発展

第33話

 冬月シバを顧問に迎えて一ヶ月もしない頃にはもうあのゾンビのようで覇気のない部員たちも目の輝きを取り戻して練習に取り掛かっている。


 結局シバは筋トレと走り込み以外は決まったスタイルは無く、そのうちそれぞれ部員が自分自身にあった方法で練習をしたり部員同士で対戦をしたり作戦を練るなど自主性も見られてきた。


「これも狙い通り」

 とドヤ顔するシバだが、狙ってはないのは見ても分かる通りだ。


「はい、シバ先生。お疲れ様です」

 横に座る湊音からもらったお茶を一気に飲み干したシバ。


「おう悪い。あーっ!! お茶うめぇ! 俺よりも一回りも下の野郎相手にするとやっぱりきついなぁ」

「シバ先生。野郎……って言い方は、やめて下さい。今後保護者とも会うこともあるんだから今のうちに言葉遣いには気をつけて下さい」

「はいはいはいはい」

「はい、も一回までですよ」


 心なしか湊音のシバに対する表情が前の時よりも柔らかい。目を細め口の端も上がって頬も赤く染まり、彼も目の輝きが蘇っている。


 談笑する顧問二人を宮野、高畑、星野は見ていた。


「あきらかにあの二人の様子がおかしい」

「それは前から知っている。シバ先生との距離も近い」

「でも喧嘩は多いよな」

「喧嘩をするほど仲良いとかいうけどさ……なんかあの二人、できてるよな」


 と高畑が言うと三人同時にウンウンと頷く。


「でも湊音先生には恋人がいますよね」

「いるけど……てことはシバ先生に乗り換え?」

「いや、浮気? うわーっ」


 男子学生三人で盛り上がっていた。その時だった。


「あの!」

「うわっ!!!!」


 シバたちをこっそり見てた三人は突然の声かけで前に倒れ込んだ。


「なにやってんだ、お前ら……」


 見つかってしまった。


「まぁさっきから気づいてはいたけどね」

 湊音は気づいていたようだ。


「……宮野主将。相談があります!」


 と藤井であった。一年生とは思えない貫禄のある見た目だが太い眉毛をピクピクと動かした。


「な、なんだ……僕の解決できるものなら」

「はい。たぶん主将なら!」

 声もやたらとでかい。シバもなんだなんだと近づく。


「三浦くんともこないだ話してましたが、やはり他校の生徒と試合がしたいです!」

「ほ、ほう。僕も思ってるけど……湊音先生、シバ先生いかがですか?」


 すぐ質問が顧問の二人に流れてきた。湊音が返そうとするとシバが間に割って入ってきた。


「お、やる気が戻ってきたな。全然いいと思うぞ! 他校、この近辺の高校は試合で当たるから思い切って他県の生徒とも……あ、遠征とか!」


 とシバが湊音に言うと聞こえてるのに大きな声を出されてうるさい! と言う顔をしてる。


「……たしかに毎年遠征は行ってたが予算削られて隣県くらいかなぁ、行けても」

 部員たちはまたかぁ、としょんぼり。


「OBの方々は結構愛知や長野で交流試合してたようなんですけど……愛知の方での合同合宿はスパルタで何人か脱落したと」

「長野も冬に稽古があって……めっちゃ厳しいんですよ。OBの人たちからあそこは監獄だからやめろって」

 シバはそれを聞いて呆れてうーん、と考える。


「お前ら甘いな。どこ行っても厳しさは同じだぞ。せっかくやる気出たかと思ったのに。隣県……県大会出たとしても多分隣の愛知は東海ブロックで当たるとして。ドーンと関東の方でもいいんじゃないのか?」


 関東、と言うワードをシバが出すと部員たちはおおおおーっと声を出す。


「いや、関東までの予算は……宿代はともかく新幹線代が」

 と湊音が言うと部員たちはドヨーンとした。


「バイト代貯めれば関東行けますよ」

 宮野と高畑は同じファーストフード店で働いているらしい。他の部員もどうやらバイトしているらしい。


「でもそれは将来のために取っておきなさい」

「いや、バイト代で遠征費出してもいいじゃないですか。これで関東の方で鍛えて優勝したらそれこそ将来のために使えた! って思えます。なぁ、みんな!」

「そうです!」


 部員たちが一致団結している。


「そうだ、そうだ! 関東行きたい!」


 シバも部員と結束して声を上げる。どちらかといえばここ数週間で彼は顧問と部員というよりも仲間、という関係性に近いかもしれない。


 しかし。

「ただお前らは関東に行きたいだけだろ」

 湊音中の人ことが図星だったようで部員をはじめ、シバも口籠る。


「予算は大丈夫だ。理事長に話をつけて関東でも余裕のある分調達できた」



 一瞬間があき、ぶわっ!!! っと部員とシバたちは大喜び。

「いつのまにそんな交渉してたんだよ、湊音! お前も変わったなぁー。前

 の時はそんなことしてくれないと思ったけどさ」

 シバがそう言ってぐいぐい湊音に迫ると顔を真っ赤にして押し返した。


「でもちゃんと試合で全国大会のある関東に戻って来れるよう、意味のある合宿にしなさいよって言われたからそこはちゃんと気を引き締めること!」

「はいっ!!!」


 部員たちは大きく返事をして喜び合った。


「ほぉー。だからジュリは関東の強豪校知ってるか? て聞いてきたんだなぁ」

 シバはそういえば……と。その時にいくつか上げて警察時代の先輩が警察を辞めて顧問をしてることを教えたことも。


「よし、お前ら! 関東に行くからには悔いのないようさらに日々訓練を重ねるぞ!!」

「はい!」


 なぜかシバも嬉しそうな顔をしているのに湊音は違和感を感じた。

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