第1話 来客
ピンポーン
軽快な音のチャイムが鳴った。リビングにいる紅音がテレビの左下を見ると、そこには二十一時と表示されている。こんな時間に誰が何の用だろう?
おそらく同じことを思っているのであろう母親がとまどいながらインターホンにでる。紅音も父親も誰が来たのかと、インターホンの近くに寄る。
「はい。何のご用ですか? 」
「夜分に突然尋ねて申し訳ありません。私、政府で働いております、
「同じく、
「警察官の山川と申します」
政府で働いている、という人に警察手帳を見せる警察官。思いがけない来訪者に三人揃って息を呑む。
「政府の方に警察の方ですか?どうして家に……? 」
「江月紅音さんに用があって来たのですが、ご在宅でしょうか? 」
峰川と名乗る男の言葉に驚きと少しの恐怖を覚える。何かしたっけ?そう考えてみれば思い当たるのは……。でも政府の人がここに来るのはどう考えてもおかしい。そう紅音が考えていると、母親が玄関前にいる人に向かって尋ねる。
「います、けど、一体なんのご用でしょう……?娘が何かしたのでしょうか?それとも……」
「ご安心ください。紅音さんが何かした、という訳ではありません。ただ……選ばれまして。」
母親の問いに、峰川がそう答える。
「選ばれた、とは?」
「申し訳ないんですが、それについては紅音さんと私どもだけでお話しさせていただきたく存じます。そういう決まりですので。」
不安に思うも、嫌だと言うわけにもいくまい。そう思い紅音は無言のまま玄関まで行き、扉を開ける。3月31日、年度がいよいよ変わろうとしている日。扉を開けて入ってくる風は、優しく、鋭く、紅音の身体を包む。
画面越しに見ていた三人を直に見た時、何故だろうか、怖いと思った。風とは違う冷たさが、紅音の身体の中を駆け巡っていく。そんな紅音を知ってか知らずか、峰川は優しい笑顔を向け、話しかける。
「こんばんは。江月紅音ちゃん、だよね。さっきまでの話、聞いてたかな?」
「聞いてましたけど……。選ばれたって、一体?」
そう紅音が尋ねると、峰川は駐車場の方を見る。
大きいとは言えないマンションの、住人のための駐車場には、江月家の自動車も含めていくつかの車が止まっている。ここには来客者用の駐車場もあり、二台しか停めれないものの、このマンションの部屋がほとんど埋まっている理由の一つとなっている。その来客者用の駐車場に、立派な車が一台止まっている。紅音は車に詳しくないためどんな車かは分からないものの、高級車だということは容易に想像がついた。峰川が見ているのは、ちょうど高級車が止まっているあたりだ。
「突然きてろくに話もしないまま、申し訳ないんだけど、他の人には聞かれたくない話だから、車に乗って話させてもらっていいかな?というか、正直なところ、君に拒否権ないんだよね。本当に申し訳ないけど」
嫌だな、と思う。当たり前だ。突然きて政府の人間だ、警察だ、そんなこと言われたって、は?という言葉しか浮かんでこない。しかも車に乗れとか…。
そう思うも、だからといって拒否権ないとはっきり言われた状態で、政府や警察の人に対し、嫌です。などと言えるはずがない。
「…………………分かりました」
答えるまでの間が、せめてもの抵抗だ。
そんな紅音に対し、峰川は苦笑し、天崎は申し訳なさそうな表情をする。警察はなにを考えているのかよくわからない。
「それじゃあ申し訳ないけど、車までついてきて。」
紅音が頷くと、峰川は「天崎」と声をかける。
「おまえ、紅音ちゃんのお父さんとお母さんに事情説明しろ。もちろん最低限のことしか言うなよ。」
天崎は軽く不貞腐れた表情をする。
「峰川さんより私の方が紅音ちゃんの緊張も和らぐと思いますけどね。それに上から目線発言」
「おまえなぁ」
峰川はまったくおまえは。といいたそうな表情をする。
「日本は年齢序列で縦社会。俺たちは先に車行ってるから、おまえはちゃんと説明しとけよ。」
まだ少し不貞腐れたように、天崎は 「はぁ〜い」と言う。
「仲、いいんですね」
車に向かう途中、無言でいるのが気まずくなり、紅音は峰川にそう言う。
「天崎とってことか?そう見えるか?」
「はい。そう見えますけど、仲よくないんですか?」
「んー、どうだろうな。あいつ、俺のこと軽くみてるだけのような気がするけど。俺としてはあいつはかわいい後輩だし、嫌いじゃないけどな」
少し話したら、すぐに駐車場に着く。
「さ、どうぞ」
峰川にそう言われ紅音は車に乗り込む。警察官は運転席、峰川は助手席に座る。そうして1、2分だろうか?短い間待っていると、天崎が車に乗り込み、紅音の隣に座る。
「大丈夫だったか?」
そう尋ねる峰川に対し、天崎は「大丈夫でした」そう答える。その声には、どこか釈然としない。そのような雰囲気が滲み出ていた。
警察官が当たり前のように車を走らせる。
「どこに向かうのかお聞きしても?」
誰にともなく紅音がそう聞くと、峰川がのんきに言う。
「ああ、悪い。そもそも車を出すってとこから話してなかったな」
「え、峰川さん話してなかったんですか?それ紅音ちゃん不安になるじゃないですか。」
そう言うと天崎は紅音に向かって申し訳なさそうにする。
「ごめんね。峰川さん、面倒くさがりだから。私たちが来てただでさえ不安だろうに、その上何も聞かされずに車に乗せられ連れてかれるって相当怖いよね」
「あ、いえ」
紅音はなんと言えばいいか分からず、そう答える。
「贄人」
突如として峰川がなんとなく物騒そうな言葉を放つ。
「にえ、びと? なんですか、それ」
「紅音ちゃんが選ばれたものの名前だよ。吸血鬼に差し出す人間、生贄にする人、それを贄人とよんでる」
「は?」
そう言葉が漏れる。吸血鬼?私が贄人に選ばれた?生贄?訳がわからない。何かの冗談?
「何の冗談ですか?吸血鬼なんている訳ないし、贄人って?」
とまどいながらも出来るだけ軽くそう聞く紅音に対し、しかし誰も「冗談だよ」なんて返さない。
警察官は相変わらずなにを考えているのか分からず、峰川は無表情で、天崎は苦々しい顔をしながら黙っている。その様子に、紅音の顔はどんどん曇っていく。
「あの……」
なんで皆黙っているんですか?その言葉は紅音の口の中で消える。重苦しい車内には、車の走行音だけが響く。
「ごめんね」
どれぐらい経っただろうか。数秒かもしれないし、数分かもしれない。天崎がぽつりとつぶやいた。
「私たちはこれから、紅音ちゃんのことを吸血鬼に渡さなければいけない。さっき峰川さんが言ったこと、冗談なんかじゃないよ」
「天崎。カーテン閉めろ」
峰川の言葉に、天崎は無言で車につけてあるカーテンを閉めていき、外から入ってくる光は、前後の光だけになる。さらに薄暗くなった車内に、紅音は恐怖を覚えた。
逃げなきゃ。
そう紅音が思うと同時に、それを読んだかのように峰川が言う。
「逃げられないし、逃がさないよ」
「っ!」
紅音は反射的に車のドアノブに手をかけ、出ようとする。今この車は道路を走っていて、一歩外に出れば命の危険すらある。そのことさえ、紅音の頭の中から消えていた。しかし、
「開かない……」
ドアノブをどう動かそうとも、ドアは一向に開く気配がない。
「鍵をかけたんですか?」
紅音が怒りと恐怖を含んだ声で言うも、峰川はすました顔を紅音の方に向け、「だったら?」とだけ答える。
「ごめん。ごめんね、紅音ちゃん」
対象的に、天崎は紅音に対し謝り続ける。
「家に帰してください」
「無理」
「…………」
峰川のあまりにも早い『無理』の言葉に、紅音は黙ることしかできない。
「家からある程度は離れたし、もうそろそろ話すよ。紅音ちゃんがこれからどうなるのかについて」
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