第1話 プロローグ

 VR空間が日常となった昨今、若者達の結婚率は年々低下しつつある。

 VRと言う偽りの自分を演じる場所がそれぞれの立場を逸脱し、そして時に恋人以上の連帯感を持って婚約に打ち出そうとした時、実年齢がそれを邪魔する時がままあった。


 それが精神年齢の成熟さに肉体がついてこないことによる齟齬。

 片一方は本気のプロポーズだったとしても、もう一方は冗談程度に受けとっていたことなんてザラにあった。


 そんな事情もあってか、年頃の子供の親なんかは仮想空間上での恋愛に対して強い抵抗を持っているのである。



「どうしてもダメなのでしょうか?」


「ダメだ!」



 ここに一組のカップルの行く末を決める討論が繰り広げられている。

 父はAtlantis Word Online上において知らない人はいないと言われるほどの上位プレイヤー。

 そして率いるクランも上位に位置し、まさに勝ち組の存在。


 対する娘も未熟ながらそのクランに在籍し、顔が売れていた。

 問題となっているのは娘の気に入った相手にあった。


 モーバ。その男はハーフビーストで揃えたクランの中の異物。

 エルフという中途半端な能力を兼ね備え、なんだったら野生の片鱗も見せない落ちこぼれ。

 それが父親から見たその男の総評だった。



「お父さんはモーバさんの何が不服なの!?」


「全部だ! あんな男の風上にも置けないような奴にお前は不釣り合いだ!」


「なっ! どう思いますか、お母さん?」


「私は村正ちゃんに同情しちゃうわ」


「だそうですよ、お父さん!」


「おま、そっちに着くのか!?」



 父親の憮然とした態度が初めて崩れた瞬間である。

 仲間を得て勝ちを確信した娘の一転攻勢。



「私の時だって、ずいぶん揉めたじゃない。あなたはそんな頑固者の父に歯向かって見せたでしょう? それを試練として手を打ちました。今回もそれを見守るのですよね?」



 頑固者の父とてひとの子。

 妻に惚れてその過酷な試練を乗り越えた自負があるからこそ、妻の言葉に抗えなかった。

 そんな相手に気圧されるように諭されて、とある指標を出した。

 それが二人で一つでも実績をとって見せろというものだった。


 今やAtlantis Word Onlineでは過去のように攻略にかまけている場合ではない。

 一つの時代を切り拓いた男の数々のエピソードを塗り替えるべく、次代を切り開くプレイヤーを求めていた。


 父親は娘にそれをしてみせろと託したのだ。



「今に見ててくださいね、すぐに二人で成し遂げてきますから!」


「そう言って、すぐに俺に泣きついてくるのが目に見えるがな!」


「そんな事ないですーー!!」



 こうして親子喧嘩は一つの終着点を見せ、それに巻き込まれた青年は頭を抱えながら悪態をついた。


 男の名はモーバ。

 例の娘に一方的に好かれ、いつの間にか恋人役にさせられていたエルフの青年である。



「お前さ、もう少し過程を踏むってことを覚えたら?」


「むむ? モーバ殿までそう言うか?」



 この娘、親の前とその他の前で口調が変わる。

 所謂ロールプレイという奴なのだが、そんな事情まではモーバは知り得ない。

 その上で見た目が小動物のハーフビースト/ラビットを選択しており、その猪突猛進具合から中身を小学生高学年ぐらいだろうと推測していた。


 モーバにとっての村正とは、歳の離れた妹ぐらいの扱いなのだ。しかしその中身は恋多き女子高生で、それを知らないからこそモーバは困惑の最中にいた。



「そもそもさ、なんで俺お前の親父さんに嫌われてんの? 全くもって身に覚えがないんだけど?」


「そ……それは……」


「もうその態度だけでわかるわ。まーたお前の妄想のとばっちり食らったってな。言っとくが俺は23だぞ? お前とは年齢が離れ過ぎてる! 恋人役を探すんならもっと年の近いやつをだなー」



 モーバは知らない。村正の中身がもうすぐ卒業を迎える現役女子高生である事を。なんならその見た目から中身を小学生高学年ぐらいにさえ思っている。

 だからこそ、気持ちはありがたいと受け取っておく姿勢を崩さない。

 モテるのは嬉しいが、モテるなら同年代からモテたいと深い溜め息をつくのである。



「拙者、こう見えて大人であるぞ?」


「どこがだよ。どこに大人の女性がいるの?」


「ここに居るが!?」


「俺には見えないな。それに俺の知ってる大人の女性は、強敵を前に不敵に笑みを強めないんだわ」


「な、なんと! 拙者はモーバ殿に似つかわしくないと!?」


「もうちょっと出るとこ出てから申し出てくれや。俺はロリコンじゃねーっつーの」



 どれだけ娘が尽くしても、モーバの態度は変わらない。

 そのことに一人拳を握りしめる村正。


 そして遠くから状況を見守っている二人組の姿がある。

 望遠鏡を手にした父と母が傍観者よろしく現場を張っていた。



「あの男……俺の可愛い村正になんて非道の数々を! 許せん! 八つ裂きにしてくれる!」


「多分中身が見えてないんでしょうねー。リアルアバターを見せたらイチコロだと思うわ。あの子、男ウケする身体してるし」


「んな、母さん! まさかあのモーバという男を認めるというのか?」


「認めるも何も、村正ちゃんが気に入ってるのよ? 母親としては応援してあげたいわ」


「ならんならんならん! それは絶対にならん!」


「あなたもそこまで嫌がるのは異常よ?」


「俺は絶対に許さないからな!」


「もう、困った人ね」



 暴走する父と娘に、母は一人恋の行く末を見守っていた。

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