白の書ー何でも叶う、何者にでも成れる世界に生まれてしまった者達に告ぐ。ー

 ただ好きな人と一緒に居られるだけで良かった。


「寄り道して帰ろうか」

『うん』


 そう言って学校の帰りの電車で終点まで乗って、目的も無く線路を歩いて。


 こうして一緒に居られるだけで楽しい、嬉しい。


《あら蓮君、迷ったなら送って行くわよ》

「え、あ、助かります」


 蓮ちゃんの近所のお姉さん。

 電車の運転手さんだって言ってたけど、こんな所で会うなんて。


 駅でも無い、駅舎でも無い、車庫でも無い所で。

 折角なら、あの2つトンネルの先に行きたかったのに。


《さ、向日葵ちゃんも、あぁ、今車を少し前に出すわ》

『ありがとうございます』


 このお姉さんは蓮ちゃんの事が好き。

 だから私は後部座席へ座らないと。


 好きな気持ちは分かるから。


《どうぞ》

「向日葵は前ね、はい」


 蓮ちゃんは鈍感だから、ごめんなさいお姉さん。


『すみません、失礼します』


 あぁ、笑顔だけど怒ってるだろうな、申し訳ない。


「よいしょ」

『蓮ちゃん』


「向日葵は小さいから大丈夫だって、お願いします」

《ふふふ、もう、仕方無いわね》

『そんな、助手席は1人用なのに』


《もう直ぐ雨が降りそうだし、急ぎましょう》


 高級で大きな車だけど、助手席に2人で座って、足と足がピッタリくっ付いて。

 ドキドキして、前を見れなくて。


 そしたら手を繋がれて。

 恋人繋ぎ。

 今までした事も無いのに。


 《緊急警報、緊急警報、夢を叶える神性が動き出しました。自力で叶えたい方は直ちにシェルターへ批難して下さい》


《最寄りは、少し先ね》

「みたいですね」


 私もナビを見ようとした時、魔法使い達がビルからビルへ移動していた。

 昔はとても憧れた、魔法を使って自由に動き回れる事を。


 けど、自力で願いを叶えるべきだって人達が現れて、争いが起きて。


 魔法使いと神性の魔法使いと神性、その三つ巴に。


《ごめんなさい、ココは1人までみたいで》

「俺らはこのまま次のシェルターに向かうんで、ありがとうございました」

『ありがとうございました』


 神性は滅多に地下へは来ない。


 けど、追い詰められたら別だった。

 もう少しでシェルターだと思ってたのに。


「向日葵、先に行け」


 呼吸器が弱いから、息苦しそうに、どんどん走る速度が遅くなって。

 悲しそうな精霊が私達を追い掛けて来る。


 願いを、叶える事を禁じられた神様達、その暴走だって言われてたけど。


 あぁ、本当に私達の願いを叶えたいだけなんだ。


『私の願いを叶えて!』


 蓮ちゃんの願いを自由に叶えさせたい、その私の願いを叶えて。




「向日葵」

『逃げて蓮ちゃん!』


 顔を上げると真っ黒い服に包まれた向日葵が居た。

 自分より小さい、か弱い向日葵に腕を掴まれ、シェルターへ投げ入れられた。


 俺を救う為に。

 一生に1度だけ、1つの願いが叶えられた筈なのに。


《君、怪我は無いかい?!》


「アンタ達のせいだ、アンタ達が争うから」


 争わなければ、精霊だって神様だって、願いを叶えると言って追い掛け回す事も無かったのに。


「そうだそうだ!」

『アンタ達のせいでシェルターが満員になった場所も有るって知ってるんだぞ!』


 魔法使いでも神性の力は避けられない。

 他の神性の加護が無い限り、叶えさせられてしまうって。


 けど。


《けど》

「俺ら2人は、ココの前のシェルターが満員だったから、ココに来た。なのに」

『けど暴力は犯罪だ、だから僕らは我慢してる。反論しないで黙って聞いててくれないか』

「聞くのが嫌なら耳を塞いでろ!両手は有るだろ!」


 神性の加護を持った魔法使いは、もう、ずっとそのまま。

 夢が叶うまで時が止まる。

 体の時が止まって、叶えられないとずっとそのまま。


 向日葵には寂しい思いをさせたく無かったのに。


 《緊急警報解除、緊急警報解除、神性は過ぎ去りました。シェルターを開放します》


 シェルターのドアが開くと、そこに向日葵は居なかった。


《君には申し訳ない事をした、許さなくて良い、けど私達の事をちゃんと知って欲しい。私達は神性の魔法使いを救う為の研究をしている、その事だけは知って欲しい》


 手元に置かれた名刺を握り潰した、そのまま捨て様と思った、けど。

 向日葵をどうにかする為のヒントになるかも知れないからと、家に帰ってから広げてみた。


 そしてスマホをかざしてサイトにアクセスすると、案の定、真っ先に長々と思想が書かれていて。


 けれど、創立の本来の目的だけは、俺が聞いてたのと違った。


 ただ争いを生むだけの存在だと思っていた、メビウス結社、けど違っていた。


 設立者も、実は神性の魔法使いだった。

 結び目の魔法使いの願いを叶える為、神性から魔法使いにして貰ったのだ、と。


 けど、両者の願いは叶わないまま、ずっと。


 でも、許せない、協力なんかしてやらない。




『変身』


 身体能力の強化は勿論、私の能力は仲間を増やす事だった。

 仲間達はペンギン姫へフォームチェンジ。

 イチゴミルク色の髪や、金髪になった後、髪が伸びる。


 私は黒とピンクのセーラー服みたいな服と仮面だけ。


「待って!話を!」


 私は問答無用で魔法使いを仲間にする。

 三つ巴で被害を広げない為、神性の邪魔をしようとする魔法使いを止めるだけ。


 けれど神性の魔法使いを守るワケじゃない。


 誰かの願いを邪魔しないだけ。

 それは神性の願いでも同じ、ただ、邪魔をさせないだけ。


『うん、終わり、解散』


 仲間達は私が戦う時だけ揃って、後は私を知らない人間に戻る。

 戦う時だけ仲間で、後は見知らぬ人になる。


 そして、困った女性や、戸籍停止状態になる神性の魔法使いの為に建てられた寮に戻る。

 コレは結び目の魔法使いさんと、国が協力して建てた寮。


 お風呂とトイレは共用。

 建物は古いけど綺麗で設備も最新。


 そして行き場の無い人も住むから、ちょっと変わってる人も居る。


「あ、野菜ならお婆さんの所だよ、けど初対面だと口が悪くて。アレは誰にでも言うから気にしないで」

『はい、ありがとうございます』


 寮では料理は自分で。

 お魚もお肉も使い放題だけど、お野菜だけはお婆さんの所に行かないといけない。


《アンタ嫌いだ、死ね》

『すみません、お邪魔しますね』


《嫌いだ、死ね》


 ジッと顔を見られて、つい、退散してしまった。


「どうしたの?お婆さんの所?」

『はぃ』


「何かあげると良いよ、そうしたら気に入ってくれるから」

『ありがとうございます』


 何かって、私、何も持って無いのに。


「折り紙、教えてあげるよ」


 そうしてウサギの折り紙を持って、再び野菜お婆さんの所へ。


『あの、コレ、どうぞ』

《アンタは良い子だ、何でも持っておいき》


『ありがとうございます。あの、この野菜は?』

《それは葉ショウガだよ、炒め物にしたり葉で米を包んで蒸したり、美味いよ》


『そうなんですね、けど今日はコレとコレにします、ありがとうございました』

《コッチも鮮度が良いよ》


『あ、もう大丈夫です、ありがとうございました』


 何とか抜け出して、調理場へ。


「おっ、ゲット出来たんだね」

『はい、ありがとうございました』


 今日も野菜炒め。

 蓮ちゃんが美味しいって言ってくれた野菜炒め。


 それと皆さんが作ったおかず、お味噌汁を少し貰って、お夕飯を終える。


 誰が普通の人で、誰が神性の魔法使いかは分からない。

 誰も聞かないし、言わない。


 ただ普通に共同生活をして、寝て、起きて。


 会いたい。

 蓮ちゃんに会いたい。




 向日葵に会えないまま、進路を決める時期になった。


幾星あまた君は上だっけ》

「はい、対策室に行こうと思ってるので」


《そっか、向日葵ちゃんには?》

「いえ。まだ、俺が一方的に、画面越しだけです」


 公共の大画面には、変身した向日葵の姿が映し出されている。


《すっかり有名になっちゃったね》

「今じゃ、ただの魔法使いバカにとっての1番の標的ですからね」


《憎悪は適度に、冷静が1番だよ。じゃあね》

「はい、失礼します」


《うん、頑張って》


 彼ら、彼女達が神性を追い掛け回さなかったら、俺は違う進路を選んでた。

 そして今でも向日葵と一緒に居られていた筈で、寂しい思いをさせなかった筈で。


「失礼します、幾星あまた 蓮です」

『どうぞ、掛けて』


「はい、宜しくお願いします」

『率直に聞こう、君は黒薔薇姫の事でココへ来た、で良いかね』


「はい」

『結構。ではもし、彼女がただの人に戻ったら、どうするつもりかな』


「ココは辞めません」


『結構。ではどの程度、神性の魔法使いを理解しているか、語って貰うよ』

「はい」


 始まりは結び目メビウスの魔法使い。

 それまでは神性の加護を得る魔法使いは居ても、能力は変化せず、既存の魔法の範囲を超える者は居なかった。


 けれど神々の更なる上位存在、世界ちゃんの加護を結び目の魔法使いが得た可能性が示唆されている。


 その能力は無象から有象を生み出す。

 夢、思いの具現化。


 その能力を危惧した他の魔法使いが、結び目の魔法使いを殺そうとした。

 けれども既に民衆の支持を獲得していた事により、民間人によって暴挙は防がれた。


 それと同時に2番目の神性の魔法使いが誕生し、メビウス結社を設立した。

 理念は結び目の魔法使いを元に戻す方法の模索と実行、そして暫くしてから神性の魔法使いの原理解明派と分派した。


 そう思想が2つに分かれては、統合し、それを繰り返し思想が広まった。


 便利は悪、魔法は悪、他力本願は悪。 

 そして全ての悪の根本は、結び目の魔法使いだ、と。


 被害が無かった筈の諸外国でも問題は広まり、そのまま宗教弾圧や神性を否定する国が増え、更に神性がこの国に集まる様になった。


 その流れを使い、自力で願いを叶えたい者を守る側だと主張するメビウス結社は更に大きくなり、国にまで介入しようとした。

 そして国は対抗措置も含む形で、結び目の魔法使いを保護する事になった。


 保護と言う名の監視、監禁。

 結び目の魔法使いが表に出れば民間人が巻き込まれるテロが起こるかも知れない、その名義半分で拘禁、保護している。


『半分、ならもう半分は何だろうかね』

「スパイ、若しくは私利私欲を満たす為に、誰かがそうしてる可能性を考えています」


『では、だとしたら、君はどうするつもりだい』

「そう言った者を炙り出し、結び目の魔法使いを自由にしたいと考えています」


『何故かな』

「俺の向日葵がそんな目に遭ってたら、俺は絶対に自由にさせるからです」


『結構。では追って合否を知らせる、退出を』

「はい、失礼します」


 コレで落ちるなら落ちれば良い、次は結社に行くだけ。

 ネットに散乱する情報と、操作されたであろう情報を精査し、出た結論だった。


 じゃないと整合性が保てない。

 理念は同じ筈なのに、対立構造を保持したままなのだから。


幾星あまた君、どうだった?》

「ダメかもですね、全部、正直に話したんで」


《もー、程々にしろって言ったのに》

「ダメなら向こうに行きます、俺は国より向日葵なんで」


《敵対しちゃうかもなんだよ?》

「向日葵なら分かってくれる筈です、俺が向日葵の為に動くって、分かってる筈ですから」


《だと良いんだけど、月日が経つとズレる事も有るんだから、慢心しない方が良いよ》

「はぃ」




 やっと、結び目の魔法使いさんに会う事が出来た。


『あの、向日葵と言います。お話を聞きたいんですけど、良いですか?』


「モノによるけれど、どうぞ。何を飲む?オススメはローズヒップソーダ」

『じゃあそれでお願いします』


「お菓子を食べて待ってて、はい、どうぞ」

『ありがとうございます』


「あ、手作りがダメとかある?」

『いえ、大丈夫ですけど、もしかしてそのジャム手作りなんですか?』


「うん、ココ産、けど砂糖とかメープルシロップはアレね、既製品だから」

『へぇ、凄いなぁ』


「暇だから、はい、どうぞ」

『ありがとうございます』


「もう少し甘くする?」


『いえ、美味しいです、ありがとうございます』


「それで、何を聞きたいんだろうか」

『何をお願いしたか、です』


「そう、じゃあ、この2つを観て来て。ココに殆ど詰まってるから」

『はい、分かりました』


「うん、真面目で良い子だね、じゃあね」


 そこは森の中。

 巨大な温室には結び目の魔法使いが住んでいる。


 ただの絵本だと思ってたのに、本当に居た。

 見回りの警備以外は無しで。


 何で?どうして?


 蓮ちゃんなら分かるかな。


 けど、怒られるのは嫌だな。

 でも、話せば分かってくれる、筈。

 多分。




 陰謀論を含んだ話をしたのに、受かった。


 しかも中核部門に入れて貰えて。

 もしかしてあの面接官がスパイ?


 あ、違う、この人がココのトップなんだ。


『やぁ、ようこそ』

「宜しくお願いします、質問を良いでしょうか」


『何故、か』

「はい」


『君がどれだけ調べていたか、コチラは知っていた。その中でどう思うか、君は馬鹿正直に話した。しかも落ちたら結社に行くつもりだったろう、正直さがココには必要だからね、それでだよ』


「結社に行かせない為なら」

『末端の部署でも良かった、けれど君には強い信念が有る。それは我々にとっても有用、そして結び目の魔法使いにもだ。今日はレクリエーションだけとなっている、結び目の魔法使いからの伝言だ、是非にも久し振りに実家に帰ると良い』


「え、あ、はい」


 驚く事に驚く事を重ねられ、まだ整理が付かない。

 取り敢えずは言われた通り、実家へ。


「お帰り」

「あまり帰らないでごめん」


「良いのよ、向日葵ちゃんの事が有ったんだもの。お昼は食べた?」

「あ、うん、社食を食べるまでが今日のレクリエーションだったから」


「そう」


「もう上に行くね」

「母さん買い物に行くけど、夕飯は?」


「ちょっと、分からない」


「そう、じゃ行ってくるわね」

「うん、ごめん」


「良いのよ、ゆっくりしてなさい」


 本格的に勉強する。

 そんな言い訳をして寮へ行った。


 カーテンを開ければ向日葵の家が見えるから。

 最初はカーテンを開けて待ってた。


 けど勉強も手に付かなくて、イライラして。


『ごめんね蓮ちゃん』


 久し振りにこの部屋に来たから、とうとう幻覚が見えたんだ。

 リアルだな幻覚って。


 確か省庁指定の精神科医とか居たよな、緊急で受け付けてくれるかな。


「幻覚なら俺の聞きたい言葉が分かるよな?」

『ごめんね蓮ちゃん、大きくなったね』


「ちょっと違う、そこは好きって言ってくれないと」

『好きだけど、怒ってる?』


「うん、凄く。どうして会いに来てくれなかったんだ?」

『私、神性の魔法使いになっちゃったから、願い事が叶わないと前には戻れないから。それで、迷惑を掛けるかな、と思って』


「どんな」

『言えない、言えない事が多くて、イライラさせたり悲しませるかなって』


「だよな、かもなとは思ってた」

『戻れないワケじゃないから大丈夫』


「そっか」

『それでね、お願いが有って来たんだけど、良い?』


「なに」

『コレ、2つ、観てくれない?』


「あぁ、もしかして本物なのか?」

『本当に幻覚だと思ってるの?』


「凄い、リアルな幻覚だな、と」

『触れるのに?』


「それは俺が触りたいからで、幻覚が俺の願望を叶えてるのかな、と」

『蓮ちゃんも男の子なんだね?』


「おう」

『あの、今はお話を良い?』


「コレを観れば良いのか?」

『うん、じゃあ、私も後で観るから』


「ココで良いだろ」

『蓮ちゃんの邪魔になるでしょ?』


「いや、ずっとココに居て欲しい」


『どうして大学に行かなかったの?』

「会いたくて、何とかしたくて」


『大丈夫、蓮ちゃんの好きな様に生きて良いんだよ』


「好きだ、ずっと一緒に居たい」

『5年も経ってるのに?』


「変わらない、寧ろ昔より好きになってる」

『えへへ、嬉しいな、私も』


「けど、流石にその年の姿はな」

『だよね、蓮ちゃんが犯罪者になっちゃうものね』


「だから願いをさっさと叶えて戻って来て欲しい」

『うん、けど待たないでね、蓮ちゃんの赤ちゃんが見たいから』


「向日葵」

『やっぱりもう行くね、ありがとう、じゃあね』


 窓から出て行って、また静かになって。

 残り香も消えてて。


 やっぱり幻覚だったんじゃないだろうか。


 よし、電話しよう。




 3番目の魔女、黒薔薇姫、その魔女の知り合いが緊急だからと僕の所に電話をして来た。

 そして、そのまま面談をする事に。


「幻覚を見ました」

《成程》


「黒薔薇姫が前の姿で俺に会いに来たんです、それで、何か観ろって」

《タイトルを覚えているなら、検索してみては?》


「あぁ、はい」


 いきなり答えをくれないのが結び目の魔法使い。

 年々、回りくどさが増している気もする。


《それで?》


「本当に有りますけど、だからって、現実かどうかは」

《どう消えましたか?》


「2階の俺の部屋から」

《何処へ?》


「窓の外で下へと消えてからは見てません、幻覚が消えるなら受け入れるべきかな、と放置してましたんで」


《もし、本人だったら?》

「だったら、素直に観れば良かったなと」


《本当は、どうしたかった?》

「引き留めたかった、抱き締めてキスしたかった」


《ずっと好きだった?》

「好きで、結婚するつもりで、だから勉強も頑張って、なのに」


《5年前、神性の魔法使いになった》

「はい」


 静かに、ぽろぽろと涙を流す彼は、結び目の魔法使いに関連する職場においては職業適性上位者。


 正直で真面目、頭の回転も悪く無い、そして強い信念が有る。

 彼の願いは黒薔薇姫を元に戻す事、そして結婚する事。


 純真無垢な黒薔薇姫の王子様。


《願いは何だと思う?》

「最初は、俺の願いが叶う事。けど、なら、戻って来た事で終わってる筈なんで。もう、さっぱり分かりません」


《そっか、幻覚かも知れないし、幻覚じゃ無いかも知れない。取り敢えずは両方の可能性を保持したまま、色々考えてみると良いよ》

「はい、それであの、省庁には」


《そのまま報告してくれたら良いよ、そのまま勤務になると思うから、頑張ってね》

「あ、はい。失礼します」


 世界を革命するかも知れない、運命を乗り換えられるかも知れない子供達。


 彼女達を育てたのは、半分は結び目の魔法使い。

 その結び目の魔法使いの願いを、実は僕らは知っている。


 メビウスリングの完成。

 2番目の魔法使いから教えて貰った事。


 叶い難い願い程、誰にでも話せてしまう。

 そして反対に、叶い易い内容は第三がヒントになる様な事すらも話せない。


 僕は、元神性の魔法使い。


「ウブウブやんねぇ」

《またプライバシーの侵害を》


「どうせ言えへんし、関われへんし、ええやん。外に出られへん対価や」

《分かってくれませんかね、今は純潔の子供しか神々ですらも手を出せないんですから》


「どうして信用してくれへんの?」

《寧ろ神性を信用していないんです》


「ならすればええやん」

《もう少し育って頂かないと、僕が捕まりますし、傷付けたく無いんですよ》


「ですよね、もう少し堪忍ね」

《アナタも、もう少しだけ我慢して下さいね》


「おう、だっこ」


 愛する者を再びこの手に。

 その願いを女神に受け取って貰い、僕は神性の魔法使いになった。


 ありとあらゆる魔法を調べ、医学へと到達し、挫折した。

 そうして百年程経ったある日、結び目の魔法使いがやって来た。


 魔道具が置いてある家を僕に譲る、と言って、後は何も言わずに去って行った。


 それが今で言う顕微鏡だった。

 当時、病気の原因は主に呪いだとされていた、けれども細菌が悪さをする事だと分かった。


 何かを発見する度、結び目の魔法使いに名を尋ねた。

 ペニシリン、天然痘、そして遺伝子。


 また会える。

 そう思ってからが長かった。


 設備を整え、材料を用意し、培養する。


 そうして魂を器に入れる。

 でなければ同じ遺伝子を持った単なる他人が出来上がるだけ。


 失敗したら、どうしたら良いのか。

 そう躊躇ってしまった。


 他人だからと殺せない、けれど試さなければ始まらない。


 そう躊躇っている時、神性の魔法使いがやって来た。

 結び目の魔法使いにココへ来る様にと言われた、自分の相手も作ってくれるなら成功する方法を教える、と。


 藁にも縋る思いで彼の相手を作り上げた。

 そうして実際に成功を目の前にし、方法を知った。


 ただ名を呼ぶだけ。

 彼は愛する者を抱き抱えると、幼い子供に戻った。


 抱く相手は自分を人間にしてくれた人間なのだ、と教えてくれたが、問題が発生した。

 当然の様に戸籍が無い。

 けれども当時の僕には伝手が有った、捨て子を保護したと行政に連絡し、彼らを保護して貰った。


 そうして奇しくも実験に成功し、僕は確信した、コレは必ず成功する。

 あの結び目の魔法使いは全てを知って、敢えて小出しにしているに過ぎない、その確信を得た。


 僕に理解させる為、敢えて遠回りに、世界と人間の為になる道筋を教えてくれた。


 その恩返しの前に、先ず僕は人間の伝手を使い、結び目の魔法使いに協力する事を人間側に申し出た。

 人になれば魔法使いの制約から外れ、結び目の魔法使いの願いを伝えられる。


 けれども既に大勢の人間が組織の内部に居た事を恥じた。

 そして少しだけ待って貰い、愛する者を育てる期間を貰った。


 なのに、核心を突く言葉を言われ、幼いこの人を愛する者だと認識してしまった。

 相手が成長しきる前に、僕は人間に戻ってしまった。


 魔法使いにも感情が有る。

 だからこそ願いが発動し、魔法が使える。

 願いの強さと願いが見合わなければ、今はもう、精霊ですら加護を与えられない制約にまで堕ちている。


《考え事をして我慢してるんですから、いい加減に退いてくれませんか?》

「退かせたらええやろ」


《夕飯の準備をしましょうね》

「仕方無い、今日はエビフライやもんね」




 最初は以外に思ったけれど、政府は多くの情報を発信していた。


 魔法使いは万能じゃ無い、そして神性の魔法使いも、結び目の魔法使いも。

 そして神様達も、魔法も。


 けど民間では大きく勘違いしたまま、それは俺も。


「向日葵」

『また来ちゃった、ごめんね』


 前のは幻覚じゃ無かったらしい。

 向日葵が言っていた映像を観終わってから1週間後、向日葵は普通に俺の住む寮の前で待っていた。


「ココをどう知ったんだ?」

『蓮ちゃんのお母さんに教えて貰ったんだ』


「あぁ、会ったんだ」

『うん、感想を聞きたくて』


「あぁ、抽象表現の嵐で、輪るメビウスリングは2周してやっと分かった」


『ふふふ、私は1回だもん』

「アレは向日葵に合いそうだもんな」


『どうだった?』

「愛は世界も人も救う」


『だよね』

「俺と何でも分け合おう」


『うん』

「俺に何が出来る?」


『ごめんね、もう少ししたら終わると思うんだけど』

「待ってる、けど出来るだけ早くが良い」


『うん、ありがとう、じゃあね』


 向日葵が俺にしてくれた様に、向日葵がしたい事を邪魔しない。

 例え世界がどうなっても、俺は向日葵と居ると決めてるから。




「やぁ、どうぞ」

『お邪魔します』


「今日もオススメかな?」

『前のでお願いします』


「うん、エルダーフラワーだね。それで、どんな結論が出たんだろう」


『メビウスの輪をクローバーにしようと思います』

「うん、ウロボロスの輪は不毛だからね」


『けど、こんな簡単な事で良いのかなって、思っちゃって』

「簡単な問題だから簡単に解ける、そう思えるのは既に見本や答えを知ってるから、もっと難しい問題をこなしてきたから。初めて見聞きする問題の解決には時間が掛る、見本も何も無いと、答えを出すのにはどうしても時間が掛る」


『けど、そこに気付く人って』

「意外と少ない、出来の悪い見本でも無いよりはマシ。0から作るって良く言うけど、もう私達は既に0を超えた1の上に成り立ってる。そして1から作るって事にしても、意外と人其々の基準で言ってる時が少なくない、なのに同じ1の基準だと思ってしまう。そう、勘違いは良く起こる」


『もしかしたら、蓮ちゃんも』

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。相手が生きてるウチに聞いた方が良いと思うよ」


『けど』

「失敗しても良いんだよ、もし何か有れば私が何とかする、迷惑なんかじゃないから大丈夫」


『お礼を前払いする気持ち、今分かりました』

「お礼は君達が幸せに暮らす事、良く話し合い、齟齬と言う名の摩擦係数を如何に減らすか。それは誰に対しても行う事、だから関わる人間が少なくたって良い、接地面は人其々なんだから」


『じゃあ見本を見せて下さい、大人の見本と答え』


「しょうがないな、面と向かって願われると断れないんだ、お人好しだからね」

『ですよね、ふふふ』


「私を分かってくれる良い子には飴をあげようね、はい、どうぞ」

『わぁ、可愛い金平糖』


「結婚祝いも兼ねてるから、それまでの我慢だよ」

『はい?』


「ふふふふ、1回1粒まで。成功を祈ってるよ」

『はい、ありがとうございます』


「うん、さようなら、黒薔薇姫」




『何でも叶う、何者にでも成れる世界に生まれてしまった者達に告ぐ!けど、だからって1人より2人でしょう!』


 向日葵が誰も居ない国会を占拠した。

 見学だと言って侵入し、ペンギン姫の格好をした仲間達を呼び出しカメラを起動させ、怒った。


《そうだそうだ!》

《人は1人では生きられないんだ!》

《1人で生きても良いけど!協力する事を否定するな!》


『どっちかが偉いワケじゃない!誰にも迷惑を掛けなかったら、1人で生きても複数で生きても、それだけで偉いの!』


《そうだそうだ!》

《迷惑を掛けないで生きてて偉い!》

《けど少し迷惑を掛けても生きてて偉い!》


『絶対に、死ぬまで迷惑を掛けないのは無理!だってお父さんにもお母さんにもお祖母ちゃんにもオムツ変えて貰ったもん!けど、大人だからって頼る事を怖がったら、生きる事も死ぬ事も出来なくならない?』


《そうそう》

《そもそも迷惑って何だ?》

《班長!迷惑の定義は何ですか!》


『犯罪』



『それと、迷惑かもって思う事とか、そう言われた事は控えた方が良いと思う』


《けどけど》

《それって凄く人其々?》

《みたいな?》


『だから聞きたい、誰の協力も迷惑ですか?少し手伝って貰う事って悪ですか?何もかも全てを1人だけで完成させる事だけが1番ですか?』


 誰かじゃなく、向日葵は俺に言ってる。

 最初から、ずっと、俺の為に。


「向日葵」


『人に協力して貰う事も、魔法使いに協力して貰う事も、精霊さんや神様に協力して貰う事も。同じ事なのに、何も悪い事じゃないのに!どうしてそんなに意固地なの!』

「向日葵」


『どうしてそんなに1人だけで生きたいの?』

「違う、向日葵と生きたい」


『けど、だって』

「ごめんな、俺は自分だけで、自分1人だけの力で向日葵と幸せになたいって思ってた。1人だけの力で何かを成すのが1番偉い、大人はそうなんだって勝手に思ってた。けど俺が間違ってた、母さんも父さんも協力してくれたから出来た事は沢山有るのに、1人で生きられるのが大人だから、だから自分1人だけで頑張れば良いと思ってた。けど間違ってた、2人で幸せになるんだから、2人で努力しないとな。協力してくれないか?向日葵」


『本当に良いの?無理してない?』

「してない、協力し合いたい、2人で幸せになりたい」


『ごめんね蓮ちゃん、こんな事になって』

「俺の願いの為だよな。なのに、今まで俺に協力しないでいてくれて、ありがとう」


『うん、けど、やっぱりただ見守るのは辛くて、ごめんね』

「ごめんな、意固地だった、馬鹿だった。全部1人だけの力で何とかしようと思ってた、1人だけで生きるなんて無理なのに、ごめん」


『もしかして、皆も勘違いしてるかもなんだけど』

「だな、けどそれは人間にも簡単に解ける誤解だろ?だからお願いしても良いかな、向日葵。元に戻って一緒に生きて欲しい、ずっと、最後まで」


『うん!』




 黒薔薇姫と王子様のやり取りは、、全世界へと発信された。


 どんなに言葉を尽くしても、どんなに情報を広めても。

 誤解、齟齬、認識違い、勘違い。

 それらはどうしても起きてしまう。


 けれど、コレは敢えてだったのかも知れないし、意図しない誤解だったのかも知れない。


 だからなのか、世界は少しずつ愚かさを認識し、再び変革への歩みを進み始めた。


「あ、アレ、めっちゃ幸せそうやんけ」

《ですね》


 2人の顔も声も、個人的に知らない相手には今でも認識は不可能なまま。

 誰かに追い掛け回される事も、カメラを向けられる事も無い。


「あの2人の認識阻害の魔法、誰が掛けたんやろね」

《神性が再び大人の願いを聞ける様になったので、2人を思う誰かの願いが、叶ったのかも知れませんね》


 結び目の魔法使いは、相変わらずそのまま。

 けれども2番目の魔法使いが会いに来る様になった。


 2人の魔法が叶う日も、近いのかも知れない。


「知り合いん中で、実はウチらの結実の日が最後になったりして」

《彼女はもう2年もすれば結婚出来る年齢ですし、アナタはまだまだですしね》


「婚約してたらオッケーに、法律変えへん?」

《我慢の年数だけ愛が濃縮されるんですよ、ご理解下さい》


「濃度が純度に直結するんやもんね、不思議やね、愛って」

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