択肢はなんだろうかと考えを巡らせる。


 こいつの申し出を受け入れ、チームに入る事……その上で、あの三兄弟についても不問にしてもらう。それが、今考えられる最善の策なんだろうな。まぁ、あいつらから絡んできたとは言え、挑発した俺にも責任はあるから他人事にはしたくないし、どんな処罰が待ち受けているかわからない以上、ソフィアの体を危険に晒す選択は避けないといけない。悔しいが、ここは奴に謝罪して許してもらうしか方法はないかな……

 ムースの奴が約束を守る理由も根拠もなく、その考えは浅はかかもしれないが、そう結論を出した俺はムースへ視線を戻すと、一歩前に歩み出た。そんな俺の行動に驚いているスーザンには、心の中で謝罪だけを告げる。

 目の前には、相変わらずニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるムースがいる。おそらくは、自分の勝ちを確信しているのだろう。そんな感情が見てわかるほどの醜悪な笑みに、俺は湧き上がる憤りをなんとか押し殺しながら口を開く。



「今はこれしかない……うん、仕方ないよね。」



 自分に言い聞かせる様に呟く。

 そして……



「ソフィアはあなたのチー……」



 だが、そこまで告げた瞬間、聞き覚えのない高い声が背後から響き渡った。



「待ちなさい!!それはダメよ!!」



 突然の事に、俺は言葉を止める。

 一方で、邪魔が入った事に不快感を露わにしたムースは、怪訝な顔を浮かべて声の発信源へと視線を向けた。俺もその視線を追うように振り返ってみれば、今まで一言も発しなかったあのホームレスが、こちらに指を向けている様子が窺えたのだ。

 体に巻きつけた布の隙間から飛び出した白髪が、月の光と街灯の明かりに照らされながら揺れている。まるで巨大な蓑虫の様な格好で仁王立ちし、こちらを指差す様子は"異様"という他ない。

 こ……この人、喋れるんだ。ていうか、今の声だと女性……?女の人がなんであんな格好を……この人、いったい何者なんだ……?

 疑問が疑問を呼び、混乱してしまう。ちらりとスーザンを見れば、彼女もまた驚きを隠せずにその動向を窺っている様だ。



「あなた……さっきからずっとそこに立たれていましたが、何者です?私は彼女と話をしているのです。部外者が口を挟まないでいただきたい!」



 ムースが沈黙を破り、蓑虫女に対して語気を強める。だが、彼女はそれには応える事なく、俺の方へと視線を寄せた。



「ソフィア=イクシードさん……そのチームに入ってはいけない。そこにいるあなたのご親族の言うとおり、インフィニティーズは帝都では黒い噂が絶えないリトルチームだから。」


「それはわかっているけど……でも、罰を受けたくはないし……」



 そうなのだ。確かに三兄弟を放っておけないという罪悪感もあるが、一番重要なのはソフィアの体の安全だ。このままでは、協会の処分を避ける事は難しいだろうから、それだけは絶対に避けるべきだと思う。だが、チーム内での過酷な練習や理不尽になら上手く対応できる自信はある。

 と言うか、過酷な練習なんて山ほどやってきたから、今更動じることなど全くない。ここが異世界だという点を除けば、大抵の事には耐えられる自信はある。



「ソフィアがチームに入る事で丸く収まるなら、それで大丈夫だよ。」



 俺はそう告げて、幼気な少女を演じる様に表情に哀愁を漂わせた。

 とまぁ、これは建前だけどな。入ったら逆にチーム内をかき乱して混乱させてやろうと思ってる訳だし。まずは補欠の奴らを言い包めて徒党を組むだろ。それからレギュラー陣に試合を申し込んで、ボッコボコにしてやるんだ。そんで、レギュラーを勝ち取った上で、そのチームを俺が……



「だから、そんな事をあなたがする必要はないのよ。」



 腹黒い考えを巡らせていたが、蓑虫女は俺の言葉に首を振り、再びムースへと視線を向ける。



「エクレルールさん……と言ったかしら?協会へ告げ口するのも構わないけど、今の話を聞く限り、あなたのチームにも非があるわよね?そこの所はどう説明するのかしら。」



 ムースはまたかという表情を浮かべ、ため息混じりに口を開く。



「ですから、あれは彼らがチームに黙って勝手にやった事なのです。我らとしても指導が足りていなかった事は素直に認めて……謝罪するだけですよ。」

 


 肩をすくめてそう告げるムース。蓑虫女はそんな彼をジッと見つめている。

 だが、俺はある事に気づいた。彼女の蓑の中で小さな白い光が発せられた事に……

 彼女も俺が気づいた事に気づいているのか、一瞬だけ視線がこちらに向けられた気がするが、全身顔まで布で包まれているのでよくわからなかった。



「で、本音は……?」



 ムースに対して、唐突にそう問いかける蓑虫女。

 そんな事を聞いても、普通の奴なら答えるはずはないだろう。彼女が何をしたのかはわからないが、そう思って成り行きを見守っていると、ムースは何かに取り憑かれたかのように、楽しげに笑い始めたのである。



「もちろん、嘘の報告書をでっち上げますよ!ある事ない事書きまくって、この不躾なガキが今後生涯に渡ってベスボルができない様にしてやります!!それに、うちだって損失は多少なりとも被る訳ですよ!あの三馬鹿にも、それなりの経費はかけてきたんですからね!!そこのガキには落とし前として……そうですね!!悪趣味な貴族の慰みものにでもなってもらいましょうかねぇ!!クフフ……クハハハハ!!!」



 醜悪な笑みと耳に障る笑い声が響き渡る。

 俺もスーザンも、その言葉に嫌悪感を露わにせざるを得ない。

 だが、蓑虫女は違った。目の前で大声を上げて笑う男を見てニヤリと笑ったのだ。



「それがあなたの本音ね……わかりやすくて何よりだわ。」


「……はっ!?わ……私は今……何を……」



 蓑虫女がそう告げて指を鳴らすと、ムースは我に返った様に混乱し始めた。それを見ていた俺たちも、何が起きたのかすぐには理解できずにいる。

 やっぱり、この人何かしたんだ……あいつのあの様子だと、相手に本音を喋らせる能力とかかな?スキルってそんな事もできるのか!やばくね!?

 そんな事を想像しながら、目を輝かせて蓑虫女に視線を送ると、その視線に気づいた彼女は腰元で小さくピースをしてくれた。そして、彼女はさらにムースを畳み掛ける様に告げる。



「ちなみにだけど、あなたの今の発言……これに録音しましたので。」


「それは……!」



 蓑虫女が取り出した魔道具の様なものに、スーザンが反応する。

 もちろん、それはムースも同様だ。



「ろ……録音……!?今のって……今俺は何を話したんだ!?お前……俺に何を……」



 彼は自分が何を口走ったのか覚えていないらしい。焦りと混乱から、ムースが蓑虫女に食ってかかろうとした瞬間、彼女は手に持っていた魔道具であろう道具のスイッチを入れる。すると、先程彼が意気揚々と話していた内容が、その魔道具から繰り返されたのだ。

 唖然とするムースと、勝ち誇った様子の蓑虫女。俺とスーザンはそのやり取りを見て驚いたまま、その成り行きを眺めていた。



「く……!の……望みは何なのですか!」



 録音された声が止まり、蓑虫女が魔道具のスイッチを切ると、ムースが気まずそうに問いかける。

 なんと……蓑虫女さんのお陰で形勢が逆転しちゃったよ。まぁ、あいつのチームに入って暴れてやる予定が無くなったのは残念だけど、これはこれで見ものだな。いったい、あの人は奴にどんな条件を突き付けるんだろう。

 もちろん、普通に考えればその録音データを使ってムースを退けるか、それ以上の条件を突き付けるだろう。ムースの様子からすれば、この状況はかなりまずいはず……ある程度の条件なら確実に飲むだろうからな。


ーーー彼女の次の発言には期待できる。


 俺はそんな事を考えながら、このやり取りの行く末を見守っていたが、次に彼女が発した言葉にその場にいた全員が言葉を失ってしまった。



「私からの条件は一つよ!この子とあなたのチームを勝負させなさい!!もちろん、公平な条件はつけてもらうわ!」



 はぁ……?何言ってんのこの人!?

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