第22話 夢の行方

「おい、ブレンこれ」


 2人の祝勝会の場所は決まってここであった。そのガタついた店構えとぼろぼろな店内に不相応な巨体の店主。出てくる食事も質素であるがどこか温かみのあるそこは、ブレンだけでなく、カエデにとっても大切な場所になっていた。


「おお! もしかしてこれは頼んでいたやつか!」


 店内に入るなり、二人を確認した店主が少し興奮気味に駆け寄ってきた。それは今までで一度もなかったことで、ブレンが入ってきたにも関わらず口喧嘩が始まらなかったのも初めてだった。


「ああ、苦労したぜ」


 店主が大事そうに両手で持っていたものをブレンに手渡す。それを受け取るブレンも両手で受け取り、まじまじとその筒のようなものを見ている。まるで、子どもが親におもちゃを買い与えられたようだ。

 その横で大役を終えた後のように、やり切った顔をしている店主が汗かいているわけでもないのに、手の甲で額を拭う。

 カエデは、なにをしているのか、なにを話しているのか分からず唖然と棒立ちしているだけだ。重いその荷物を足元に置き、いつも通りの置いてきぼり感を抱えながら、忙しかった今日を思い返すように、力を抜き肩を落とす。


「うあああ! いつぶりだろうな!? 前に盗み飲んだ時以来だ」


 椅子に座るなり店主が用意したコップにつぎはじめるそれは、どうやら酒のようだった。その嬉しそうな顔と、反対側にいる店主の心底羨ましそうな顔を見ると、それがどれほどここでは貴重な物かがよくわかる。横から香その独特な匂いがカエデには、とても興味を惹かれることではなかった。


 ブレンがひとしきり楽しんでいる間にカエデには、食事が振る舞われていた。二人が金を持っていることを知っている店主は、特に何も言わずにその日用意できる一番いいものを出してくれるようになった。


「ブレンさん、聞きたいことがあるんですけど」


「ああん? なんだ? いまなら何でも応えてやるぞ?」


 横に座っているブレンは、律儀に体ごとカエデの方を向く。飲んでいる酒のせいか顔には緊張感の欠片もなく、どちらかというとキリッとした顔つきのブレンがへらへら笑っているように見える。


「どうして、急にこんな派手な行動をするようになったんですか?」


 今日の行動はカエデにとっては理解しがたいことであった。前々から同じことをできたはずにも関わらず、前回のことがあった直後だったのか。


「そのことか」


 すると、少しだけ顔つきがもとに戻ったかと思いきや、やはりそう簡単なことではなかった。


「俺は前々から、ある程度知られていた。まあ、それはどうでもいいことだ」


「ごろつきとして有名だったからな」


 ブレンの言うことに店主が一言付けくわえる。ブレンの内情は少し聞いていたカエデだが、それだけが理由でないことも分かっている。


「うるせぇ! それでな、お前の存在は誰も知らなかった」


「はい」


 突如現れた少女だったが、子ども一人増えたくらいでは誰も気にも留めない。カエデだった、ここでの生活に慣れ始めてきたとは言え、この町にいる人の顔なんてほとんど知らない。それこそ、店主くらいだろう。


「だから、その実力はあまり目立たせないほうがいいと思った」


「なんでですか?」


「この国。というか、この世界は強さが全てなんだ。あ、あとは身分かな? だから強いやつはすぐに目立つ。みんな欲しがるからな。みんなここで強くなって、城に向かい入れられることを望んでいる。それは、命の危険は変わらない物の、もっといい生活が保障されるから」


 常によりよい物、よりより生活を望むのは、カエデのいた日本では多くの人が忘れてしまっていたことかもしれない。危機的状況の方が発展するというのはあながち間違いではないのであろう。

 ここでは誰しもが、自分にできる精一杯の力で生きている。


「だけど、これは俺の失態だ。俺が悪目立ちしすぎたから、ついでにお前にも目が言っちまった。ちょっと調子に乗りすぎちまった」


 両手の手の平を合わせて浅く頭を下げながらブレンが謝る。


「じゃあ、もうみんなにお前の特異さがバレちまったなら遠慮することは無いかなってことで今日の出来事だ」


「な、なるほど」


 予想していた内容よりも薄いものが出てきて少女は少し驚く。


「つまりお嬢ちゃんは一切悪くないってことだ。俺も聞いたぞの話は」


「え、店主さんも知っているんですか?」


「そりゃ、お嬢ちゃん達が稼いだ金をここに落としていってくれるんだからな。俺だって、普段こんなに店回りがいいことなんてないから、ついついいい食材を仕入れたり、ブレンに頼まれて酒を仕入れたりしてな」


 この町に住む人にもグレードがありそれぞれに合った飲食店、宿、雑貨屋などがある。この店主の店は稼ぎの少ない人たちの味方である。だからこそ、今まで仕入れないようなものを仕入れていたら、それは目立つのも当然ことだろう。


「いい思いしてんじゃねーか。感謝しろよ!」


 それだけ、ブレンとカエデがこの店に金を落としていることになる。


「バカが! そのおかげで俺が怪しまれたんだからな。ただの料理屋のオヤジがこんな大金を持ってるなんておかしいつってな」


「それは申し訳ないです」


 ブレンも他の飯屋に行こうとしないが、それはカエデも同じことでここはお互いが何も言わなくとも、一仕事終わった後に向かう場所であった。

 そのため、店主が疑われたのは自分の責任でもあると思いカエデが謝る。


「いやいや、お嬢ちゃんは悪くないよ。そもそもお前たちが悪目立ちしてるからすぐに疑いは晴れたしよ」


「やっぱ、俺たちのおかげじゃないか」


「これからはどうするんですか?」


「嬢ちゃんはどうしたい?」


 ここまでカエデの意志など一つもなかった。ずっとブレンの後ろを歩いて付いていく。それだけだった。それはこの世界のことを何も知らないため仕方がないことでもあったが、しかし今は違う。ある程度ここのシステムにも慣れてきて、分かってた。

 ブレンはここまで金を稼げたのはカエデのおかげであることを正しく理解している。そのため、ここから先はカエデ本人に委ねようと思っている。ここで、行く先を分かれたとしても何も文句はない。むしろ、この世界の案内料としては、十分すぎるくらいには稼いだ。今まで通りのその日暮らしをするのであれば、二度と剣を握らなくともいいくらいには金はある。

 しかし、ブレンはそんなことをするつもりなく、カエデがどんな選択をしても、今まで通りの生活をするつもりだ。


「ブレンさんは、夢ってあるんですか?」


 唐突にカエデがそんなことを尋ねる。


「野望って意味なら、城に入り時期に来るであろう大戦で活躍して偉くなていい生活をしながら、ずっと戦い続けることかな」


「なんで、そんなに戦いにこだわるんですか? お金と安全があればそれで満足じゃないですか?」


 この世界でいかに金を稼ぐことが大変なことかをカエデは知っている。異物と戦うことはいわば一攫千金を常に狙い続けることと同じだ。実力が認められなければ永遠にその日暮らしで、いつ死んでもおかしくない。

 カエデも自身が望んだことと言えども、戦いたくて異物と戦ってきたかと聞かれるとなんとも答えにくい。それが使命だったから。


「前にも言ったが、嬢ちゃんみたいに文字も読めない人間だ。だからこの身一つで戦うことしかできないだからだ」


「今こんなにお金を持っていてもですか?」


「それでもだ。戦うことしかできないからな」


 少女は、目の前の女の目は一切濁っていないことを確認する。それは間違いなく自身の意志のもと選ばれた選択で、女にとっての生きる意味なのだと。


「分かりました」


「じゃあ、もう少し一緒に頑張りましょ!」


「そう来なくっちゃな!」


 ブレンは隣に座るカエデの肩を力強く片手で抱きかかえる。


「うっ!」


 その唐突な攻撃に、思わず野太い声が漏れだす」


「おいおい、ブレンよぉ」


 今まで静かに二人の意思表示を聞いていた店主が、二人に入り込むタイミングを見計らっていた。


「なんだよ?」


「それ、俺も少しもらっていいか?」


 そういって指さすのは、自分で仕入れたブレンに頼まれた酒であった。そんな高価なものを仕入れたことがない店主もいくらブレンといえども、客のものを無断で拝借できるような人間ではなかった。


「ああん?」


 気に入らなさそうな顔をしながらも、その瓶を差し出す。


 剣士と魔法士、粗暴と臆病の凸凹コンビであるが、二人の異物退治はまだまだ当分続く。


 この場の3人ともそう思っていただろう。

 しかし、それは思いの他長く続くことは無かった。

















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