第25話 戦闘開始
その掛け声を待っていたようで、合図とともに複数人の男たちが武器を構え距離を詰めてくる。それと同時に、ブレンは剣を抜きカエデは魔装を装備した。
ブレンは牽制で大きく剣を横に振った後に上段に構える。それで、男との距離が少し離れると思っていた。しかし、ブレンの予想は外れ指示を出した後さっきまで目の前にいた男はすぐさま後衛に下がっていた。魔法士でもない剣士のはずの男が前線にいないのは何か策があってのことだろうか。
あっけをとられたブレンであったが、よくよく思い返して見ればそれは前からずっと同じであったことを思い出す。すでに緊張状態のカエデはそんなことには一切気が付かず、杖を持つ手に必要以上の力が入る。
「カエデ遠慮はいらないぞ! ここでは人を殺そうが異物を殺そうが大した差はない。あるとすれば金がもらえるかどうかだ」
こんな状況だからこそ、離れしていないカエデに気を使うブレンは緊張感を持ってはいるが至って冷静だ。横目で様子をうかがいながら、呼吸を合わせる。
「それが一番の差じゃないか? まあ、殺した後にそいつから盗ればいいだけの話だが」
そんなこと慣れっこですよと集団にいる一人がそんなことを言い出す。よほどの余裕があるようで集団からは笑みがこぼれる。一方二人の表情は強張っておりその温度差は歴然としている。
普段のブレンであるならば、その隙をついて斬りかかっているがカエデの心情を察して未だ行動に移さな。
「話をしていたら長くなったな。あまり長引かせると仕事が遅いと判断されかねない」
昔の仲間を自身の出世の道具としか思っていない、男が自身の保身のための心配を始めたと同時にその時はやってきた。
前方にいる4人の剣士が二人に向かって飛びかかってきた。それにいち早く反応して行動できたのは予想外にもカエデであった。カエデはブレンのすぐ後ろにいたため、ブレンの服を掴み浮遊する。
「お、おい!」
今まで二人分の重さを試したことは無かったが、少女にはそれができると何故か分かっていた。そのまま囲い込まれた状況から脱するために集団の裏を取るように大きく頭を越し後ろに着地する。ブレンはまだしも狭いところではカエデの力は満足に発揮できない。
それを分かっていたブレンも状況の打開を考えていたが、妙案は浮かばなかった。それをカエデに先を越されたのだから、ブレンも驚きを隠せない。
「これで私たちの必勝エリアですね!」
それは、ただ距離をとっただけでなく二人が異物との戦いで得た経験から二人の役割が一番よく発揮される立ち位置であった。
ブレンを下ろすと少女は再び空に舞う。
「噂は本当だったんだな!」
その様子を見る幾人もの人が驚き空に浮かぶカエデに釘付けであった。
集団で行動するパーティーは効率よく異物と接触できる場所を選ぶ。一方でここ最近までカエデとブレンは一目の付きにくい場所で活動していた。そのため、二人が稼いでいることはギルドに行けば分かるが、実際に戦闘している姿を見ている人物はいなかったのだ。
「やっぱり」
集団の中から次々とそんな声が聞こえてくる。それはまるでこだまするかのように広がっていく。
「やっぱりお前は帝国のスパイだったんだな!」
「は?」「え?」
男が空を浮かぶカエデを指さして確信めいた口調で言う。
それに反射的に反応する二人は男がなにを言っているのかさっぱり分からず、再び困惑する。もしこれが、二人の気を引く作戦であるならば、それは大成功だっただろう。男の対人戦の経験値とブレンとの差が露骨に出た場面であろう。
しかし、実際はそんなことは無く。
「知ってるぞ! 帝国の人間は科学兵器を使って空を飛べると! ブレンも敵国に加担するなんて!」
この国の人間は空を飛べる魔法を見慣れてはいない。大賢者様はクラスになれば魔法の力で飛ぶことができるかもしれないと思いつつも、それを目の当たりにしていなければそれを信じることはできないであろう。
しかし、それが自国ならの話で、敵国の情報は確証がなくとも信じられてしまうものだ。
「お前何言ってんだ? 嬢ちゃんがそんなわかないだろ?」
カエデは違う世界から来た。ブレンはそれを確信している。色々と不可解な点はあるものの、直感がそう言っていたし、事実それは正しいことだ。
だからこそ、抜け落ちていたことでもあった。
「この期に及んでまだ言い訳するのか! 大賢者様はこのことにいち早く気が付いたから、この俺に直々にご命令くれたんだ!」
その思い込みは、カエデをスパイと決めつけるだけではなく、自分をすでに城内の人間だと思い込んだ発言である。
「そうだそうだ」
集団真理は恐ろしく、その男の言葉に続き他の人たちも次々に口にする。そもそも、カエデをスパイと決めつけて近づいてきているのだからブレンの聞く耳など持つはずがない。
「ブレン! お前の両親も先の大戦で命を落としたんじゃないのか! だからお前が今こんな惨めな目に合っているんじゃないのか! 国を裏切り産みの親までもを裏切ってそれで満足か!」
自分の妄想で好き勝手言う男に対して、徐々にいら立ちを覚え始めるブレンの剣を握る手の力は徐々に増していく。
なによりも頭に来ることは、対して親しくもなく過去に殺されそうになった相手が、こちらの立場でものを言っていることであった。
「だまれ……」
そういって切りかかろうとした時であった。
ブレンの少し頭上をかすめる何かが通り過ぎた。
「うぁぁぁ!!!」
自分たちの足元に小さなクレーターのようなものができる。それは、カエデもっとも得意とする魔法であった。衝撃を線上に飛ばすそれは、この国のどの系統の魔法とも違い、集団にとっては未知のものであった。
初めて人に向けて撃ったカエデは、それを外したのではなくあえて脅しとして使った。ここにきてから威力調整などもできるようになり、それはかなり弱めに撃ったものの手加減無しが直撃でもしていたら、ひとたまりもなかっただろう。
「次は当てますよ」
カエデは普段のふわふわした話し方ではなく、はっきりと伝わるように語尾を切るようにして言う。それは、その場にいる誰しもが脅しでないことを理解できるものであった。
「ック!」
少しうろたえる様子を見せる男と一緒にブレンも驚いた表情をする。この少女がここまでできるとはブレンも思っていなかったのだ。初めはブレンは一人で戦うことを覚悟していた。それは、対人戦になれば少女は使い物にならないと確信していたから。
しかし、予想は異なりこれ以上にない安心感に包まれ始めていた。
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