光の正八胞体

 王宮は賢者デマカッセの寺院を大規模改修した建物であるので、一般にも開放された礼拝堂が敷地内に複数存在する。

 ゼムルが忍を連れてきたのは、その中で北端に建てられた小さな礼拝堂だ。北側寺院と呼ばれるそこは一般人のみならず王宮内の人間からもアクセスが不便な為、週に一回の清掃以外で人が訪れる事はまずない。

 そこに、巧妙に秘匿されたエレベーターが存在していた。


「あれだ」


 礼拝堂の祭壇を、ゼムルが顎で差す。

 祭壇の上には、正八面体のオブジェが底部から伸びる一本の柱によって支えられた、幾何学的な物体が祀られている。アステラ教会の寺院では、崇める神を人型の偶像ではなく正八面体で表す。なんでも神の似姿が美しすぎて、人間の彫刻家では表現できないからだそうだ。


 ゼムルが祭壇に左手をかざすと、表面に白い光の魔法陣が浮かび上がった。微かなモーターの駆動音が唸り、柱が上昇してその下から秘密の入り口が現れる。


「無駄に手が込んでるな〜、おい」

「これは王族の魔力でないと起動しないよう、生体認証によるセキュリティが掛けられている。賢者デマカッセの残した封印の一つだ」

「それはそれは。自動車といい、見た目より進んでるよな〜……いや、これって千年前の機械なんだっけ?」


 茶化すような物言いに、ゼムルも「まあな」と肩を竦めた。


「賢者デマカッセの残した装置の数々……城を移転できない最大の理由は、それらを移設したり別の場所で再現できないからだ。このエレベーターはまだ単純な方だが、この下の封印周りは今の我々には解析不能なテクノロジーが詰まっている」

「そりゃ楽しみだな。にしても、ファンタジーかと思いきやSFかよ。侮れねえな、異世界」

「その『えすえふ』とやらが何かは知らんが、今のカルディナは急速に近代化しつつある。五行術から発展した機械によってな。戦闘用の自動車、歩兵が携行出来る魔導銃、量産の暁には我がカルディナ王国は――」

「いいから早く行こうぜ」


 長々と語りそうなゼムルを無視して、忍はさっさとエレベーターに乗り込んでしまった。語り足りないゼムルも、やや不貞腐れながらも続く。

 エレベーターの稼働にも王族の魔力が必要らしく、ボタンのないプレートにゼムルが手をかざすと、またもや白い魔法陣が浮かび上がった。それからゆっくりと下降を開始する。

 階層表示などは存在せず、無味乾燥な箱は一定の速度を保ったまま動き続ける。大男と全身鎧の二人で体積的にはギリギリだった。

 暇になった忍はイケメンゴリラに質問してみた。


「白いのって何の属性?」

「魔法陣の光か? 白ではない、非常に薄いが金術の金色だ。同じ属性でも行使する術者によって光の色は千差万別に変わる。使う側としてはあまり意味は無いがな」


 プレートに対応する属性に調節した魔力を当てることで、機構が稼働するとのことだ。

 現代の機械動力として主に用いられるのは火術と水術で、火力や水力による発電だと考えると分かりやすい。

 しかしデマカッセの時代の古い機構は、何故か金術や木術が多いのだとか。専門家ではないゼムルには分からないが、設計思想が違うそうだ。


「思想って?」

「さあな。興味がない。知りたいなら技術者を紹介してやらんでもないぞ?」

「別にいいや。五行術は使ってみたいけど、工業系には興味ねーし」

「……そういえば貴殿、術も使えずホムラを倒したのだったな。冷静に考えると怖くなってきた」

「安心しろよ。オレ、弱い者いじめは嫌いだから」


 忍は発達した犬歯がよく見えるよう、邪悪に嗤ってみせた。

 さり気なく眼中にないことを伝えられたが、ゼムルには願ったりなのでムッとしたりはしない。出来れば事を構えるのは遠慮したい相手だ。


 そこから数分の沈黙を挟み、ようやくエレベーターが最下層に到着する。

 扉が開くと同時に、冷たく乾いた空気が流れ込んでくる。


「うおっ、寒ッ!?」

「忘れていた。冷却装置が稼働しているから、室内の温度はほぼ零度なんだった。ダッハッハ!」

「笑い事っちゃねえ! 鎧の下ぁほとんど裸なんだよ、こっちは!! ……おいおい、なんだぁありゃぁ!?」


 地下空間を照らす眩い光に、忍は寒いのも忘れて言葉を失う。

 だだっ広い密室の中央、継ぎ目のない白い床から2メートルほどの高さにその物体は浮かんでいた。

 まるで光そのものが結晶化したかのように輝く、通常人間が持つ常識とはかけ離れた存在。

 あたかも複数の立方体が組み合わさっているような、光の線の集合体だ。箱の中に納められたもう一つの箱が、内側から外側へと無限に連なっているように錯覚させられる。そもそも頂点が見る角度によって位置も数も変わるなど、現実の物体としてはありえない。

 目を凝らせば凝らすほど正体があやふやになる。確かなことは光り輝いてそこにあるという事実だけだった。


「じっと見ていると目を悪くするぞ。眩しいのもそうだが、人間の脳は四次元の物質を認識できるように出来ていないんだ」


 物体を睨んでいた忍は、ゼムルの言葉で我に返った。物体から目を逸らした途端、酷い目眩に襲われる。


「くぅ……四次元の物質、だとぉ!?」

「ああ。それはフォトニクス・テッセラクトと呼ばれている。大魔王封印の要石だ」

「てっせらくと……ぶえーっくしょい!!」


 広大な地下空間に、忍の威勢のよいクシャミは長く木霊していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る