後継者
「……茶番はもう終わりか?」
押し殺しきれない憤怒と殺意が籠もった声に、忍とゼノビアとアンゼリカの三人が面倒臭そうに、大魔王は感情の読めない顔でほとんど同時に振り向いた。微動だにしないルーディは、途中で飽きて立ったまま寝ている。
「ガルバトロス……私との契約は忘れてはいないだろうな」
『ブロロロロ、分かっておる分かっておる。国内の政敵や周辺諸国での破壊活動。キチンと覚えておるよ』
「余計な口を叩くな」
戯けた口ぶりの大魔王を黙らせようと睨みつけるグレンだが、当然ながら通用しない。むしろゼノビアからの失望を高めるだけだった。
「お兄ちゃん、そんなこと考えてたの?」
「宰相派閥を黙らせ、私が王権を握るには武力が必要だ。国内の若い貴族連中だけでは、強大な後ろ盾にはなりえない」
「無駄が多いわね。領主だけ殺して、自分の協力者を送り込めばまるっと領地が手に入るのに。隣の国を攻めるにしてもよ? いっそ無関係の災害を装って、後で何喰わぬ顔しながら支援でもすれば、色んな方面から信頼を稼げるでしょ?」
「………………」
結構エグい事をサラッと言ってのけるゼノビアに、グレンのみならず忍達までもちょっぴり引いた。何が怖いって、それぐらいジョーシキでしょ? とでも言いたげな態度が怖い。
「ま、お兄ちゃんの作戦も、肝心の大魔王が賞味期限切れなんじゃどうしようもないわね。それとも……忍に頼んでみる? 破壊工作員とか。どう?」
半分本気のゼノビアが忍を見上げるも、忍は即座に口をへの字に曲げて首を振った。
「ヤダよ。お前ならいいけど、グレンの下は御免だぜ」
「あら、ありがと。これも人徳ってヤツかしら♪」
「ぐぬっ! き、貴様らァ……!!」
揶揄され、当てこすられたグレンだが、剣の柄に手を掛けたところでギリギリ抜刀するのを踏み留まった。刃なんて抜いたら最期、忍が大喜びで殺しにくる。
ところがだ。万策尽きる以前に計画倒れ一歩手前だったグレンに対し、大魔王は縮れた顎髭を扱きながら笑い掛けた。
『ブロロロロ。いやはや、枯れたとはいえ少しばかり大魔王を侮りすぎだぞ、そなた達』
「……なんだと?」
孫をあやす祖父のように穏やかだった大魔王の雰囲気が、一瞬にしてドス黒く濁った。肌に絡みつくようなプレッシャーに、ゼノビアとアンゼリカが揃って竦みあがる。
『だいたいの種明かしは終わっただろう。そろそろ良いぞ、ガートルードよ。やれ』
「御意に御座います」
直立不動だったルーディが、大魔王の命を受けるや炎の剣を両手に構えた。
ほとんど同時に忍も拳を構え、危険を察したアンゼリカもゼノビアごと広間の隅まで猛烈な速度で飛び退いた。
しかし、ルーディの放った閃光が如き一刀が斬り裂いたのは、他でもない大魔王その人だった。
「は?」
真っ二つにされた大魔王の姿に、忍の表情が険しく歪む。ルーディが取った行動の意図が読めず、目を見開いて彼女を見据えた。
そんな忍にルーディが返したのは、極めて魅惑的なウインクだった。
『ブロロロ……思っていたより、堪える……のう。ブロロロロ!』
左右に分かたれた大魔王は、床に落下した拍子にバラバラとなってしまった。
呻くような声を最後に、微かに蠢いていた大魔王の死に体は、紛うことなき死体となって動かなくなった……かと思いきや。
『ブロロォォォーーーーッ!!』
「ひっ!?」
悍ましい叫び声で大気を震撼させ、亡骸からドス黒い炎のようなナニカが噴出した。悲鳴を上げたのはグレンだったが、ゼノビアもアンゼリカに捕まっていなければ腰を抜かしていただろう。
黒い炎は霧散することなく、一塊のままルーディを包み、彼女の姿を完全に覆い隠してしまった。
「ッ!! ルーディぃ!!」
彼女の仕草に見惚れていた忍がワンテンポ遅れで走り出し、手を伸ばした。
しかしその時にはもう、黒い炎はルーディの中へ完全に吸収された後だった。
「ル――」
「ブロロロロ……ッ!!」
次の瞬間、ルーディから飛び出したのは大魔王の特徴的な笑い声と、闇そのものが蠢くような、一切の光を発しない炎のような魔力であった。
黒い……闇の魔力の放出を至近距離で受けた忍は、両足で床に溝を作りながら数メートルも押し戻されてしまった。踏ん張りが弱ければ、壁まで弾かれていたかもしれない。
「ブロロ……ブロロロロ!! この力! この魔力!! 想定以上の仕上がりだ! 我ながら、なんて肉体を造ってしまったのだ、ブロロロロッ!!」
ルーディは若々しくなった大魔王の声で、調子外れに大声で笑っていた。ただ笑っているだけで神殿の床や天井に亀裂が生じるほどの威圧感を発し、闇の魔力を滾らせる。
さすがの忍も、今回は一発で理解が及んだ。ルーディは、大魔王に乗っ取られたのだ。
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