死花外伝-涙の理由-〜島谷美知子〜
市丸あや
第1話
「えっ?!」
「だから、美知子もやってみない?マッチングアプリ!!」
とある夏の、福岡の情緒漂う街並みの中の、お洒落な一軒のカフェ。
示されたスマホの、猫と猫が仲良く寄り添ってるアイコンのアプリを見つめながら、美知子は沢子に問う。
「ま、マッチングアプリって、いわゆる…出会い系よね?」
「んー。広い意味で言えばそっかな!でもさ、結構楽しいよ!イケメンと一緒にご飯行けたり遊びに行けたりさぁ!」
「だ、だだ、だめよ!!そんな浮ついた物。第一、私には…」
そう言ってモジモジする美知子に、沢子は盛大にため息をつく。
「ホントにさぁ〜、棗(なつめ)検事で良いの?美知子初めての彼氏でしょ?他にも沢山…言葉は悪いけど検事よりカッコいい男いっぱいいるのよ?なのに、ちょっとの遊びもしないで、結婚相手に決めちゃって良いの?」
「だって…」
「だって?なによ。」
「…ううん別に。そろそろ帰りましょ?昼休み終わっちゃう。」
そう言って席を立とうとした美知子の手を取り、沢子は彼女のスマホに件のアプリをインストールする。
「ちょ、ちょっと…」
「社会勉強!とにかく一回、会ってみな!絶対ハマるから!!」
「沢子…」
どうしたものかと困ってスマホを見つめていたが、沢子の強引に気圧され、美知子は渋々、タッとアプリをタップし、プロフィールを作成した。
*
「ただいま戻りました…」
福岡地方検察庁のとある一室に入り、美知子は部屋の主人に帰宅の報告を告げる。
すると、大きな木製の机…検事棗藤次と名札の置かれたそこにいた、右目下に黒子のある精悍な顔つきの男が、笑顔でむかえる。
「おかえり。久しぶりに外で友達と食事…楽しかったか?」
「あ、うん。そこそこ、かな?」
そう言って首を捻って苦笑いを浮かべてると、男…棗藤次(なつめとうじ)は美知子を優しく抱きしめる。
「ワシは美知子のおらん独り飯で、寂しかったんえ?せやからな?今晩、ウチおいで?お父さんにも挨拶したんや。ちょっとの泊まりくらい、ええやろ?」
「だ、だめ!パパが門限に厳しいの、藤次さんも知ってるでしょ?泊まりなんて絶対だめ!折角検事さんって事で機嫌よく結婚許してくれたんだもの。損ねるようなお付き合い、できないわ。」
「そやし…ヤったんあの時の一回こっきりやん。もっとワシ、お前の事、知りたい…」
「でも…ん…」
言葉の途中で唇を塞がれ、角度を変えて、藤次の唇が何度も自分の唇に触れ、服の上から身体を弄られる。
「好きや…したい。机そこ、手、突いて。」
「で、でも、職務中…誰か来たら…」
「………」
戸惑い自分の指示に従わない美知子に、藤次は業を煮やしたか、彼女の手を引き、部屋のすぐ脇の書庫につれていくと、鍵を閉めて、狼狽する彼女を抱きすくめブラウスを捲り上げて胸を露わにすると、書棚に美知子の背を任せて、ブラの中…硬くなった胸の先を舐める。
「あ…やだ、藤次…さん…止めて…」
「嫌や。したい。職務なんて、後でちゃっちゃと終わらせたらええやろ?優秀な…「事務官」はん?」
「と…」
「なあ、「棗検事」て呼んで?「あの時」みたいに…」
スカートを捲し上げ、ストッキングの上から太腿を撫でられながら耳元で囁かれ、美知子はくらりと目眩を覚える。
「な、「棗検事」、好き…です。」
「ええ子や…」
そうしてストッキングごとショーツを脱がされ、書棚の方に顔を向かせられると、背後から藤次の熱を持った性器が、濡れた美知子の性器を貫き、2人は着の身着のままで、甘美な情事に耽った。
*
美知子が藤次の部下になったのは、桜の花が舞い散る4月の事だった。
真新しい検察官紀章を付けた新米検事の藤次は、同じく新人だった自分に優しく接してくれて、仕事に対する悩みなどにも、真摯に耳を傾けてくれた。
そんな彼を、いつしか美知子は上司と言うより男性として好意を抱くようになり、その年のバレンタインに告白。思いは受け入れられ、職場にバレないように付き合うこと2ヶ月。出会って丸一年、3回目のデートで、それまで結婚するまではと守ってきた処女を、藤次に捧げた。
ベッドのシーツについた初めての血を見た瞬間、藤次は美知子を抱き締めて、結婚しようと囁いた。
初めはベッドの中の戯言かと笑っていたが、藤次はそのデートの帰り道に美知子の家に行き、誰だ何だと問い詰める彼女の父とオロオロする母に頭を下げて、結婚を許してくださいと言ったので、彼に倣い、一緒に両親を説得。
婚約指輪こそないが、藤次と婚約し、刑事部長に仲人を依頼して、式場の下見に行ってと、全て順調だった。
だから…
「マッチングアプリなんて、ダメよね。」
自室のベッドの上でアプリを見つめながらそう呟き、削除を実行しようとした時だった。
「えっ!?」
ピコンとアプリが通知音を鳴らし、新着メール一件と言う通知が来る。
「うそ…」
半信半疑でアプリを開いてみると、そこには自分と同じ年嵩程の、見目の良い青年。
-初めまして。宜しければ一度、お食事お付き合い頂けませんか?-
とても丁寧な誘い文句と、顔が好みだったのもあり、美知子の胸はドキドキと高鳴る。
「(社会勉強!とにかく一回、会ってみな!絶対ハマるから!!)」
「お食事くらいなら、良いかな…」
沢子の言葉に押されて、美知子は藤次に小さな罪悪感を抱きながらも、その男性にイエスの文章を送った。
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