俺(おい)を(ば)北海道(スキー)に連行(つれて)くなッ!!

@HasumiChouji

序章

パンドラの匣

 蒸し暑い。

 日差しは強くないが……暗い色の雲のせいで不快指数が増している。

 とは言え、町中よりはマシだろう。

「社長さん、お客さんが来てますよ」

 ベトナム人の技能実習生のゴが母屋にやって来て中馬ちゅうま光宙みつひろにそう告げた。

「客?」

「畑の近くの農道にタクシーで来てます。社長さんに会いたいみたいですけど、家の場所が判らないみたいです」

「ああ、そっか。ちょっと待っといてくれ。今、行くけん」

 あまり知られていないが、このK県は、蕎麦の生産量が多い。

 もちろん、面積が広大な北海道に比べれば微々たるものだが、九州の中ではK県と隣のL県が「3位以下よりも桁が1つ多い1位と2位」だ。

 光宙も蕎麦農家で、農協を通さずに関東や関西や博多の蕎麦屋に、直接、蕎麦をおろしている。

「ところで、雨が来そうやけん、早めに耕耘機なおしてもらえんね? 雨降り出したら、作業は明日あしたでも良かけん」

「なおす? 壊れてませんよ」

「だから、この辺の方言じゃ『なおす』は『元の場所に戻す』と云うちゅ〜事って、何度なんべん言うたら判るとね?」

「雨が降り出しそうになったら、耕耘機を物置に戻す、でいいですか?」

そういうそぎゃんこつよ」

「えっ……? そ……そぎゃ……?……どう云う意味ですか?」

「日本語学校では、この辺の方言まで教えてくれんかったとね? まったく……」

「あの……私、怒られてます?」

「いや、あんたには怒っとらん。気にせんでいいよか

 農道まで出ると、停っていたタクシーは、全く知らない訳ではないが、この辺りではあまり見掛けない業者のものだった。

 どうやら、県庁所在地の最寄り駅からタクシーで、ここまで来たらしい。

「ああ、どうも」

 その五〇ぐらいの男は、右手に持ったタオルで顔の汗を拭きながら、左手を振っていた。

「えっ……?」

 光宙は、その男が誰かは知っていた。

 だが、何故、ここまで来たのかが理解出来なかった。

「な……なんで?」

「いやぁ、すいませんね。お父さんが亡くなってから、線香も上げに来なくて」

 光宙の取引先である東京の高級蕎麦屋「富士見」のオーナーである市ヶ谷勝一郎だった。


「わざわざ、東京からすんません。親父おやじも喜んでるどると思います」

 光宙は座敷の仏壇に手を合わせた市ヶ谷にそう言った。

「いやいや、事業ってのは人と人との繋りが基本なんで……ああ、それで、ちょっと知り合いから頼まれた事が有りましてね」

「へっ?」

「妙な頼みなんで、断わってもらってもいいんですが……私も駄目元で、あっちこっちに声をかけてる状態でしてね」

「何でしょうか?」

「非常に変な頼みなんですが……」

「はぁ……」

「形の上だけでいいんで」

「ですんで、何でしょうか?」

「選挙に立候補してもらえませんか? 北海道のある市の市長選挙に」

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