退職金につられて冒険を始める男




 思い出してきたぞ。

 あの日起きたことを。

 狭くて暗い上泉道場のねぐらの中で起き上がった際、体感時間で1日過ぎていない間の出来事を。






「お~~っほっほほほほ~~。この日本人じゃっぷおす! あんたを希望通り自分の妄想の世界へ放り込んで差し上げますわ! 感謝しなさい!」


 突然、青いリボンがフリフリする白いAラインのワンピースをまとった銀髪幼女が俺、前田慶太(31)の創作時間の邪魔をしたんだ。

 髪型はお約束のツインテ。



 21世紀も中盤に差し掛かった格差社会もここまでくると清々しいというほど、日本は殆どの平民はフリーランスで低賃金労働をさせられていた。

 俺はたまにロボットのできないような手作業を日雇いで請け負った際に唯一の贅沢品としてを楽しみに、毎日毎日蜂の巣状のカプセル住居に寝転んで、たまに舞い込むネット上の仕事をこなす毎日。


 そんな中、唯一の娯楽がWeb小説を書く事だった。

 特に歴史小説。

 最近は故郷の群馬県の小さな国衆が七難八苦を乗り越えて天下を取りこの日本史史上最悪の侵略をしてきた南蛮人を撃滅する痛快な作品を書いている。


 織田信長さえ部下の反逆などで倒されていれば日本にも好機があったのではと。

 浅井長政や荒木村重、明智光秀。そして羽柴秀吉。

 これらの者の反逆が成功していれば、信長が日本にキリスト教を広めることを許した流れで宗教的侵略という事にはならなかったに違いない、と。



「そ~。それよ! その妄想の世界! そこに行きたいのでしょう? だったらあたくしと取引しませんこと?」

「な、なんだ? まずは自己紹介するもんだろ? そこの幼女」

「よ、幼女? 失礼ね。でもまあいいわ。あたくしはカエデ。西洋を憎む者よ!」

「おい、そんなこと言ったらBANされないか? 危険思想だぞ」


「それを変えるために、あんたを利用……げふんげふん。あんたに活躍してほしいのですわ。戦国時代へタイムリープして南蛮人を追い払ってくださいまし!」


 なんだかひじょ~に怪しい。

 白いワンピースでひらひらとその3D映像が慶太の周りを舞う。


「もしそんなことが可能なら面白いが、危ないし危険だしきついだろう。3Kはノーセンキュー」


「慶太。危うきに近寄らず」という故事成語が脳内慣用句辞典のトップを飾る男であった。



「しかし自分の体を見てみなさいな。そのでっぷりとして日光を一度も当たっていない白いガサガサの肌。歯は総入れ歯、眼は近眼。髪の毛は……」

「い、いうなぁ! それを言ってはだめだぁああ~」


 慶太は最近、鏡というものを見たことがない。コンビニのガラスにも近寄ったことがないのだ。その自分の体の惨状を見たくないため。

 上級国民はお日様の下で人生を謳歌しているのに、大多数の人間はカプセルに押し込まれて平均寿命38歳という人生を送っている。

 もちろん子孫も残せない。


「ここにいてもあと10年もしない内、あんたの常食、エナジージェルの原材料よ! あんたそれでもここにいる?」


 ピクッと慶太のうなだれていた方が動く。


「ふふふ。あたしの言う通り、南蛮人を戦国時代末期に撃退しておけばここまで酷い日本、そして世界にはならなかったわ。あんたも今頃正規雇用で社会保険完備。退職後は年金暮らしで悠々自適!」


 さらにぴくぴくっと……


「おまけに女の子とのリアル交際も可能! (できればの話よ、ふふふ)」


 正規雇用・終身雇用。

 社会保険・健康保険完備。

 定期収入。

 一戸建て住宅。

 退職後は憧れの年金生活!


「乗った!」


 ぱちぱちぱち


 いつの間にか人数が増えていた3D映像。

 大男と白衣の科学者のような男たちが拍手をしている。


「よくやった。カエデ」

「彼の気が変わらない内、データをインプット。タイムリープを実行する。時間はそうない」

「えええ~? もっと遊んでいたいのに~。SMチックにこの軟弱馬鹿をいたぶりた……あてっ!」


 鞭を持ち出していた銀髪幼女の頭を大男のでっかい手が引っぱたくように横に流れていくと、そこには銀の塊が。


「後藤のおっさん。よっくもあたくしの大事な秘密を!」

「ウ、ウィッグだっのか」

「気にしないでやってほしい。こいつの趣味だ」

「単なるレイヤーか」

「ばっ、馬鹿にしないでよね! これも深~い訳が……」


(元)銀髪幼女を放っておいて話は進む。

 こいつらは秘密の抵抗組織で、西洋列強や他の大国に巣くう影の支配者たちの体制をひっくり返そうとする歴史改変を企んでいると。

 それも今、つき留められてしまい先遣隊員を派遣したのが精いっぱい、本隊の出発が間に合わないかもしれない。


 このタイムリープに必要な条件は父方の直系先祖が確実に武将や商人として確認できること。

 目の前の3人のほかにも数名適合者がいてリープの準備と撃退計画・訓練を行っているという。

 慶太はその作品のシナリオが現実に確認できた歴史に酷似しているとの事。これは驚かされたがどうやら世界線をまたいで知識が行ったり来たりしている可能性があるとのこと。


「後藤隊長! 奴らこのWeb空間を察知した模様。早くしないとリープできません!」

「くっ、仕方ない。前田慶太と言ったか。せめて準備が出来ているお前だけが先行してリープしてくれ。向こうで出来ることをし、南蛮勢力を駆逐するんだ」

「退職金、年金、明るい家族計画よ~~」

「ま、待てよ! 今その話聞いたばかりじゃないか! もうちょっと説明しろよ! 何か計画とかあるんだろ?」


 後藤という大男は、すまないと頭を下げる。


「出来るだけ本隊を早く出発させる。本隊とお前、そして先行した隊員の時間が交わるところ。それは上野の中央部、大胡という国衆の領地だ。全ての隊員はその国衆、大胡政賢まさかたの配下となる。政賢にはこの娘が入り込む。

 お前の書いている作品とほぼ同じと判明した。先行偵察要員が史書を残している」


「それ、あたくしのおね~ちゃん。賢くて私より気が強くてしっかり者ですわよ!」


 どれだけ気が強いんだ?

 と、ツッコミたいがその時間はなさそうだ。


「いいか。上泉伊勢守信綱、つまり剣聖に師事するんだ。そして大胡の家臣となれ。そうすれば俺たちに合流できるだろう」


 そういうと男2人と偽銀髪幼女1人は消えていった。

 その後、急に頭が割れるように痛くなり16世紀に飛ばされていった慶太であった。





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