第四章 露木新@虚言癖
露木新の語り その一
第一話 新、あなたのお話、興味あるのよ
えーと、私って名乗ったのかな。ちょっと覚えてない。みんなの話が長くってね、ちょっと退屈しちゃってたから。
えーと、
あれはね、もう一年経ってるかな。
同僚の
で、上司が四谷さんの様子を見に行くってことになったんだけど、それまで彼女と一番仲良くしてたってことで、私も行くことになったんだ。
んで、その上司ってのが、
ただ、寄見さんは若いころにバイクで事故ったらしくてさ、下半身がほとんど動かないのよ。だから、車椅子に乗ってた。車椅子に乗った上司なんて介護が大変なんじゃない? そう思った人もいるのかな。
ところがどっこい、寄見さんの車椅子は高性能でそんな心配は全然いらないの。当然、電動式で坂道だってものともしないし、階段を上り下りする時は専用のアームが出て、四足歩行だって可能なんだ。脚のことをアームっていうのはちょっと変だけどね。
電車を乗り継いで、四谷さんの家に向かったの。だいぶ、辺鄙なところに連れてかれるなあ、って感覚があった。
次第に家がまばらになり、畑が多くなり、ついには畑もなくなって、森や山ばかりになっていったの。最後にはバスに乗って、実際に山奥を進んでく。
バスから降りても歩きが多かった。落ち葉で散らかっているアスファルトの坂道をぜーぜー言いながら進んでいくの。そんな中、電動式の車椅子に乗ってる寄見さんは涼しい顔よ。なんか不公平じゃない?
ほんと、疲れ果ててたけど、どうにか四谷さんの家に着く。木造でね、随分と年季の入った家だった。
チャイムを鳴らしてみたけど、返事はない。そりゃ、簡単に会えるとは思っていなかったけどね。
通りがかった人に尋ねてみたけど、四谷さんはお父さんもお母さんも亡くなって、ずっと一人暮らしだったらしい。それが、最近はまったく姿を見ないんだとか。都会に行ったきりだと思ってたみたいだけど。
私たちは最悪のケースを予想して、入り口が開くかどうか、試してみたのよ。曇りガラスでガラガラと横にスライドさせるタイプのやつ。どうせ鍵がかかっているだろうと思って、思い切り引っ張った。鍵はかかってなかったみたい。ガラガラと扉は開いた。
私は少し躊躇したけど、寄見さんはそのまま家の中に入っていく。木製の廊下をミシミシと音を立てて進んだ。そして、すぐに四谷さんには出会える。
四谷さんは首を吊っていたのよ。
首に縄がグルグルと巻かれ、天井から吊り下がっているの。首が閉まり、酸素が欠乏していくのを感じていたのか、その表情は苦しげなものだった。
足元には逝ってから、体内の汚物が排泄されたのか、シミができていたけど、時間が経っているらしくて、臭いはほとんどしなかったんだ。
「これ、死んでますよね」
私は当たり前のことを寄見さんに確認した。
寄見さんは車椅子に備え付けのスコープを起動し、死体の様子を調べる。
「ふむ、すでに死んでから二週間近くは立っていますね。そろそろ腐敗が始まるはずです」
そんなことを話してた時よ。四谷さんの目が急にピシッと音を立てて割れる、そんな風に見えた。
そして、その目から何かどろりとしたものが垂れてくる。卵が割れて、その中身がこぼれていくみたいに。
それは目玉だった。目玉のようなものは床に落ちると、まるで目玉が頭で、どろりとしたものが四肢であるかのように形作っていく。
そして、目玉のような状態のまま声を発した。
「死んだなんて簡単に言わないでくれる? 私はこうして生きているじゃない」
甲高い声だった。しかも、その声の主張を素直に受け取るなら、この目玉のようなものが四谷さんだとでもいうのだろうか。
ちょっと気味が悪い。
「あんた、なんなの?」
そんな気持ちが声に出ていた。目玉はギョロリと私の方を見る。彼女はカチンときているかのような声色を出した。
「露木さん、あなたこそ自分がまだ生きているだなんて思ってるんじゃないでしょうね。あなたはもう死んでいるのよ」
四谷さんの目玉はそんなことを言う。
でも、意味が分からなかった。私は生きているに決まっているじゃないの。
そんな感情を察したのか、目玉はあざ笑うような声を上げた。
「あはははは、じゃあ、外に出てみたらいいんじゃない? 自分がどこにいるか、よくわかると思うから。
まあ、この家の中が一番安全なんだけどね」
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