王の謀略

 呼吸を整えたベルジュ王は、バックヤードに転がっていたあまり座り心地のよろしくない椅子に腰掛けた。


「ふぅ……やっぱスムーズにプランAとはいかないか〜。BとかCってあったっけ?」


 金属ボトルに入れていたお茶を飲み、一息ついたベルジュ王が改めてゼノビアに尋ねた。

 訊かれた姫君はフフンと得意げに鼻を鳴らす。


「焦らなくてもEまであるわよ。確かにグレンお兄ちゃんが聖女を娶れたら、最速最短で次期国王決定だったんだけどね。シノブじゃ仮にちゃんとした女の子だったとしても、王室に迎えるとか駄目でしょ? 人格的に」

「ゼノビアの婿養子――」

「イヤよ、あんなの」


 真顔で即答したゼノビアに、ベルジュ王も「だよね〜……」と力なく納得せざるを得なかった。

 ベルジュ王のプランとは、聖女という象徴を利用してグレンを次期国王に推挙することだ。

 王室を分断する跡取り問題、ベルジュ王は長男であり、人柄と能力の両面で信頼するグレンにこそ王位を継いでもらいたい。無能ではないが馬鹿なゼムルだと、大臣や貴族院の連中から体よく利用される事になりかねない。

 しかし生粋の日和見主義者であるベルジュ王には、こういう時に我を押し通す能力が欠如していた。優秀な参謀を見つけて執務を丸投げするなど、ある意味で要領こそ良いのだが。

 そこを解決する手っ取り早い方法が、聖女を妻として娶ることだった。ベルジュ王の先々代国王など、聖女を伴侶とした王子が王位を継ぐのは慣例となっている。ましてや第一王子のグレンであれば、ゼムルを推挙する宰相達も黙るしかなかっただろう。


 それが無理でも忍をグレン派閥の貴族と結婚させ、適当な爵位と土地を与える……というプランBも、グレンとゼノビアの双方が忍に権力を持たせる危険性を考えて却下する。

 そこでプランC……単純に報酬で釣る、というのが現状で選べる最適解だった。


「封印の補填さえしてくれれば、冒険者ギルドへの口利きと危険度の高い仕事を優先的に回す、という条件を、検討してもらっている。本人も今は乗り気だ」

「……それ、良い条件なのか?」

「言いたいことは分かるけどな、父上。世の中には進んで危険を冒したい、頭のイカれた輩がいるのです。シノブがまさにそれ」

「そっか〜……」


 納得はしたが理解できないベルジュ王は、基本方針として聖女案件はグレンとゼノビアに全部任せている。

 昔から自分が無能だと理解し、血筋だけで王位に着いているベルジュ王は、いつも方針だけ示したら信頼する家臣に丸投げする政治スタイルを貫いていた。

 今回もそうだ。グレンを王位に据えるという最終目的さえ果たすなら、やり方は自分より頭の良い息子と娘に頼るのが一番だ。


「あいつ、そもそも大魔王と戦いたいって異世界に来た馬鹿よ? 常識が通用する相手じゃないから、もうちょっとあいつ好みの条件を乗せたいところなの。それこそ、色街の優待券とかね」

「いつでも手を出して良い女性秘書とかな」

「それはお兄ちゃんの欲しいものでしょうが」

「ふっ。男なんて生まれた世界が違おうと、頭の中身は大差ないものさ。父上だって、街にお忍びで下りて母上を見初めたんだぞ」

「それ今関係なくない?」


 王族兄妹があれこれと忍の利用計画を思案していたそこへ、夜会進行役の大臣がベルジュ王を呼びに現れた。鎧姿でひたすら飯を喰ってる怪人の正体を正式に公表する時が来たのだ。


(……不安だな〜)


 厄介事に限って誰かに丸投げできない。ベルジュ王は重い溜め息を呑み込んで、背筋をシャキッと伸ばして夜会の会場へと赴いた。

 しかし意外にも夜会の場では忍絡みの問題は起きなかった。

 ベルジュ王が会場に顔を出す少し前、慣れない酒に悪酔いした忍は、ルーディによって医務室へと運ばれて退室していたのであった。

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