第1章
昌泰四年
取引
寝付けない夜の出来事であった。
陰陽師の占い通りに、西の方角を向き、お香を焚いているのだが一向に病が良くならない。むしろ起き上がるのがやっとである。
常に死の恐怖が脳裏をよぎる。
「死にたくない…」
ポツリと呟き、眠れそうで眠れない虚ろな状態で天井を眺めていた。
「かわいそうに。そんなに死にたくないのか。残念だが、お前の命はもって後2週間だ。」
どこからか声がする。限界に近い体を起こし、あたりを見回すと、なんとも妖しい男の姿を見た。
「名門貴族の藤岡家も病には勝てんのか。それにしても人間という生き物は実に儚い生き物だ。」
妖しい男は不適な笑みを浮かべ、話を続ける。
「お前は何者だ。鬼なのか、それとも妖狐なのか。そしてお前は一体、私に何の用だ。命が欲しいのか。」
わずかな気力を振り絞り、か細い声で継永は問いかけた。
「まあ余のことはなんとでも呼べ。欲しいのは人間の魂だ。心配するな、お前の魂ではない。第一もうすぐ死ぬ人間の命など欲しくもない。」
黄泉の国からの幻覚が見えるようになったということは、いよいよ死期が迫ってるのだなと継永は確信した。しかし妖しい男は話続ける。
「余の言う通りにすれば、お前の肉体は死んでも、その瞬間にお前の魂は別の人間の体に乗り移ることができる。しかも記憶を持ったまま。その時追い出されてしまった魂を余がいただくという訳だ。お互い得しかしないだろう。」
そして力強く、妖しい男は念を押した。
「お前は助かりたいんだろ?」
その言葉に押され、継永は魔物とも呼べる妖しい男との取引に応じた。そして気がついたら寝ていたのであった。
**
「おかげんはいかがですか?」
翌日の昼下がり、甥の
「今日は気分が良くてな。おまけに頭も冴える。」
「それはよかった。心配しておりましたので。」
兄の子の三男坊の忠恒はよくできた子だ。とにかく健康で、若くて顔も整っている。乗り移れるのなら、こういう男だと確信した。
「実は色々考えてな。忠恒、お前を私の養子にしようと思うのだ。私には子供がいなくてな。そして私の財産もお前に譲ろうと思う。」
「ほ、ほんとですか!」
いざとなると、財産を手放すのも惜しい。こいつに残した財産もやがては自分のものになる。驚く忠恒を見ながら、継永は思った。
全ての準備を整え、二週間後。継永は眠るように息を引き取った。しかし、それは長い睡眠のようなものであり、目が覚めると彼は忠恒になっていたのだ。自分のために喪に服すというのは、なんとも妙な気分であった。
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