ニコニコ顔の米問屋を怒らせたい
現在の西暦がわかった。
一五四六年だ。
種子島伝来から計算して割り出せた。
慶次郎もこのくらいはできるのである。
エライエライ(棒~)
河越の夜戦があるのは四月だ。
既に二月。あと二か月で御下命の百石を手配せねばならない。しかも元手無しで!
木下藤吉郎でも石田佐吉でもできないだろう難題に挑戦する慶次郎。
あ、慶次郎ってゲームなんかでは内政ゼロに近い設定なんじゃ。
気にしないのが利口というもの。
中身が違うのだから。
あ、中身も頼りなかった……
この当時、街道と言っても農道を連想して頂きたい。
それも田舎のあぜ道に近いせま~いでこぼこ道。
都会もんにぁ、わかんねぇか。
だいたい幅が二メートルもあれば普通。
日本一整備されていた後の東海道でも幅は数メートルですな。
しかも江戸時代になれば石畳の道なども所々出て来るもののあとは踏み固めた土です。
それでも街道普請というお百姓さんを借り出しての整備が行われて通行がしやすくしていたのだから。
戦国時代?
攻めやすく街道を整備するもの好きは信ニャガ君みたいな人だけですよ。はい。経済重視の大名、今川や六角などもやっていましたが内政ガチ大名北条氏が支配する前の関東なんぞ通れれば儲けものの街道です。
そこを疾風の如く駆ける一台のスーパーカー、もとい荷車。
もちろん我らがヒーロー前田慶次郎君ですわな。
冬木式フェラーリ812GTSはその馬力(?)を如何なく発揮し、サスペンションもとりあえず壊れていない。
既にくすねて来た焼酎は完売。当時の超高級品であるこの酒は飛ぶように売れ、一斗樽三つがなんと一千貫文になったよ。
まああなたのいる世界線で超高級酒ドンペリニョンが七百ミリリットルボトルで三十万とか五十万とかすることを考えれば二千貫文以上にはなるよね。
この一千貫文を元手に手形を発行してもらいあっちで兵糧買い、こっちで売る。現物はもちろん船頭さんに頼んでオシマイ。
人頼りの慶次郎。
自分がアウトソーシング、もといフリーランスでこき使われていたのを忘れている男であった。
「本当に現物がこちらへ着くんでしょうな。お侍さんは今一つ信頼できませぬな」
「おいおい。笑顔はどうした。ニコニコしながらもみ手で商談しようぜ」
「ご無体な。なにも信用のない一見さんのあなたに信用置けないのは当たり前でしょう」
「控えよ! この紋所が目に入らぬか! 恐れ多くも関東管領上杉憲政公の御落胤、大胡政賢様の裏書があるわ!」
嘘です。
この世界では、御落胤ではないらしいので勝手にそれらしくカバーストーリーを仕立て上げた結果である。
「故に安心して商売せいとの仰せじゃ」
「不安しかないのですが……」
そうやって交渉し(騙すともいう)つつ、北は北海道じゃなかった奥羽から南は沖縄(無理だ。精々九州)までを隈なく廻って米転がしをしていった。
気が付くと既に4月初頭に。
急いで大胡へ舞い戻る。
その時には既に三万貫文の証文が慶次郎の懐に転がり込んできていた。
それでも慶次郎の顔色はさえない。
「あと三か月巡りたかった。密かなる目標三十万貫文を達成できなかった!!!!」
……慶次郎はこのチートプレイで常に三十万貫文以上を利殖するのがテンプレであった。
銭はいくら蓄えても欲は限りなく湧いて出ることを勉強しない男がこの慶次郎である。
政賢の書室へクエスト、ではなく下命の達成状況を報告に行く。
そこにはニコニコと笑って座っている小さな殿と、イライラして膝を掻きむしっている勘定方の瀬川殿がいた。
「慶次郎ちゃん、お勤めごくろ~さまです。で、どうだった? 兵糧何とかなった? 百石じゃなくても五十、いや三十石くらいでもいいよん。どうせ三月くらいしか参陣しないから。
うちは百人くらいで行けばいいから。瀬川ちゃん、百人が三月出陣でどのくらい必要?」
あっさり瀬川に計算を投げる。
やっぱり頭が軽いのか?
それともめんどくさがり屋なのか?
「最低でも三十石、余裕を見て五十石は変わりませぬ。それよりも!」
「なになに? あのイチャモンのこと?」
「イチャモンではござらぬ。正式の抗議書でございまする。この前田慶次郎という男が取り決めた契約が履行されないと各地の米問屋から抗議が。関東管領家にも問い合わせをしていると!」
どうやらアウトソーシング先がくすねたらしい。
狐とタヌキの化かし合いの戦国時代を甘く見ていたのか慶次郎。
「あいや待たれい瀬川様。その契約書はきちんと保険をかけております。正式なインボイスであると裏書を各地のお大尽から確証を貰っておりまする~」
「
「きちんとした契約で商取引が履行されないときはそのお大尽が代わりに代金を支払うというものでございまする」
「そ、そんなもの聞いたこともないわ!」
あっぱれ慶次郎。
全国各地の神社仏閣や土倉からべらぼうな金利を餌に「もしもの時はよろしくね。きゃぴっ」との保険証書を取っておいたのだ!
未来でさんざんお世話になった雇用主からフリーランスやパートタイマーを守るべらぼうに高い雇用保険?を今度は自分で作り出して富裕層に擦り付けたのだ。
あくどい! あくどいぞ! 慶次郎。まるでサブプライムを作り出したファンド並みに黒い!
後先考えないのが信条の慶次郎であった。
おい。これでお前さん、全国の宗教団体敵に回したぞ??
「それなので、もう明日にでも三十石、米俵にして八十俵程。商人が荷駄で大胡の米蔵へ届ける手筈となっております。必要とあれば指定する陣所へあと百石はすぐさま届けられる手配をしておきました。安心して下さいませ。殿」
「う~ん。安心できない気もするけど、とりあえず兵糧は手配できたんでいいかな~」
胃の辺りをさすっている瀬川を無視して話が進んでいった。
「じゃあ、
慶次郎、果たして無事に生きて河越から帰れるのだろうか?
正史ではぼろ負けした関東管領側なのだが。
そして……大分味方から、それも関東管領から不興を通り越して恨みを買っているとはつゆ知らず無邪気に加増を喜んでいる。
あ、だいたい俸禄五貫文くらいに増えたとしても既に懐には三万貫文の証文があるんじゃね?
いあいあ。
小市民にはそのような高額な財産は現実味が乏しくて、目の前の常識的な額の定期収入が安心感をもたらしてくれるのだ!
「そういえばね、慶次ろちゃん。君が活躍できるように重~い槍作っといたよん。後で使ってみてね~♪」
政賢の有難い言葉にちょっと涙ぐむ慶次郎。
生まれてこの方、プレゼントというものを貰ったことは死ぬ間際に母親からもらった通帳だけだった。
それも残金123円(涙)。
母、公務員。バイトで暗殺者。
慶次郎頑張って育てた。父の分まで!
父、忍者。カッコいい。だけど死んだ。
母~! 偉い! 慶次郎、尊敬。
慶次郎をここまで立派に育て……戦国でサバイバルしていける大馬鹿……いや勇者、どんなことも臆することなくやり遂げる鉄面皮に育てたこと、立派である(泣)……のか?
さあ、涙を拭いて立ち上がれ勇者、慶次郎。
戦場が君を待っている!
「あ、慶次ろちゃん。あの槍、特注品でさ。結構お金かかったんだぁ。中に鉄入れたりしてさ。だから代金は君の持っているお金全部でいい? それでも足りないんだけどね」
普通な感覚で取り決めをする政賢。
だいたい軽格の新参者が所持している銭などたかが知れている。
当たり前の申し出である。
それを聞いた慶次郎。
懐に手をやると同時に脂汗を流し出した。
「ぜ、全財産でござるか?」
「そう。全財産。足りなければこっちの金蔵から足しておくからね。安心してね」
「そ、それは御下命でござるか?」
「そう、ごかめい~♪」
遂に腰を下ろしたまま両手を目の前の床板に付けて汗と涙をこぼし始めた。
「堪忍してくだされ、との~。某、勝手働きをしておりましたぁ~」
「どったの?」
「大胡の隠し軍資金として銭にして三万貫文を用立ててしまいました~~!(真っ赤な嘘)」
「借りたの?」
「いえ。手形にていつでも各地の座で交換可能でござりまするぅ~」
震える手で自分の隠し財産を主の政賢に献上する慶次郎。
悪銭身につかず。
隠し事が苦手な小市民であった。
「へぇえ。すごい銭だね。瀬川ちゃん。これってすごいの?」
「……凄まじゅう。ほぼ何でもできまする……」
瀬川はまた胃が痛くなったらしい。
慶次郎が来てから胃の痛むときが増えたのであろう。
「か、勝手働きの件はおとがめなし?」
「う~ん。おとがめなしかなぁ~。この銭をどう使うか考えちゃって。それでチャラ。このことは内密だよん。こんなことが外に漏れたら大胡が潰される~」
「そ、それが宜しゅうございます。極秘裏に使いませぬと、周りの勢力にあっという間に潰されます故」
「そう考えるとこの大胡を危険な状況にする勝手働きだねぇ」
すでに慶次郎の前の床板が汗と涙と鼻水で、でろんでろんになっていた。
「拙者の不徳の致すところ! 平に、平に~~~」
困り顔の二人の大胡首脳へ頭を何度も床に擦りつけて謝る慶次郎。
後に『土下座の慶次郎』と呼ばれる武将の誕生であった。
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