修羅の本質
先制攻撃を狙って飛び掛かった忍の目の前から、悪魔ダイダリスが忽然と姿を消した。
「へっ!」
忍は即座に空中で180°ターンし、一瞬にして背後に回り込んでいたダイダリスの鎌を後ろ回し蹴りで受け止めた。
鉄球同士が衝突したような激しい金属音が地下神殿に響く。
「うおっ!?」
『キシャ!?』
重量と体格の差で弾き飛ばされられた忍は、空中で独楽のように回転して態勢を整えて着地を決める。
(……なんだぁ?)
ダイダリスへ身構えながら、忍は今の一合で覚えた違和感に顔をしかめた。
衝突の際、蹴り足側の具足が裂けた。鋼鉄が破断するまでに互いの打撃力が凄まじかった訳だが、それにしては反動が無さすぎる。発泡スチロールでも叩いたように軽かった。
一方で、衝突の衝撃は全身鎧の忍を4〜5メートルも弾き飛ばすほどだった。感覚と実際の威力に差がありすぎる。
『キシシシ! ニンゲンニシテハ、パワーガアルネ。キシシッ』
「そっちもな。デカいだけじゃなくて素早いが……まだなにか隠してやがるな?」
『カクシテナイ、ヨ。オニイチャンガミエテナイダケ、キシシッ』
ダイダリスは再び鎌を振り上げ、忍へ向かって突進する。
忍の三倍以上にも及ぶ巨体に関わらず、ダイダリスは油断すると見失いかねないほど素早さを持つ。常人の動体視力では影すら追えまい。
しかし、忍は五月雨が如く襲い来る鎌の連撃を、時に装甲で防ぎ、時に紙一重で潜り抜けつつ反撃を仕掛けた。
脚の関節、半人型の上半身など、当てられそうな箇所を片っ端から殴りまくった。
(くそっ、やっぱ変!!)
甲殻と微毛に覆われた下半身、半人型の上半身、どちらもフワフワと奇妙な手応えが返ってくるばかりだ。効いている様子がまったくない。
埒が明かないと判断した忍は、大振りに振るわれた鎌の一撃を利用して一旦大きく距離を空けた。壁際ギリギリで着地して、殴り合いの最中に破損した両手の手甲をチラリと見やる。
相当頑丈に作られた鎧も、ダイダリスのパワーの前には段ボール紙と大差ないのだろうか。しかし装甲が砕けた原因はそれだけではない気がする。正体不明の違和感に、忍の目付きが険しく、口許が愉悦に歪んだ。
(何なんだ、この妙ちくりんな手応えは!? 硬いのか、柔らかいのかもはっきりしねえ……悪魔!? もしかして、いつかのオバケみてーにこっちの攻撃が効きづらいってのか?)
東北か山陰地方だったか忘れたが、山奥で遭遇した怪異との喧嘩を思い出す。あの時は悪霊だったが、フワフワして霞を殴ってるように手応えが無いクセに、あっちからはサイコキネシスで一方的に殴ってくる。偶然通り掛かった僧侶の助けが無かったら、取り殺されていたかもしれない。
ただ、ダイダリスは悪霊ほど不確かな手応えではない。むしろ殴った手足に気色悪い感触が残り続けている。ぬか床にでも腕を突っ込んだような不快感だ。
(そこんとこが分からねえ限り、勝ち目はねえか。……へへっ、面白えじゃねーか!!)
『スバヤイダケジャ、スグニシンジャウヨ? オニイチャン、キシシシシッ』
「言ってろ!」
気合を入れ直した忍は、ますます笑みを深めるのだった。
忍とダイダリスのぶつかり合いが激しさを増す中、唯一の出入り口であるエレベーターが再び動作していた。
「地下推定200メートル。神殿でございます」
「ルーディ、どうしてリフトに乗るたびにエレガごっこするわけ? 趣味?」
「はい」
下りてきたのはゼノビアとルーディ、グレンの三人だ。
医務室まで忍の様子を見に来たグレンとゼノビアは、ルーディとのティータイム中でご満悦だったホムラから事情を聞くや、急いで北の聖堂へと走ったのだ。
その際、グレンはいざというときの為に業務時間外なのを理由に渋るルーディを緊急出動特別手当で釣りだしてきた。帰りのエレベーターが間違いなく定員オーバーになるので、ホムラは留守番だ。
グレンはすぐに複数の虫と人間が融合したような怪物を発見し、それと殴り合う忍の姿に、あちゃ〜と片手で目を覆った。
「よもやここまでの急展開とは。ゼムルのヤツ、召喚器まで持ち出したのか!」
「遅かったな、兄者。……と、余計なのも多いな」
巻き込まれるのを恐れてエレベーターの脇まで退避していたゼムルが、ゾロゾロと出てきた一同の元へやって来るや嘆息する。ゼノビアはともかく、ルーディは完全に余計だ。
「ここは一応、王族と聖女以外は立入禁止の聖域だぞ?」
「問題ない、ルーディには守護騎士として私の護衛を命じたからな。お前こそ、仮にも王宮内で召喚器を使うとは何事だ。戦略級兵器だぞ、あれは」
「どっちもスト〜〜ップ。グレンお兄ちゃん、何しに来たんだっけ?」
早速睨み合いを始める二人を、ゼノビアが間に入って静止する。出しゃばる妹に、ゼムルが露骨に眉を潜めた。
グレンとゼムル以上に、ゼムルとゼノビアの関係は険悪だ。同じ母を持つ二人だが、性格も思想も相性が悪すぎる。
話が拗れる前に、グレンが慌てて本題に入った。
「そうだった。おいルーディ、シノブの救援に入れ。悪魔を処分して彼を助けるんだ」
「お断りします」
「よし――えっ、なんで!?」
まさか断ると夢にも思っていなかった王族三人が、一斉にルーディへ振り返る。元から忠誠心が薄くて反抗的なのは周知の事実だったが、ここまではっきり命令を拒否されるとはグレンにも予想外だった。
ルーディは肩を竦め、冷めきった表情で嘆息する。
「止めに入ったら、今度はわたしが忍に襲われるではありませんか。それに……御覧ください、皆様。テッセラクトに輝きが戻りつつあります。忍と悪魔が戦うことで生じるエネルギーを吸収し、封印が徐々に蘇っているのです」
「えぇっ!? ち、ちょっと視てみる!」
ゼノビアは右手の親指と人差し指で輪っかを作り、テッセラクトを覗き込んだ。輪っかの内側には魔力がレンズ状に展開され、対象の魔力数値やら何やらを可視化させることが可能となるのだ。
やがて、ゼノビアが「あれま!」と驚愕の声を上げる。
「本当だわ。チビチビとだけど、テッセラクトのエネルギーが上昇してる……結界が戻りつつあるわ」
「なんだと!? 確かなのか、ゼノビア!」
「いや、どうしてそこでゼムルお兄ちゃんが驚いてるのよ!? こうなるって知っててこうなってるんじゃないの!?」
「馬鹿め、俺がそこまで考えて行動する訳が無いだろうが! ここなら邪魔が入らず、ヤツを完膚なきまでに叩き潰せると考えただけだ。文化的な説得より、暴力で勝る方が効果的だと思ってな!」
ダッハッハ! と得意げに笑うゼムルの頭には、最初っから結界の補填など入っていない。本人の言う通り、忍を力づくで従わせるのにこの場所が適していたから連れ込んだだけである。
痛むこめかみを押さえつつ、ゼノビアはグレンを見上げた。
「どうする、グレンお兄ちゃん? このまま戦わせる? 五行術が使えないんじゃ、シノブに勝ち目なんて無いけど」
「え、えーっと……る、ルーディ! やっぱりシノブを助けるんだ!! 今はまだ死なれる訳にはいかない!!」
「必要はないぞ、ガートルード! 死ぬまではやらせん、メタメタに痛めつけるまでで済ませるから、好きにさせろ!!」
「承知しました、ゼムル様。グレン様もお控えください。野良の悪魔ならともかく、ゼムル様の契約悪魔であるなら命までは取らないでしょう。多分」
無表情で直立不動の構えを取ったルーディは、徐々に押され始めた忍を冷めた目付きで眺め続ける。本当に助けるつもりが無い。
ルーディがテコでも動かないのを察し、グレンもそれ以上の言葉が続かなくなった。追加の報酬でもチラつかせれば従ってくれるかもしれないが、そこまで無理を通す必要はあるのだろうか。冷静になって考え直した。
「……なあゼノビア。ここで強引にルーディを動かしてシノブを助けたとして、メリットってある? どうしても思いつかないんだ」
「奇遇ね、お兄ちゃん。むしろデメリットの方がデカいわ」
同じ結論に達したらしい妹と、グレンは指折り数えていく。
まずケンカを邪魔されたと言って忍が逆上する。
ルーディからも少なからず反感を買う。
結界の補填も途中で切り上げることになる。
だんだん頭痛がしてきたので、もう部屋に帰って寝てしまおうかという考えが頭を過ぎる。やっぱり関わらないのが正解なんじゃないか、と再び顔を見合わせる。
そうこうしている間に、戦局にも変化が訪れつつあった。
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