一方、王女は

 拳と炎がぶつかり合う度、まるで大質量の金属同士が衝突した重低音が地下神殿に響き渡った。

 弾かれた空気が衝撃波となり、地下神殿そのものが揺るがされる。


「ひぇぇ!? こ、このままじゃ生き埋めだわよぉ〜!! 〈木術〉ユグドラシル!!」


 ゼノビアは鼻水を垂らしながら、壊れたエレベーターの扉を術を用いてこじ開ける。袖口やドレスの裾から伸びた木の根で、変形した扉をベニヤ板同然に引き剥がした。

 アンゼリカの姿はない。戦いが始まってすぐ、何も告げずにゼノビアを解放して姿を消した。探す義理も心配する必要も無いので放置しているが。重要なのはあんな生首ではなく、自分の命だ。


「……見事にぶっ壊れてるわね〜」


 開かれた扉の中にはカゴは無く、ワイヤーが千切れてシャフトの底で無残に潰れている。思っていた以上に損傷が酷い……というか完膚なきまでに大破していた。


「ま、使い物にならないのは予想通りだったからいいんだけ……ど!」


 シャフトの内壁にある凹凸に木の根を引っ掛けた。素手でのフリークライミングよりはマシとはいえ、垂直に二百メートルの高さを踏破するのは骨が折れそうだ。魔力はともかく、体力面では不安が大きい。

 とはいえ、さっきから後方の戦闘が際限なく拡大している。もはや崩落は時間の問題だ。


「お兄ちゃんもあっさり死んじゃったし、これ以上あの男の趣味に付き合うなんて御免なのよね」

「ほう。一人でさっさと逃げようというのか。薄情な妹だな、お前は」


 まさか答える相手などいないと思った独り言に返事をされたゼノビアは、喉元まで出掛かった悲鳴を寸前で飲み込んだ。

 恐る恐ると振り返れば、そこに立っていたのは死んだはずのグレン……の首から下と、その首の切断面に頭髪をぶっ刺して血濡れで浮かんでいるアンゼリカの生首だった。

 さすがに視覚的なショックが大き過ぎたようで、フラついたゼノビアは危うくシャフトに転落するところだった。


「ひぇ……な、なっ!? なぁぁぁ!?!?!?」

「落ち着いて。はい、深呼吸ー」

「出来るかぁーっ!! な、なにお兄ちゃんの死体で遊んでるのよ!?」

「遊びじゃないよ。ちょうど良いところに死体があったから、ボディとして使おうと思って。前の体はバラバラだしね〜。んしょっと」


 切断面同士を結合させ、隙間を髪の毛で埋めつつ縫合していく。それを見て嘔吐しないだけ、ゼノビアの肝はやはり太い。

 太いといえば、グレンの頸はアンゼリカ……ロベールの首周りより一周り以上も大きいので、強引にくっつけた結果11頭身ぐらいの気持ち悪い体格となってしまった。


「バランス悪いな〜。ま、時間を掛けて改良するしかないか〜」

「……い、妹の前でよく実の兄の体を弄べるわね……」

「大して情も持ってなかったんでしょ? それよりさ、ここをよじ登るのは止めた方がいいよ。途中で多分、死ぬ」

「それって、魔力か体力が持たないから?」


 アンゼリカは、グレンの体でぎこちなく指を振ってみせた。糸で吊られたような動きの固さがとにかく不気味である。それからシャフトを覗き込んで、遥か先の視えない天井を指差した。


「中間辺りにマナが滞留してる地点があるよ。生身で通り抜けるのは無理じゃないかな」

「げっ、マジ?」


 言われてみてゼノビアも目を凝らすが、残念ながら大気中のマナ濃淡は人間の目には視えないのだ。しかし視えなかろうが空気がそこに存在するように、マナもまた然りだ。

 地上では窒素より薄いぐらいのマナだが、気圧の減少に伴って濃度を増す。現在の研究結果によると、上空三千メートル地点を過ぎると大気組成分の50パーセントに達し、同時に物理的な抵抗力も加速度的に跳ね上がるとされる。

 アンゼリカによれば、シャフトの途中に上空五千メートル級の濃度でマナが滞留しているそうだ。そこまでくると、完全に物理的な障壁となって針の一本も通らなくなってしまう。

 そうでなくても、マナの濃い大気に長く晒されると体調を崩したり、精神に変調を来したりと、健康にもよろしくない。つまり近づくだけ危険ということだ。


「信じる、信じないは君の自由さ。確かめてみる?」

「……止めとく」


 ゼノビアは小さく首を振ると、木の根を引っ込めた。


「あれ、素直じゃないか。てっきり強行軍するかなって思ったのに」

「シノブじゃあるまいし、しないわよ。ともあれ、あいつらが大人しくしない限りここもいつ崩れるか分からないけど」


 そしてよしんば崩れなくても、唯一の出入り口であるエレベーターがこの有様では、どのみち脱出は困難だ。地下神殿の自己修復機能はエレベーターにも適応されるのだろうか。

 不安と苛立ちから腕組するゼノビアを安心させるように、アンゼリカはニッコリ微笑んで肩を叩こうとし、素っ気なく払われてしまった。それでも構わず語りかける。


「ま、心配することはないさ。もうちょっと体が馴染んだら、地上まで運んであげるからさ♪」

「……それまでここが崩落しなけりゃいいけどね」

「大丈夫だと思うけど。そろそろ決着しそうだし」

「……そうかしら?」


 することも無いので、ゼノビアはアンゼリカと並んで忍達の戦いを見守ることにした。

 無性にホットドッグかフライドチキンが欲しくなった。

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