第57話 〜リッカの心中〜
◇◇◇【SIDE:リッカ】
主様(あるじさま)に抱きつき、泣きじゃくっている吸血鬼(ヴァンパイア)を遠目から眺めている。
「……ふふっ、そうだよね。……ほっとけないよね?」
隣から聞こえたシルフの声には"恋慕"が滲む。どこか納得したような顔で、主様と"吸血鬼(こむすめ)"を見つめて微笑んでいる。
……"事"はそう単純なものではないの。
"主様の血"が吸血鬼(こむすめ)に溶け込んだ。それが何を意味するのかを、シルフはわかってない。
「ふふっ……」
呑気に顔を染めるシルフに、妾は言葉を返す事ができないでいる。
いま、まさに『魔将王』と同等の存在が生まれた。
主様の血を養分にして、魔力量が急激に跳ね上がった。使い方を知っているのか、知らないのか……。
そこは妾には、まだ判断はできないけど、「簡単に屠れる生物」から「こちらも覚悟しなければならない生物」に進化したのはわかっている。
そもそも、本当に吸血鬼なのかどうかも怪しい。"混じっている"おかしな匂いと気配。
初めは「何が」襲いかかってきたのかわからず、主様の腕を啜っている姿を見て、吸血鬼(ヴァンパイア)であると判断した。
"白髪に紅い瞳。陶器のように白い肌に2本の牙"
吸血鬼の特徴に一致している部分と、していない部分が半分半分。でも、主様の言うように敵意や悪意は感じない。
……骨が折れる。
あの小娘を屠るのは、"もう"容易な事ではない。今のうちにに屠っておくのが、最善……。
思考を巡らす妾の顔をシルフがひょこっと覗いて首を傾げる。
「リッカちゃん? どうかした?」
「……い、いや、なんでもないの……」
「……そっか。……アード君、怪我は大丈夫かな? 回復薬(ポーション)、早く渡しにいった方がいいかな?」
「……主様には必要ないの」
「……? そっか! リッカちゃんが言うなら大丈夫だね?」
シルフはそう言って優しく微笑んでくれたので、ハッと我に帰る。
妾は排他的に考える癖が抜けない。簡単に他人を信じられない。そんな悪い癖がまた発動してる事に気がついた。
「……シ、シルフ。……おそらく主様にはなんのダメージもないの。噛み跡は残ってるかもだけど、それもきっと心配ないの」
「……ん、よかったぁ」
シルフは小さく呟くと、微笑みながら主様と小娘を見つめている。言葉に滲んだのは「安堵」。
妾の言葉を心から信じている事を教えられる。
※※※※※
主様との1ヶ月。
アリスも、カレンも、ランドルフも、ガーフィールも、もちろん、シルフも……。
妾を恐れないだけではなく、信頼してくれている。
『復讐の先輩』
そう言った主様がどのように過ごしているのかを知りたかった。主様の過去を知りたいと思った。
でも、蓋を開ければどうだろう?
毎日のように妻を抱き、夜には酒に溺れ、朝には「もう飲まないからな」と悪態を吐く。
昼には「ベッドを作れ」と妾の尻尾を家具のように扱い、飽きる事なく妻(アリス)に"愛"を注ぐ。
復讐を"終えた後"の生き様を知りたかった。
異形にして異端の『人間』に触れていたい……と、そう願った。だけど、欲に忠実な姿をまざまざと見せつけられる日々が続いている。
はじめは、(なんでこんな人の使い魔に……。早まってしまったの……)なんて後悔がないわけじゃなかった。
でも……、
――リッカ! 早く来いよ!
いつも、そう叫んでニカッと笑顔を浮かべる。
優しく頭を撫でてくれて、イタズラに耳を弄(もてあそ)ばれ、9本の尻尾をまるで高級家具のように愛でてくれる。
酒を飲んで大笑いをして、めんどくさい事には嫌な顔をして、寂しいとすぐに拗ねて、楽しい事には嬉々とする……。
主様は感情を惜しげもなく素直に表現する。
主様は、誰よりも自由に"生きている"。
『生きている』。
そう主様は、自由に生きている。
そんな主様のそばにいる人達にも笑顔が絶えない。妾の"新しい名前"を呼ぶみんなはいつも笑顔だ。
アリスは表情こそ動かないけど、滲む感情は妾には初めてである「感謝」ばかり。実はアリスと話す時が一番照れくさい……。
この"居場所"を守る。
妾はそのために力を使い、主様の盾であり矛として、使い魔であることをまっとうすると決めた。
主様の過去、現在、未来に寄り添うと決めた。
……今の目標は、もう少し素直になる事だ。
恥ずかしくて、照れてしまって、思ってもない事を言ってしまうのを頑張って克服すること。
……それから決めていけばいい。
"ユキノ"を忘れたわけじゃない。
"復讐"を忘れたわけじゃない。
でも、主様のそばにいたい。
この感情は日に日に大きくなっている。
『人間』の一生なんて、妾にとっては刹那。
"それから"はその時考えることにした。
※※※※※
吸血鬼(こむすめ)の背中を優しく撫でながら、わざとらしく首を見せている主様。
きっと《吸血》行為が気持ちよかったんだろう。
チクッ……
妾は唐突に胸が痛み、なぜ、あの吸血鬼が気に入らないか理解して苦笑した。
これは……"嫉妬"だ。
妾は主様にあんな風に甘えられない。4000年以上も生きていて、あんな幼子のような姿は誰にも見せられない。
確かに、主様は「放っておけない」。
きっと、自分のためになると無理矢理にでも理由をつけてあの吸血鬼を拾ったんだ。
ただ単純に『助けたい』と思っている事を認めない。そこには蓋をして、自分が善人である事を主様は認めない。
まだ……、主様の過去が見えない……。
「……そこだけは素直じゃないの……」
ポロッと言葉を落とすとシルフがまた妾の顔を覗き込んできた。
「……ん? ……そろそろ、行こっか!? それにしても、アード君、首を伸ばして何してるんだろ……? 」
「……」
「大泣きしてるみたいだけど大丈夫なのかな? あっ。もしかしてゴブリンの血の匂いを嗅がせていじめてる!?」
「ぷっ、クフフッ……。きっとそうなの」
「……ふふっ、これはお説教だね! 全く。あんなに首出してたらまた血を飲まれちゃうし、あんな小さな子いじめるなんてね!」
シルフは妾の笑い声に"安堵"を滲ませ、怒ってるフリをして頬を膨らませた。
「ふふっ、シルフ。まだ下着姿なの」
「……!! い、いい、いまから服を洗ってたら空気読めてないかな!? ど、どう思う!?」
「……ぷっ、ふふっ」
「えっ? リッカちゃん?」
「ふふっ、なんでもないの! とりあえず、行くの! ……"2人"もすぐ近くまで来てるの」
みんなは勘違いしてる。
アリスも、カレンも、シルフも……。
「きっと、吸血が気持ちよかったから、また血を飲ませようとしてるの」なんて言ったら、シルフはどんな顔をするのかな。
「シルフが服を着ない方が主様は喜ぶの……」なんて言ったら、どんな顔をするのかな。
……いや、きっと変わらないか。
きっと、「あっ……そうかも!」なんて呆れて笑いながらも、頬を染めるんだろう。
でも、"本当"の主様を1番知っているのは妾だ。……"使い魔"。妾は主様の使い魔。
ここは譲れない……。
「えっ? う、うそ! 誰かきてるの!? ど、どうしよう! 服、まだ洗えてないよぉ~!」
「シルフ、主様の肌着を着ればいいの。肌着ならあのゴブリンの臭い血もついてないと思うの」
「……お、怒られないかなぁ?」
「主様はそんな事で怒らないの」
「うぅ~ん……」
シルフは主様の上着を手に取り、クンクンっと匂いを嗅ぐと、ポーッと顔を赤くしたかと思えば、パッと勢いよく身につける。
「お、おっきいね……」
更に頬を赤くして、「ま、まだ恥ずかしいかも」なんてダボダボの服の裾で"前"を隠してる。
主様は"こっちの方"が喜ぶかもしれない。
「リッカちゃん、勝手に着ちゃって大丈夫かな? えっと、あの……誰が来てるの?」
シルフは困惑してるけど、
「……な、何それ! 最高かよ!!」
《吸血》されることを諦めた様子の主様の叫び声が湖に響く。
「えぇ!! あっ、ごめん! まだ洗えてなくて!! いいかなぁ!?」
「……ご馳走様です!!」
「え? アード君!! そ、それ、どう言う意味なの!?」
主様は"だらしない顔"。
シルフはさらに顔を赤くさせる。
……"2人"はどう思うのだろう?
きっと主様が原因だとわかると、ホッと胸を撫で下ろすんだろう。それくらい、あの"小娘"は危険な存在になっている。
シルフの服装が、まるで『事後』に見えるのをどう思うんだろう……?
「シルフちゃん! 今夜は"それ"で接客してくれぇ!」
主様は気づいてない。
妾が側にいないと"悪意のない来訪"には気づかない。
……少し痛い目を見ればいいの。
妾を"嫉妬"させた代償……いや、違うの。
2人の来訪を黙っていたのがバレて、主様に構って貰えればいいの。
シルフが主様に駆け寄って行くのを眺めながら、そんな事を考えた。
妾は主様の言うように腹黒いのかもしれないと思うと自然と頬が緩んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます