第11話





 ***




 家に帰ってすぐにテオジェンナに呼び出されたロミオは、首を傾げながらスフィノーラ家を訪ねた。


「よお、テオジェンナ。どうした? お前がルーじゃなくて俺に用なんて」

「ロミオ」


 庭の真ん中に立っていたテオジェンナが、真剣な顔つきで振り向いた。


「よく聞いてくれ。我々に深刻な事態が迫っている」

「深刻な事態?」


 ロミオは眉をひそめた。

 テオジェンナの表情は張りつめていて、冗談を言っているとは思えない。


「いったい何が……」

「実は、三日後の放課後、茶会に招待された」


 テオジェンナが差し出してきた封筒を受け取って、ロミオはますます困惑した。

 ロミオとて侯爵家の人間だ。茶会に招かれるのは初めてではない。

 今の時期は新入生が友人知人を招いて茶会を開く。それに慣れてきたら今度は上位の家や懇意にしたい者を招くようになる。

 弟のクラスメイトの令嬢が、弟を通じて知り合った兄と幼馴染の令嬢を招くのはごく自然な流れだ。


「この茶会がどうしたんだよ?」


 封をひらひらさせて問うと、テオジェンナは切れ長の瞳をぎらりと光らせた。


「これはただの茶会ではない。生きて帰りたければ、今から十分な備えをしておかなければ!」

「ええ?」


 ロミオは思わず差出人を確かめた。

 セシリア・ヴェノミン。

 特に変わったところのない令嬢だと思ったし、ヴェノミン伯爵家の悪い噂を聞いたこともない。

 テオジェンナが何をそんなに警戒しているのか、ロミオには見当もつかなかった。


 戸惑いを浮かべるロミオの前で、テオジェンナは力強く言い放つ。


「早速、今から特訓を開始する! 茶会から生きて帰るために!」





「特訓ていったい何をするんだよ?」


 茶会の危険性については理解できないまま、とにかくテオジェンナが特訓が必要だというなら付き合ってやろうとロミオは尋ねた。


「そうだな。まずは茶会の席に着く前に、周囲の物陰や繁みに弓兵が潜んでいないか確認する」

「弓兵が!?」


 学園のお茶会用スペースにそんなものが潜んでいるわけがないのだが、テオジェンナは真剣だった。


「妖精のお茶会にゴブリンが混じるんだ。妖精を守るという大義名分で弓を射かけられる恐れは十分にある。王国騎兵が攻めてきたって驚かない」

「いや、驚くわ!」


 王国騎兵は軍部の中でも精鋭揃いの部隊だ。

 ちなみに現在部隊を率いているのはゴッドホーン家嫡男ジークバルドだ。

 彼が弟達の参加する茶会に攻め込んでくる理由が何もない。

 というか、茶会に参加しただけで退治されてたまるか。


「というか、ゴブリンってなんだよ?」


 ロミオは目の前の少女が自分の弟に首ったけなのを知っていたが、弟を「可愛い妖精」と例えて自分を「凶悪なゴブリン」だと卑下する心理は理解できなかった。


「俺、ゴブリンじゃねえから帰るわ。お前も早く正気に戻れよ」


 テオジェンナがルクリュス絡みのことで暴走するのは昔からよくあることだったので、ロミオはあまり気にせずに家に帰った。

 どうせ、あれこれ考えていてもルクリュスの笑顔を見れば頭の中身なんか全部吹っ飛んで見悶えるのだ。テオジェンナの発作なんか見慣れている。


「ま。ルーが可愛すぎるから仕方ねえよな」


 ゴッドホーン家の岩石どもは、基本的に全員が末っ子の小石に甘々であった。

 なので、テオジェンナの暴走はさほど異常なことだとは思っていない。

 そのため、テオジェンナがルクリュスの可愛さに泣いたり叫んだり倒れたりしても、「いつもの発作か。しょうがないなあ」で済まされてきた。


 そのことを王太子レイクリードが知ったなら、「もっと早く手を打ってくれていたら、ここまで重症化しなかったかもしれないのに……」と頭を抱えたかもしれない。



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