第3話 さようなら
数日の謹慎の後、私は公爵家へと向かいました。
お返事をするためです。手紙ではなく私の言葉で、アルフォンス様に謝罪するためです。
気持ちは重く、最後の審判を自らに下すのはとても辛いです。けれど、そうして書類上も、気持ちの上でもしっかりと破棄することが必要だと思いました。
もしかしたら、私のこの行動を煩わしく思われるかもしれませんが、私はそれでも最後に一度、あなたに会いたいのです。
公爵家の前で馬車を降ります。
「すこし、待っていてください。すぐ済みますから」
御者にそう伝えれば、心配そうな顔をしてくれました。彼は私の祖父の代からいて、お祖父様が呪いを受けたことを知っているからです。
「お気をつけて」
危ないことなどあるはずもないのに、そんなことをいうのだから、私はすこしだけ笑ってしまいました。もちろん、顔には出ないのだけど。
屋敷の前にいくと、すでに扉の外にアルフォンス様がいらっしゃいました。
そういえば、いつもこうして待っていて下さった。
優しい方。
「アルフォンス様」
呼びかけると、複雑そうなお顔をなさりました。
そんな顔をしなくてもいいのですよ。今回のことは、アルフォンス様は何も悪くないのです。私が、私がこんなだからいけないのですから。
ねぇ。笑顔がなくても、言葉で愛を伝えられなくても、もっと可愛らしい言動をしていれば、セレスティアのようにわがままを言ったりして見せれば、あなたはを私を愛してくれましたか?
まるであなたを責めるようなこと、私はきっと言わないけれど、心の中でそう問うてみました。答えはありません。わかっています。
変わらず難しいお顔をしているの。
私に申し訳ないと思っている。
でもね、ほんの少しでいいんです。あなたが微笑んでくれたら、私が心の中で飛び跳ねて喜びますよ。そんな単純なんです。私。
だから、笑ってくださいな。
なんて、あなたは私に微笑みかけてくれないけれど、もしそうなったらいいなって、そう思っただけです。
「中で話そう。外は、日差しが強い」
「はい。ありがとうございます」
アルフォンス様の前だといつも以上に顔が硬くなってしまうわ。
愛しているから仕方のないことなのだけど。
ことが起きたのは、来客室の扉を通る前でした。
奇妙な気配がしたのです。
何か、嫌なものを感じた。
そんな不確かなもので、アルフォンス様の脚を止めるのも忍びなかったのだけれど、私は思わず足を止めました。
「クリスティア?」
「まってください。何か……」
その時でした。柱の影から誰かが飛び出してきたのです。
使用人の格好をしていました。でも目が、目が違う。それは血走っていて、どこまでも凶悪な狂気を秘めていました。
こんな状況で冷静にそれを見極められたのはなぜなのかわかりません。ただ、その使用人の手に握られたナイフを目にした瞬間。そして、使用人がそれをアルフォンス様に向けていると気づいた瞬間。私は動いていたのです。
熱いと最初に思いました。
冷たいような気もしましたが、すぐに熱を感じて、それからどうしようもない痛みが襲いました。
こんなに痛いのは初めてで、どうすればいいのかわかりません。
立っていられずに、倒れてしまった私を誰かが支えてくれる。
周りで何事かを誰かが叫んでいます。
ああ、アルフォンス様の声がきこえる。無事、だった。
アルフォンス様。
ご無事ですか?
よかった。
まもれて、よかった。
聞いてくださいな。
あのね。
あのね。
私。
あなたのこと。
愛しています。
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