第28話 賢者
それは特別に大きな声では無かく誰も気が付かなかったとしても、不思議ではない。ただ、そ場でその声が耳に入らなかった者は誰もいなかった。
「え?」
その声のする方向を見たその場にいる全ての人の反応が揃った。
なぜなら、そこにはこの国の人間であるならb誰もが知っているが、絶対にこの場に居るはずのない人間が立っていたからだ。
「そのくらいにしておきなさい」
ゆっくりと歩み寄ってくる、その人物は長い白髪で大きな丸メガネをしている。腰は少し曲がっているがためか杖を突きながら歩いているが、重厚な雰囲気はその人物を知らないカエデでさへも臆する程であった。
「あなたは……」
「なぜここに……」
ブレンと男の声が小さく重なった。
それは城内魔法師達をまとめる、大賢者であった。すでに退役はしているものの、軍の相談役として残っているその人物は、先の大戦で箱舟を撃ち落とすのに貢献した英雄。名実ともにこの国で一番は優れた魔法師である。
「皆さん少しは落ち着きましたかな?」
前が見えているのか分からないほどの、薄目だった賢者は少し目を見開いてブレンと男を交互に見たあとカエデの方を向きニコリと笑う。
それは祖父が孫に笑いかけているようにも見えるが、その奥には果てしなく続く何かがあるような感じがしたカエデは、その人物の恐怖感を抱きながらも軽く会釈する。
その人物が持つ肩書が凄すぎるあまり、目の前にいる人物の本質を見れる人物は誰もいなかった。
「申し訳ございません!」
そういって、いの一番に賢者に駆け寄った男は其の人物の前で片膝をつき頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私の手際の悪さから賢者様のお手を煩わせてしまいました」
先ほどまでのよく通る声よりも、さらに美声を意識して謝罪の言葉を口にする。そのれと同時に、男に依頼した人物がこの賢者であったことも分かった。
「よいよい」
自身の目の前で膝まづく男に優しく声をかけるが、その視界には一切男は映っておらず、その奥にいるブレンの後ろにいるカエデをとらえ続けている。
「賢者様はなぜ俺たちを?」
「お前無礼だぞ!」
ブレンは剣は収めたものの立ったままその場を動かず、賢者に抱いた疑問を投げかける。
それを見て、膝まずいていた男が、いきなり立ち上がりブレンの方へと詰め寄る。どちらも、直属の部下と言うわけではないが、対応の違いが明白である。
「よいよい」
その様子を見て、手招きのように小さく左手を揺らす。その手はしわだらけで、骨と皮しかないようなもので、男が力ずくで押し倒せば抵抗などできないのではと思うほど、か弱いものであった。
「ですが!」
それでも、賢者の忠告を振り切ろうとする男を人睨みする。
その目は、何度も死線を潜り抜けてきた、戦場に立つべく人間の迫力を感じられるものであった。それを見た数人は全身に電撃が走ったように全身が強張る。男も、その視線の奥にある感情を読む取ることができ、もう一度膝をつく。
「お主がブレンだな」
「はい」
ブレンが初めて敬語を使っている所を見たカエデであった。
「そうすると、やはりそちらが『祝福の少女』ですな」
賢者がどうやってカエデとブレンのことを知ったかは分からない。しかも、巷で噂になっている『祝福の少女』という愛称すらも知っていた。
ギルドの人間はそれを知っていたとしても、そんな噂が賢者の耳までに入るとは考えずらい。入ったとしても、わざわざ外の人間に連れてくるように命令し、さらには自ら足を運ぶ意味が、この場にいる全ての人間が理解不能であろう。
「は……はい」
そのか細い声が、耳も遠のいていそうなほどの老人にははっきりと届いた。
「お会いできて光栄です」
もう一度ニコリと笑い、カエデの返事に応える。
カエデ以外のその場の全員がその行為に、驚きこれでもかというほ目を開く。
この国に住む人間は城の中にいるかいないかの差を一番理解しているのは外にいる人間だ。それにも関わらず、その中でも一番偉い人との数人である賢者が、リスペクトを示しながら発した言葉だった。
「え……あの、こちらこそ」
その戸惑いようは、まさに年相応な少女そのものであった。カエデにとって、目上の人にこんなにも丁寧に接せられたことは無かったからだ。学校の先生も優しい人はいたけれど、所詮は子どもと大人の関係であった。しかし、その初老の男はカエデを対等どころか目上の人として認識しているほどであった。
「私と一緒に来てくださいますかな?」
「えーとっ」
唐突な招待に戸惑うカエデが助けを求めるかのように、ブレンの方を見る。ブレンもそれに気が付くが、従うほかないことを正しく理解している。それと同時に、一つ結びつかない点があるものの、それを尋ねることはブレンにもできないことであった。
「行ってこい」
「もちろん、ブレンさんもご一緒に」
老人から発せられた、思いもしない言葉にブレンが自身を指さしながら硬直する。
「賢者様! わたくしはどうすれば!?」
それを見て、妙に慌てた態度で賢者に近づき質問を問う男は、自身にとってほしい解答を期待して、目を輝かせている。
その決まりきったと思っていた道を、直接告げられるのと、そうでないのとでは、彼の自尊心に多大な影響を及ぼすようだ。箔が付くかつかないかを決めるのは他人ではなく、自分だと思っているからだ。
「ああ、あなたはもういいですよ」
「え?」
男のほうなど一切見ずに、その場で切り捨てるように言う賢者は元々その男など一切目に入ってすらいなかったようだ。
さらに、その受け入れられない事実を告げられショックを受けているのは、その男を信じて付いてきた手下の者たちであった。はっきりと聞こえた、その言葉の意味が理解できずに困惑するものや、そんな一発逆転の都合のいい話を信じていた自信を呪うもの、絶望の果て涙を流すものまでいた。
「な! なぜですか!?」
しかし、一番その事実を受け入れられていなかったのは男本人であり、何かの間違いをもう一度問いただすように詰め寄ろうとする。
すると、二人の間を遮るように一人の男が割って入る。
「ジオード! お前なぜ今更ここに!?」
その男の名をジオードと言うらしく、白く綺麗なマントに身をまといその裾を少し釣り上げるかのように剣が見え隠れする。すぐに汚れてしまいそうなマントはまるで卸したてのようであった。
「あなたは、もういいと賢者様はおっしゃったのですよ」
割って入ってきた男を無理やりどかそうとして肩を掴むが、それを振り払われる。
「もう一度聞かないと分からないですか?」
男もジオードとの実力差が分かっているため、それ以上行動に移すことは無かった。そもそも、ジオードが表れなかったとしても城の外で苛り散らしている程度の男が賢者に勝てるはずがなかった。
動きを止めると、急遽訪れた受け入れがたい事実に押しつぶされるようにその場で倒れこむ。
「それでは行きますか」
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