第二十五話 断裂意識/頭蓋廃棄

「状況的に……わたしの方がきっと……姉さんより魔力に余裕がある。斜月は、わたしが使う」

「わかりました、ならワタシは今度は繊月を。『血を巡るもの。形を持たぬもの。縒り合わさり、黒き糸を紡ぎ出せ』!」

「合わせる……『血を巡るもの。力あるもの。形を成し、打ち付ける杭となれ』……!」


 姉妹のコンビネーション、その狙いは示し合わせるまでもなく一致していた。

 先と同じ黒杭を発射する斜月の魔術で気を引き——本命は若月の簡易版とも言える、リンシーの杖を奪ったあの魔術。視認のしづらい黒い糸を飛ばす魔術、繊月だ。

 数で押すのが駄目なら、見落としを誘発する細い糸を使う。それで動きをわずかにでも鈍らせることができれば、永一の刃が届く。

 主人を立てるような、姉妹らしい目論見だった。


「詠唱がある以上、なんらかの魔術を行使したことは確実。そして一度通じなかった術を闇雲に使うほど愚かでもない。となれば……この杭はブラフか。本命は、その糸だな」

「っ、もう見分けるなんて。その黒目は同じヒトの眼ですか……!?」

「悪いな、夕陽に助けられた。それにしても面白い魔術だ、学院では見られなかったタイプだな。これも民族の歴史の中で培われてきたがゆえか」

「——、太陽の明かりに反射した……みたい。盲点……だった」


 その狙いも、アワブチは即座に見抜き、見えないピンで射抜いてしまう。杭も糸も空中にて虚空に固められ、その動きを静止させる。

 恐るべき転生特典ギフト。それも、永一の猛攻を捌きながらだ。それなりに体を鍛えており、片月の強化もかかっているとはいえ、永一は刃物の扱いに長けているわけでもない。

 永一が生まれた時代よりはるかに荒んだ未来世界を生き、十年以上この異世界で剣とともに過ごしてきたアワブチの腕前は素人のそれとは比べ物にならなかった。

 いよいよ動きを読まれ始めたのか、攻撃をいなしつつも、翻る剣先が永一の肩を深く貫く。


「取った——、っ!?」

「くぅッ、惜しい」


 怯んだところへ追撃の一撃を加えようとしたアワブチは、慌てて飛び退いた。永一は怯むどころか、肩の怪我など意にも介さず前へ出てナイフを振り下ろしたのだ。


「不死の恩恵によって命を顧みない……か。危ないやつだ」

「オレは不死身の坂水だ——!」

「別の意味でも危ないやつだな……」


 不死の力を持つ今、永一にとって死の縁に近づく蛮勇は当然のことだ。

 痛覚だけはせわしくなく痛みの信号を発するが、死を欠いた肉体にとってそんなものは意味がない。ならば無視すればいい。それができるのが、永一という人間に備わる機能だった。


「だが——俺の剣を何度も受けて、その安っぽいナイフが耐えられるものかよ!」

「は……!? どんな切れ味だよそれっ」


 半ば突進するように構えたククリナイフが、打ち付けられたアワブチの剣の前に破砕する。湾曲部分から先が呆気なくへし折れ、カランと地面に転がった。


「そんなほっそい刀みたいな剣で……ええ!? もしかしてオレ粗悪品掴まされたか!?」


 今度は永一が後ろに下がる番だった。役立たずになった獲物を地面に投げ捨てながら、買ったばかりの武器の破損を嘆く。


「あの細身の剣……おそらく……魔道具の一種と思われます」

「柄に埋め込まれた魔石により、なんらかの魔術が常時発動しているようです。十中八九、切断力を上げる類でしょう。あの剣には常に片月がかけられているようなものだとお考えください」

「魔道具……そういえば、そんなのもあるんだったか」

「俺たちタカイジンに血の素養はない。魔術を扱うことはできないが、それだけにこういった道具は活用しないとな」


 ただの装飾ではなかったらしい。アワブチは自慢げにその剣を、赤く染まった天にかざす。

 埋め込まれた魔石は、もちろん魔物が落としたそれそのままではない。加工し、意に沿う魔術を行使できるよう、術式を書き込むのだ。そうすることで、魔石に残された魔力を使用して魔術を起動させることができるようになる。

 もちろん魔石内の魔力も無尽蔵ではないため、それが尽きれば壊れてしまう。一般人がおいそれと使えるようなものではなかった。


(正面から斬り合っても勝ち目はない、か。けど真っ当な飛び道具はあの転生特典ギフトに全部止められる……意表を突く、絡め手が要る。一度隙さえ作れば、つけ入ることはできるはずだ)


 遠くからの攻撃は転生特典ギフトで止められ、近づけば異常な切れ味の剣で斬り捨てられる。

 一見弱点のない相手を前に、永一は突破口を模索する。

 肝心なのは意識を奪うことだ。固定フィックス転生特典ギフトに止められようとも、動きを一瞬止めさえできれば十分。

 ならば——

 頭を使うとしよう。


「すまん、またアレ貸してくれるか。」

「……はいっ。なんなりと……お使いください」

「悪いな。まつわるエピソードを聞いたあとだと、あんまり手荒に使いたくはないんだが……」


 コハクに呼びかけ、壊れたククリナイフの代わりに新しい武器を投げ渡してもらう。平野の時とは違い、今度は手を切らずに受け取れた。

 長子苦無。コハクの大切な誇りであり、重要な呪いだ。

 これは姉妹の長旅にも耐えてきた逸品。そう簡単に砕けはしないだろう。


(そう、信じるしかない)


 そして永一は、重ねてコハクに問う。


「コハク。お前なら、俺の——、————」

「……! エーイチ様自らのご命令とあらば……わたしは。どんなことでも……致します。たとえそれが……エーイチ様の、尊厳を汚すことであっても」

「よし」


 アワブチに悟られないよう、それでいてぎりぎりでコハクの耳には届く声量で手短に企みを伝える。

 もとより死なない人間の死に尊厳などありはしない。あの、燃える地獄で散っていった命たちとは違って。

 コハクはシンジュと比べ、永一の転生特典ギフトを活かすことに比較的賛成している。だから、永一はコハクにその策を託すことにした。


「姉さん……もう一度斜月。合わせて」

「はいっ。なにをするかはわかりませんが、ワタシたちの連携に支障はありませんっ。『血を巡るもの。形を持たぬもの。戒めるべく、黒き束縛の帯となれ』——若月!」

「『血を巡るもの。力あるもの。形を成し、打ち付ける杭となれ』……斜月」

「どんな策を練ろうとも、無駄だ!」


 長衣を囲うように、平たく黒い帯が伸ばされる。その数はまたしても四本。

 アワブチは焦ることなく、それらすべてを手にした剣で薙ぎ払う。魔力に編まれた帯は決して脆くはないはずだったが、ひと薙ぎすれば簡単に両断されてしまう。

 そして本命とばかりに放たれた斜月——黒い杭も、空中であえなく静止させられる。これでは先の焼き直しだ。


「がっかりだな、そのやり方で俺に勝てないことは理解したと思っていたが」


 姉妹の魔術に次ぐようにして、クナイを手に接近した永一の一撃も、ナイフの時と同じようにその魔道具の剣に易々と防がれてしまった。

 鍔迫り合いのような状況で、アワブチはわざとらしく落胆してみせる。

 長子苦無を通して腕に伝わる力は相当なものだ。魔石の効果もある以上、いかな長子苦無とてこのまま拮抗を続けていれば先のナイフを同じ運命をたどることになるだろう。

 追い詰められた状況。だからこそ永一は、眼前の冷淡を貼りつけた男の顔に、歯を見せて笑った。


「なあ、知ってるか? ヒトの頭ってのは、だいたいボーリングの玉くらいの重さがあるそうだ」

「……なんだって?」


 渾身の力が込められる、敵の剣。それを受けている、今にもピシリと悲鳴を上げてひび割れそうな黒いクナイ。

 呼吸をひとつ置き、唐突にその手を引き戻した。

 拮抗が消失する。クナイの刃に押し付けられていた力で、そのまま自然とアワブチは剣を振り抜くことになる。

 永一は自分から、その軌道へ頸部を晒した。


「——は?」


 躍る白刃が、吸い込まれるように永一の首を断つ。

 魔術の力が込められた、鋭利という言葉さえ生ぬるいその一刀に、人体の脆弱な筋骨が耐えられる道理などない。首は簡単に両断され、その断面から噴水のように真っ赤な血が吹き上がる。

 その刹那。永一の気のせいや幻覚でないのなら——

 自らの血しぶきの向こう。上下が反転する視界で、自分から首を断たせた永一の凶行に、表情を凍らせて驚愕する男の顔が確かに見えた。



 意識は、一度途切れた。

 通常の死であれば、意識は途切れる寸前のぎりぎりのところまでいき、それからぶわりと泉から水が溢れるかのごとく、肉体と同じく再生していく。

 だが、頭がなくなれば別だ。

 意識とは脳が感じる、状態に対する認識である。

 頭が千切れてなくなってしまえば、意識もなにもあるまい。なにせ——


 さっき、ラクトが迷宮のボス部屋で生んだ転生特典ギフトの泥沼を渡る際、死ぬたびに足は再生したが、切り落とした以前までの膝下はそのまま泥の中に残っていた。

 それ以前。転生直後のあの平野で、頭蓋を噛み砕かれて死んだ時も……あの中型種ウィズノルの口の中からは、ぐちゃぐちゃになった永一自身の頭部の残骸が覗いていた。

 再生する際、千切れた部位は捨てられる。そして断面から、欠損を埋めるべくあらたな肉体が構成されるのだ。

 それは先例の通り。脳を納める頭蓋であっても、例外ではない。


「エーイチ様の……おかしら……お借りします」


 一秒か二秒。意識の断絶を経て、後方から澄んだ鈴のような声が届く。永一がこの世界で最も頼りとする姉妹、その妹の声だ。

 再生したばかりの顔で、永一は笑った。


「——ガ、構わねえ。そいつはもう用済みだ……!」

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