現実からデスゲームへ

第三話 ね、殺し合いを始めましょうよ

 ランチタイム中、一緒に食べていた子たちがこんな話をしていた。


「ねえ、聞いた? 販売部の鹿野かのさん、ストーカー被害に遭ったんだって」

「聞いた、聞いた。身近でそんなことあるなんて、怖いよねー」


 私は反射的に話に入った。


「ストーカーだったら、私も被害遭ったことあるよ。

 なんかね、家への帰り道、いつも同じ車にすれ違うなって思ってたの。それでね、ある日、同じようにその車にすれ違って、家に帰ったのね。あ、その時は一人暮らししてたんだけど。

 部屋に入ると、なんか様子がおかしいものを感じたのよ。怖くて、友達を呼んで、一緒に部屋に入ったの。誰かが潜んでいる、ってことはなかった。安心した。けど、友達が変なことを言うのよ。

『これ、あんたの趣味?』って。

 彼女の指す方を見たら、カーテンの柄がクマのプーさんになっていたのよ。もちろん、私はそんなカーテンを見たこともなかった。それで部屋中を見渡すと、絨毯もクマのプーさん、ベッドのシーツやまくらカバーもクマのプーさん。挙句の果てには、クローゼットの中に入っている服や下着の柄も全部クマのプーさんになっていたの」


 私は喋りながらも、このことが本当にあったことなのか、自分の作り話なのか、わからなくなっていた。

 記憶の中で、この時の光景がありありと思い起こせる。でも、私はウソをつこうという気持ちがあって、こんなことを言ったような気もしていた。


 昼休みが終わり、仕事に戻る。

 午前中にやっていたことの続きで、見積書の束を確認し、間違いがないかチェックしていく。一つ、また一つと確認を進め、間違いのあるものは差し戻しのためのケースに入れていった。


 差し込みで納品前のチェックが来る。私がするのはクオリティの確認などではなく、商品名、商品番号、価格、それに流通コードの確認だ。

 一つ一つ丁寧に確認していくと、流通コードに誤りが見つかる。

 チッ。心の中で舌打ちした。

 このくらい、しっかり自分で見つけらないのかよ。そんな怒りが湧き起こる。私は自分の仕事を止めてまでやってるんだ。そう思ってもいいだろう。


 なんか、やる気がなくなった。煙草でも吸ってよう。

 私は納品用の一式をNGの棚にぶち込むと、喫煙席へと向かった。


 喫煙室では、営業部の成井なるいさんと春日部かすかべさんが会話をしている。


「いやさぁ、今朝のニュース見たでしょ。うちの顧問弁護士の鴫唯しぎゆいさん出てたんだよね、ビビったよ」

「いきなり知った顔出ると驚きますよね。しかも、ニュースの中心になっちゃってるし」


 私は反射的にその話に食いついた。


「鴫唯さん出てるの驚きましたよね! でも、最近、私の友達がニュースに出てたことあるんです。

 歌手のラファエルって人いるでしょ。ビジュアルバンド、ファールバウティのボーカルやってる。あの人が殺したというか、薬飲ませて結果的に死なせたというか、その人が私の友達なんですよ。

 ずっと仲良くしてたんです。学校帰りによくカフェに行きましたし、彼女の就職活動の相談に乗ったことだってあるんですから。

 ニュースに顧問弁護士が出てて驚いたって言いますけど、私の方が驚きますよ。だって、友達が死んじゃってるんですから」


 そう言いながら、大切な親友の死を思い出した私は涙ぐむ。声も震えていた。

 成井さんと春日部さんはそんな私を慰めてくれる。


 どうやら私はウソをつかなくては生きていけない性分らしかった。自分がウソをついているという感覚はあるけれど、次第にそのウソを誰よりも信じ込んでいるのは私自身だ。ウソと本当の境界は曖昧になり、私には何が真実なのかわからなくなってしまう。

 でも、それでいいのかもしれない。私はウソをつくが、そのことを肯定して、前向きに生きていこう。それがポジティブな生き方ってもんじゃないのかな。


 業務時間が過ぎた。私はそそくさと帰宅の準備を始める。

 今日はマッチングアプリで知り合った男と会うことになっていた。遅れるわけにはいかないんだ。

 今日の服装はシースルーを意識した白いレースのブラウス。ダークカラーのインナーで透け感を出し、同時にレースの華やかさを際立たせる。ボトムは見栄えのバランスを揃えて、白いメッシュレースのスカートにした。


 男と食事をして、お酒を飲んだ。

 お店から出ると、私から手をつなぐ。どうも積極性に欠ける男だったが、そうすると行けると思ったんだろうか。街中だというのに、急に体を引き寄せ、キスをしてきた。いきなりだったが、別によかった。

 そのまま、二人はホテルに向かう。


 終わった。


 虚しさばかりが心に残る。別にこんなことはしたくなかった。

 だというのに、しなくてはいけない。さっきまで、そんな不安感でいっぱいだった。けれど、終わってしまうと後悔しか残らない。

 なぜ、いつもこんなことをしてしまうのだろう。


 もはや名前も覚えていない男と、ホテルの一室を出た。エレベーターの降りボタンを押すと、すぐに扉が開いた。ついている。

 男がエレベーターのボタンを抑えてくれているので、一足先にエレベーターに乗った。しかし、いつまでたっても、男は乗ってくる素振りがない。


 いや、そうじゃない。私はエレベーターに乗っていなかった。

 その場所は長い長い廊下だった。薄暗い道が続いている。


 ほの暗い廊下の奥から、何者かが歩いてきていた。

 次第にその姿が明らかになる。ワンピースのような露出度の高いドレスを着ている。青いような、紫がかった髪の色が特徴的だ。顔は見えない。俯いているためだった。

 彼女は私の目の前に来ると、突如として顔を上げる。真っ白なやつれたような顔をしていた。垂れた目をしていたが、私を睨んできているのがわかる。

 そして、しわがれた声を上げた。


「これからデスゲームが始まるのよ。ね、殺し合いを始めましょうよ」

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