セント・リトルエンジェル島の罪。

 魔法が有り、神も居た世界から、突如として異世界へと転移させられた僕は、元居た世界と同様に公的機関へと助けを求めた。


 僕の居た世界には、異世界からの転移者や転生者は居たけれど、ココにはそんな人間も居なさそう。

 年代も月日も全く同じなのに、テクノロジーは少し遅れてるみたいだし、道徳観念も遅れてるらしい。


『身分証を無くしただけならだけだって言って良いんだよ、在留カードも、家出なら家出でさ』

「違うんです、本当にココが何処かとか分からないんです」


『はぁ、じゃあ取り敢えずは病院に案内するけど、いつでも正直に話してくれて良いからね』


 その後に聞こえた舌打ちと、面倒臭い事になったな、と言う小言は今でも忘れられない。

 転生者様の言う通り、クソみたいな世界だ。


 そして病院でも、今度は詐病を疑われ、成人しているなら病棟送りの方が早いなと、刑事と医師が相談しているのが聞こえた。

 このままでは精神科病棟で一生を過ごすかも知れないと危惧した僕は、未成年だと偽り、名前と誕生日以外、全てを忘れた事にした。


 けれど、児童相談所も向こうよりも劣悪な環境で、身分証を受け取って直ぐに逃げ出し、夜の街へ逃げ込む事にした。

 他の子供が金を得る方法として話していた場所へ、もう、行くしか無かった。

 お金さえ有れば、どうにか暮らせる筈。


 けれど男娼が安全に雇われている場所等は無く、何とか飛び込みで入ったバーで住み込みの下働きをさせて貰える事になった。

 けれど、部屋に鍵は掛からず、貯めた金を安全に保管するのも難しく。

 こんなにも魔法と魔導具に頼りたいと思う日は無かった、せめてストレージバッグが使えれば。


 そう願いながら眠った日、夢を見た。

 軽薄そうな微笑みを称える神様と映画館で転移者様の公務を眺める、そして僕は神様に感想を聞かれ、思わず。


「こんなクソみたいな世界、そりゃ捨てますよ。安心安全さが違いますし、何もかもが下位互換だし」

『こんな?あれ?君は何処なの?』


「多分、0です。罰だと思います、魔法も魔道具も神様も否定したから、罰なんだと思います」

『そっかそっか、でも今は?』


「必要です、特に魔道具、せめてストレージが有れば、お金を安全に保管出来る」

『じゃあ、君だけにバッグを使える様にしてあげる。俺の信奉者になったらね』


「なります!お願いします!助けて下さい!」

『しょうがないニャア、俺はニャルラ。ニャル様と呼ぶんだよ、それからねぇ……』




 目覚ましの音で聞き取れなかった、何か、捧げるのは、とか言ってたけど。


《朝食、いる?》

「あ、おはようございます、はい、食べます」


《うん、じゃあ用意しておくから5分後で》

「はい、ありがとうございます」


 調理場で同じく住み込みをしてるケイさんは、怖い顔だけれど優しい、けれどノックをしないから好きじゃ無い。

 部屋は勿論、洗面所でも何度か無断でドアを開けられたし、トイレもガチャガチャされたりするし。

 でも、こう言う場所で働く以上はもう諦めている。

 覚悟して来た割には、まだ僕は体を売る事も無く済んでいるのは奇跡だと思うから。


《自分で盛って》

「はい、ありがとうございます」


 こうして言葉を聞き取り話せる事だけが、唯一の恩恵。

 けれどココで言う日本語と英語だけ、しかも身元も不安定で学歴も無い僕は、全く生かせない。

 無いよりはマシだけれど、もっと何かが欲しかった。

 ココへ来てずっと、ココは地獄なのだと思っている。


 けど、コレは既に存在している神も何もかもを否定した罰。

 しかも、僕は恵まれていて不満は大したモノじゃ無かったのに、八つ当たりで否定していた。

 ハーレムも、転移者様も、特別な事が許せなかっただけ。

 上手く行かない事を全て特別な何かへ敵意として向けただけ、本当は凄く憧れていた事に気付いたのは、転移後だった。


《不味いなら残して良い、俺が食うし》

「あ、違うんです、すみません、美味しいです」


 クズ野菜とベーコンの端のスープ、それとオデンの残りを使ったカレーピラフ。

 ココで言う西洋人の見た目の僕へ配慮してくれて、こうした食事を提供してくれる所は好きだ。

 納豆はまだダメだし、味噌汁にはどうしても抵抗感が有って、最初はお腹が空いているのに躊躇ってしまって、ココに関しては凄く優しさを感じる。


《ご馳走様でした》

「ごちそうさまでした、洗い物は僕ですよね」


《あぁ、任せた》

「はい」


 そして致命的なのが、日本語が一切読めない事。

 最初はアメリカに飛ばして欲しかったと思ったけれど、その方が危なかったんだと思ったのは、本当に暴動やテロが連日起きているんだと、テレビで知った日だった。

 そして常連客が褒めている事で確信を得た、最もマシかも知れない、と。


 トラックいっぱいの移民の死体、学校での銃乱射事件、強盗、違法薬物にレイプ。

 男でも女でも被害に遭い、しかも数が多いから検挙数もそう上がらない。

 この国でさえ、祭りの最中に2桁の死亡事故が起き、少し隣では3桁もの死者が。


 ココは繁華街、いつこうなってもおかしくは無いけれど、マシ。

 警察も医者も何もかもクズだったけど、他はレベルが違い過ぎる、警官が連続強姦殺人をしてたなんてココではまだ起きて無いから。

 けど、一般人の狂気は凄い。

 自殺幇助なのか未だに不明なままの連続殺人も有るし、自殺者に行方不明者も少なくない。

 もしかしたら、組織的なのかも知れないとか、陰謀論が出る様な事件も有るし。


《おい、また聞いてるのか、そんな動画》

「あ、はい。本当に何も知らないので、今を知るには事件が1番かと」


《そう、ココを怖がって欲しく無いんだけど》

「かなりマシな方だとは思ってますよ、僕が偶々嫌な人間に当たっただけかも知れないとも、思ってます」


《なら良いんだけど》

「大丈夫ですよ、ケイさんも店長も良い人なんだろうなとは思うので」


《あぁ、けど程々にな、そう信頼が築けてるワケじゃないから、書類に何か書く時は俺を呼べよ、絶対に》

「はい、ありがとうございます」


 店長さんは慣れてるのか直ぐに僕を受け入れてくれて、ニコニコして、警戒しなきゃいけない要素が今の所は無いのに。


『おはよう、良い匂いじゃん』

「おはようございます」

《おはようございます、買い出しメモです》


 こうしてメモを確認して、足りなければ店長さんが追記して、僕らが買い出しへ行く。

 そして帰って来たら僕は掃除へ、慧さんは下拵え、店長さんはボーイの出勤確認。

 良く急に辞めてしまったり、寝坊してしまうから、店長さんが片っ端からモーニングコールをして起こす。

 電話に出なかったりメールが来ないと欠勤予定にして、ネットに予定表を出す。


 男性同士、客とスタッフが自由恋愛も出来るお店。

 カウンター越しにお酒を飲んで、気に入ればデートは勿論、ホテルへ行くし、本当にお付き合いもする。

 けど、その分揉め事も多いから、マフィアの人に偶に助けられてる。

 彼らは向こうでの話で聞くよりも控え目で、一般の人とは見分けがそうそう付かない、何なら慧さんの方がガタイも良いし怖い顔してる。


『うん、掃除おっけー、今日は看板出さなくて良いよ、大口が来るから君ももう上がって良いからね』

「いえ、買い出しとか有るかもなので、僕は上で待機してます」


『遊べば良いのに真面目だねぇ』


 1年後にどうしているかも想像出来ないのに、何をどう遊べと言うんだろうか。


「どう遊べば良いか、分からないので」


『マジなんだ、記憶とか知識無いの』

「部分的に、ですけど、はい。それに、将来が不安なのに遊ぶも何も無いかと」


『まぁ、でも息抜きは必要だと思うよ。あ、お金を増やせるかもよ、ココ』


 渡されたのはポケットティッシュ、その裏面には広告が。


《店長、彼は未成年ですから、最悪は俺らが怒られる》

『髪を上げれば良いんだよ、ほら』

「あの、身分証を呈示したら、戻されるかもなので」


『マジで逃げ出した子なんだ』

《まぁ、施設によっては大人も子供もヤバいのが居るんで》


 その通り、僕の居た施設は両方が居た。

 けど、そのお陰でココへ来れた事にもなるし、被害は無かったし。


「両方でしたけど、ココに来られる知識はくれたので、そこは感謝はしてます」


『あぁ、ごめんね、うん』

《余計な事はしない方が良いですよ、ドリルでもしとけば良いよ、ひらがな表記は多いから》

「はい、ありがとうございます」


 読めもしないし書けもしない。

 本当に遊ぶヒマなんか無い、けど、遊べる人が羨ましいとも思わない。

 寧ろ今はヒモとか愛人とか、何なら偽装結婚とかに憧れてる。

 庇護者が欲しい、信頼出来る守ってくれる人が欲しい。




【ごめーん、調理場の手伝いお願い】

「はい」


 呼び出しは街が最も盛り上がる頃に来た。

 そうして慧さんが買い出しへ、僕は調子場で皿洗いやドリンクを作ってカウンターへ出す。


 煙い。

 向こうなら殆どの人が吸わないタバコ。

 ココでは殆どの人が吸っている、しかも電子のも、中には違法薬物入りも有るらしい。


《ただいま帰りました、交代する》

「洗い物を済ませたら上がりますね」


 コレ位はサービス。

 ドリルを買って来てくれたお礼。


 そして洗い物を済ませて、タイムカードに鉛筆で書き、自分でもメモを残す。

 コレも慧さんが教えてくれた方法、最低でも貰える金額を自分でも分かる様に残しておく。

 性善説が否定されてるのに、性善説を肯定する歪な世界。

 寧ろ、この世界に居たのに転移者様はまともに動いてくれたと思う、本当に。


《夕飯》

「あ、ありがとうございます」


 本当に、ノックをしない。


 夕飯と言う名の2食目は、店への出前の残り。

 盛り付け直して出す時に小さい皿で提供して、お客さんが食べ切ったらもう1つの皿を出す。

 賄いにもなるから店の子もコレは黙認してるし、お客さんからの苦情も無し、だってテーブルが小さいし、食い意地が張ってるとダサいのはココの常識だし、サンドイッチなんかはパサパサして不味くなるからサービスだとすら思われてる。

 店長の案らしい、狡賢い。


《夜食は多分、麵類だが》

「もうどれでも大丈夫だからお任せしますよ」


《分かった》


 こうして夕食を終えて、少し落ち着いた頃、今度は店長が煩くなる。

 ココまで来て吐きに来るからだ、なまじイケメンだから妬み半分で大量に飲まされる時が有る。

 そんな時は裏で慧さんが電話を入れ、店長は2階まで行って一気に吐く。

 そうして何事も無かった顔をして、また下の店舗へ。


 店の子が協力してくれないのか尋ねた事が有ったけれど、スパイが居るかも知れないから迂闊に頼めないらしい。

 吐き出してダサい。

 それも店の評判に関わるからと、こうして頑張っていて。

 そう店長さんを心配する必要は無さそうなのに、どうして慧さんが心配するのかが分からない。




 そして店じまいは殆ど明け方。


「お疲れ様です」

『お疲れー、吐いてくるわ』

《おう》


 下痢でもしてるんじゃないかって位に、水様便が出てる様な音がして。

 凄くスッキリした顔になってから、夜食と言う名の夕飯を食べる。

 今日はうどん、柔らかくて白くて太い麺を、温かいスープで食べる。


『ごめんね、こう言う時って素うどんしか食えないんだ』

「大丈夫ですよ、美味しいです」

《お前のと違ってコッチは具入りだしな》


『ありがとうね、美味しい?』

「はい、美味しいですよ」

《真面目に答えるな、どうせ酔ってるんだから》


『あぁ、ごめんね、こう言う時って素うどんしか食えなくて』

《それも2度目だ、さっさと良く噛んで食え》

「美味しいですよ」


 どうしたって悪い人には見えないけど、見えないからって悪い人じゃない。

 ココには凄い事件は殆ど無いって思ったけど、それは他と比べて。

 ココにはココで凄い事件が有る、けどそれは今度、纏めて書いておこうと思う。


 こうして日記を書く事で、僕は僕の存在証明をする。

 もし誰かが助けてくれるかも知れない時、コレを鏡に映して読んで貰えば良いだけ。

 唯一の僕の特技、鏡文字。


《おい、もう寝ろ》

『またそうやって、レオちゃん、おやすみ』

「はい、おやすみなさい」


 そうしてバッグを開くと、ストレージが使える様になっていた。

 ニャル様にお礼を言って、僕はやっと安心して眠る事が出来た。




 そうして数週間が過ぎ、ひらがなを覚えた頃、新しい仕事を頼まれる事になった。


『数学はどう?帳簿の計算とか』

《店長》

「それは多分、見本とかどう計算したら良いかが分かれば、大丈夫だとは思いますけど」


《店長》

『良いじゃん、お金欲しいでしょ?』

「はい」


《店長》

『先ずはココの帳簿だけなら良いでしょ、雑費とかの分類は君が付き添えば良いんだし』


《まぁ》

『じゃあお願いね』


 僕は動画で色々な事を覚えた、だから最初は裏帳簿を手伝わされるのかと思ったけど、本当にただの帳簿付けだった。

 そして裏社会では余計な事を聞かない、尋ねない方が長生き出来る、危なくなったら逃げるべきだとも学んだ。

 だから僕は何も聞かない様にして、尋ねない、知るべき事は慧さんが教えてくれるから。

 けどどうしても知りたかったら、スマホで検索したら解説動画とか出るし、今はもう知識を溜める時期だと帰還方法を探す事は諦めた。


 だって、トラックに轢かれるか、転移者様の転移に巻き込まれるか、死ぬか。

 もう、それしか無いから、ココで生きるしか無いと諦めた。

 学歴も諦めた、成人しても大学にはお金が掛るから。


 今の目標は。


《数字は強いんだな》

「はい、後は英文だけですね」


《ならもう少し》

「学歴も、本当に戸籍も無かったし、外国人だし。無理ですよ、就職なんて絶対」


《コンビニでも》

「お金が家賃で吹き飛びますし、まだ漢字読めないんですよ?だから今は愛人かヒモか偽装結婚か、本当に愛してくれる人との結婚だけが望みなんです。このままココで暮らさせて下さい、ココは凄く良い環境です、僕にとっては」


《だがココだと、そうマトモなのとは結婚は難しいぞ》

「ですよね、分かってます。同性愛は別に良いんですけど、荒れた恋愛事情は聞いてますし、どれもどれだなと思って諦めてます。こうやってもう少ししたら、どんどん諦められて」

『レオちゃーん、お仕事の紹介だよー』


 そう何もかもを諦めようとした時、店長さんが僕なんかでも出来る仕事を紹介してくれた。

 ココの人達は外国人ってだけで3割増にイケメンだと思ってくれるので、平凡な僕でもそれなりにチヤホヤして貰えて、お店ではボーイじゃないのにお小遣いを貰う事も増えた。

 この世界に生きても良いよと言われた気がして、凄く嬉しくなった。

 けど。


《店長、コイツの契約書は》

『慧ちゃんが確認してあげれば良いし、英字でも用意してくれてるんだよ、ほら』


 英字の方はマトモだけど。


《あぁ、大手のクライスか》

『そうそう、ただ何が出来るか見て貰ってから正式な契約になるから、コレはオーディションへの応募と仮契約書類。字が読めないって人も映画に出たりしてる時代だけど、長く続けてくれる子が欲しいんだって。君は犯罪に関わったり、後ろ暗い過去は無いって言い張ってるし、じゃあどうかなって』

「後ろ暗い過去は無いです、本当に、噓発見器にでも何でも掛って大丈夫です」


《まぁ、そもそも受かるか》

『大丈夫だよ、常連さんから話が行って、俺が事務所の偉い人とマネージャーと会って来たんだもの。どう?頑張ってみない?』

「はい!頑張ります!」


 そうしてその日のウチに旅行カバンや服を買って貰い、店長さんにクルーザーまで車で送って貰った。

 テレビや動画で見る様な可愛いらしい人から、僕の様な素人丸出しの人まで様々な人が乗っていて、時間になると船は出航した。


 そうしてクライスの和田会長の挨拶が有って、ヴァルハラって言うイベント会社の工藤社長、サイドキックって言う音楽事務所の斉藤社長が挨拶をして、素人の子達が凄くテンションが高くなってて、知らなさ過ぎて申し訳無いなと思った。




 孤島に着いて先ずは健康診断を受けた、血液を何本も取って、この前病気が流行ったからと下半身まで診察されて。

 それからミニキッチンの付いた個室を与えられて。

 最初の1週間は良かった。

 食事もマトモなモノが出たし、ネットも使えた。


 けど次には合宿だと言って、料理も洗濯も全て自分達でと言う事になり。

 慣れない僕らは連帯感を高める為なのだろうと、料理をして洗濯をして芸能界のノウハウを動画で勉強して。

 次の週からはダンスレッスンが始まった。


 次の週では絵映えが大事だからと、ダイエットの為に完全に炭水化物がカットされる事になり。

 次の週には全体の体重の下がりが悪いから、と糖分も完全にカットされた。


 少し行った町で飴を買おうにも、島民からはシュガーレスしか買わせて貰えず、パンなんかは怒られるからと買わせて貰えない状況だった。


 そうして次の週にはもう、倒れた子が出てしまった。

 島の診療所に運ばれたらしく、その子は健康上の理由で戻って来る事は無く、次の日には個別の健康診断が行われた。


 ご褒美にと、内緒で貰えた苦くて甘い赤いラムネを舌の裏に隠し、部屋で味わっていると夢を見た。


 ニャル様が僕の頬を突き、ニコニコしている夢。


『捧げるのはねぇ、君の悪夢と性行為』


 そう言われた瞬間に激しい吐き気と頭痛で目覚め、トイレへ駆け込んだ。

 胃液しか出ないし、頭が割れる様に痛いし。

 うたた寝をして風邪を引いたのかも知れない、そう思って時計を見ると30分も寝て無かった。


 ラムネだ、アレは、ラムネじゃない。


 そう思って吐き出そうにも頭が痛くて動けない。

 しかも僕は常備薬なんて持って、いや、慧さんが古いからって余ってた痛み止めをくれたんだった。

 けど、吐かないと。

 そうだ、吐いてから飲もう。


 備え付けのミニキッチンで飲んでは吐いて、飲んでは吐いて。

 そんな苦行みたいな事をしたからか、薬の効果が反転したからか、頭の痛みが徐々に消えてフワフワとした感覚になって来た。


 薄めなきゃ、水で薄めなきゃ。


 必死で飲んだ。

 ココは砂漠で暑いから、飲まないと死んでしまうから。

 そう思いお腹が膨れるまで飲んで、床に座り込んだ。


 疲れた、寒い。


 何とかベッドへ入り、横になった。


 ココは、本当に養成所なんだろうか。


 あぁ、ただの悪夢だったら良いのに。




 それから何時間経っただろうか、ノックも無しに部屋の鍵を開けて人が入って来る音がした。

 また、慧さんが勝手に入って来たのかな。


『レオちゃん、大丈夫かな』

「あぁ、店長さん」


『そうそう、君の店長さんだよ。可愛いねレオちゃん』


 前までは僕には気が無さそうだったのに、服を脱がせながらキスをしてきて。

 まだ何も準備が出来て無い僕の中に、焦った様に入って来て。


「いつでも、言ってくれたら準備したのに」

『そっか、君は同性愛者なのかな?』


「いえ別に、ですけど店長さんには恩が有るので、僕で良ければいつでもどうぞ、僕はクリーンなので」

『そっか、ありがとうレオちゃん』


 店長さんって思ったより下手なんだなと思いながらも、まるで夢みたいな時間が過ぎて、また部屋が暗くなって。


《おい、起きてるか》

「慧さん、寝てました。またノックも無しに入って」


《したんだろ、店長と》

「ゴムはちゃんとしてたと思いますよ、そんな感じの感触がしたし」


《じゃあ次は俺だからな》

「良いですけど、準備が」


《この調子なら大丈夫だろ》

「ならどうぞ」


 凄く眠くて、慧さんも凄く下手で。

 あぁ、初めてだと良い感じになれないって皆が言ってたなと思い出して。

 また部屋が暗くなって、明るくなって。


 お店の子も来たり、お客さんの女の人が来たり。

 今日は凄くモテてるなと思った。




 痛くて目が覚めた。

 お尻も痛いし、頭も痛いし、全身が痛いしお腹は減ってるし。


 起き上がると全裸で、見た事も無い部屋で。

 腕には痣が。


『おはよう、レオちゃん』


 店長さんの様な呼び方をしたのは、和田会長だった。


《何か覚えてるか》


 そして慧さんみたいに低い声の人は、工藤社長。


「あー、覚えてそうだな、吐いてたし」


 店の子だと思っていた軽い声は斉藤社長で。

 全部、僕が勝手に勘違いしてただけだと瞬時に理解させられた。

 皆、全裸で、縛られたままの子も居る。

 僕より遥かに若くて、幼い子まで。


『レオちゃん英語も書けるし、頭が良いから分かるよね、この状況』

《あぁ、皆の前で泣かない方が良いよ》


 泣くも何も、何を泣けば良い?

 この状況が全く分からないのに。


「あの、これは」

「お前、昨日20人以上にヤられたんだよ」


「それは何となくは分かりますけど」


『ようこそレオちゃん、罪の島、乱交島セント・リトルエンジェル島へ、良く来てくれたね。仲良くしようね』


 僕は、店長さんや慧さんに売られたんだろうか。




 それからは島の医者だと言う人が来て、塗り薬と痛み止めを貰って、部屋に帰って。

 お風呂に入って薬を塗って、食事のベルが鳴って、食堂に行くと様々な食事が並んでた。

 けど、食べに来てる子は少なくて、しかも食事を目の前にして和田会長の説明を聞かされる事になった。


《じゃあ、宜しくお願いします》

『君達は共有物、連帯感を高める為の共有物なんだよね。それがもし嫌なら、新しく誰かを献上すれば犠牲にならなくて済む。そうやって言う事を聞いてれば、美味しいご飯も食べさせてあげる』

「空腹は最高のスパイス、今日は旨いモノを平等に食わせてやるけど、協力する気が無いならココから追い出す。が、チクったらこの動画をバラ撒く、良いな」


 モザイクも何も無い、悦んだ様な表情で暴行を受け入れる僕らの映像が流れた。

 あぁ、あの健康診断は下準備用だったんだと気付かされて、頭が回る人達だなと思わず関心してしまった。


 少なくとも言う事を聞いてれば殺され無さそうだし、衣食住が有るならもう、別に。


「あの、献上して、体も明け渡したら何か特典とか有るんでしょうか」


 大笑いされて、それから良い度胸だから特典をやろうと言って貰えて。


『皆も見倣った方が良いよ、逆らうと紋々を背負ってる人達に殺されるかもだよ』

《だからそっと消える程度は許してやるし、あの薬も使い放題だ》

「最初のはアドレノクロム、ミニエンジェルにスーパーフリーダム、ホースティア、アンティドール、プロスフォーラも有るよ」


 既に薬物中毒だったのも混ざってたのか、ふらふらと近寄って交渉したり、僕を見て食事を始めたり。

 昨日までは全員が普通に見えてたのに、今日はもう全員が異常に見える。


 そうして今日から、自分を売り尽くして、寄生して、苦しまない様に死ぬ事だけが僕の目標になった。

 こんなクソみたいな世界に、もう恩をなんて感じない。




 けど、薬物だけは怖かった。

 だからお客さんや店の子達から勝手に聞かされた下準備を入念にして、和田会長の部屋へと向かった。


『薬を使おうか』

「いえ、痛み止めを使ったので止めときますね」


『あぁ、じゃあそのままで良いなら良いよ』


 こんなクソな知識でも、僕の身を守るには必要だった。

 例え売られたんだとしても、この知識をくれたお客さんとお店の子には感謝したい。


 そうしないと、きっともっと僕は堕ちる。


 けど、直ぐに後悔した。

 痛い、痛くて体が勝手に動く。


「あの」

『良い反応だね』


 痛くて拒絶してるのに、悦んでると思われてるのか、異常な嗜虐心の持ち主なのか。

 又はその両方か。


 あぁ、今度は塗る薬に麻酔薬を混ぜて貰おう。




 僕は和み班と呼ばれるグループに所属する事になった、標的を酔い潰したり、個々人を分断したり、宥めたり丸め込む役。

 そしてもう1つ、ビックパパと言う未成年の非合法デートクラブのスカウト役。

 更に体も提供するので、他のスカウト役と都内のマンションで集団生活を送れる事になった。


 それから褒賞はお金、現金。

 会長や社長から貰って直ぐに、高額な切手やトレーディングカードに変えて、ストレージバッグへと押し込んだ。

 例えストレージが有ると言っても、所詮は限界が有るから、出来るだけ嵩張らない品を選んで買っては詰め込んだ。


 しかも傍から見れば旅行カバンに入れてる様に見せて、ストレージバックを愛用している事すら誰にも悟られない様に、旅行カバンには価値の無い切手やトレーディングカードのファイルを詰めてカモフラージュした。


 妬まれたら終わり、怪しまれたら終わりだから。

 金にならないスカウトの相手もしたし、女の子達の相手もした。

 生きる為に、苦しんで死なない為に。


 そして普通にモデルの仕事もした。

 その為にも多少の無駄金を使って、脱毛やエステにも程々に金を使った。

 それから偶に募金もして、金を変に貯め込んでいると思わせない様に切手とトレーディングカードの知識を身に付けて。


 そうして2年が経って、公式にも18才になった。

 このまま金を貯めて生きて行けるのかと思ったけど、そうは上手く行かなかった。


 非合法のビックパパにガサ入れが入るかも知れないとの情報から、僕らスカウト役のマンションも引き払う事になり、代表者として指名されていた人間は自殺となった。

 そして敢えて押収させたらしい顧客名簿は役立たずだったのか、捜査は直ぐに打ち切りとなった。

 それを怪しんで調べていた記者も死に、真相は公になる事は無いまま。

 僕は程々にモデルをしながら、会長や社長に言われて様々な人間の相手をする様になった。


「工藤さん、僕もうスカウトは良いんですか?」

《そこそこ売れてるからな、表の仕事は引き上げだ》


「分かりました、他に何か有ったら言って下さい」

《おう》


 従順で、欲を出さないで、切手とトレーディングカードが好きな変わり者の外国人。

 そうやって僕はココで生きて、死ぬんだ。




 1人になると、最近は昔の事を思い出す。

 優しくしてくれた店長さんと、慧さん。

 僕がこんな風になってるとは知らないかも知れないし、実はあの2人も被害者で、僕みたいに加害者になったのかも知れない。


 会いたいなと少し思う反面、事実を知って幻滅したくない気持ちも有る。


 ココでの僅かな幸せの時間。

 僕がこうなってるとは知らなくて、被害者でも加害者でも無ければ良いなと思う。

 もしそうなら、本当に幸せな時間だったから。


『お、レオちゃん最近売れてるね〜』

「ありがとうございます会長」


『うんうん、なら報酬下げて良いかな、総額だと他の子より貰い過ぎになっちゃうから』

「はい、お任せします」


『うん、じゃ、頑張ってね』


 こうして彼の元で働けば働く程、この世界はクソだと知れて罪悪感が薄れる。

 どの組織にも顧客が居て殆どの性犯罪が行われている、最近は特に海外の金持ちまで顧客になっていて、今あの島は海外からの訪問者も多い。


 クソばかり、クソの掃き溜め、底の無い肥溜め。

 逃げ場は無い、死ぬ以外。




 それから更に1年経って、今度は僕がマネージャーに回る事になった。

 表の経歴も程々に、裏方へと回される事になった。


 もう、処分されるんだろうか。

 最近はその事ばかりが気になって、店長さんと慧さんの事ばかりを思い出す。

 恨めば良いのか、憎めば良いのか。


 そう思っていると、今度はあの島に突然ガサ入れが入った。


 終わった、全部。


 和田会長が捕まり、工藤社長、斉藤社長と芋づる式で捕まると、次は僕ら関係者の一斉事情聴取が始まった。


 ココで逃げるか、大人しく全てを話すか。

 死ぬか。


 起訴が上手く行かなければ、吐いた僕はいずれ殺されるし、下手をすれば署内で自殺に見せかけて殺されるかも知れない。


 けど、生きてどうなるんだろうか。

 生きて意味が有るんだろうか。

 もう、死んだ方が良いんじゃ無いだろうか。

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