第26話 蠢く陰謀!
立ち込めていた毒霧が晴れた。あくまで毒霧は蛇の姫の魔力で発生させていたので、本体が死んだ今は毒霧の効果も無くなるのだ。
「――よし」
血の着いた手をパッパッと振る。その顔にはまだまだ余裕があった。
「こいつを倒したら宝玉が出てくるって言ってたが……」
辺りをキョロキョロ見廻す。……が、特に変わったことは無い。宝玉が出るどころか、音1つ鳴りすらしない。
落胆するカエデ。と、その時。蛇の姫の死体から音が鳴った。
ミチミチミチミチ……。
何かが引き裂かれるような音。何かが破れるような音。何かが這い上がってこようとするような音。
蛇の姫の腹がボコりと突き出す。それはまるで薄い布に鉄球を落としたかのような出かただ。
「……これはお子様には見せられないな」
蛇の姫の腹を引き裂き、銀色に輝く宝玉がカエデの前に現れた。プカプカと空中に浮かんでいる。
直径30cmくらいの宝玉。宝玉には角の生えた馬の絵が刻まれている。
「これが宝玉か。さっさと持って帰るか。愛しのヘキオンが待ってるしなぁ〜♪」
ルンルン気分のカエデ。見てるだけで恥ずかしくなりそうなくらいのテンションだ。
蛇の姫の死体の上で浮かび続ける銀色の宝玉。カエデはその宝玉に手を出した――。
「――すまない。それは渡せないんだ」
「え――」
カエデの真下。本来あったはずの地面が無くなった。消えたという表現も正しいか。
流石のカエデでも地面からの助力無しで空を飛ぶことはできない。あとは重力に従って体を下へ落とすのみ。カエデは底の見えない地面へと落ちていった。
カエデが見えなくなった時。開いていた地面は閉じられた。何事もなかったかのように佇む地面。
そんな地面に立つ男が一人。ザッシュだ。冷酷な眼、しかしどこか惜しむような寂しいような眼でもあった。
「……こんな程度で死ぬほど弱くもないだろう。あくまで時間稼ぎ。俺は時間稼ぎさえできればいい」
宝玉の前。ザッシュはユラユラと浮かぶ宝玉に手を伸ばした。
「悪いなカエデ。こうしなければ……こうしなければクエッテと幸せになることはできないんだ……ダークエルフのみんなを殺さなければ……」
「――ぷは!」
カエデが地面に落とされた時。クエッテとの修行を終えたヘキオンは、2人で川の水をぐびぐびと飲んでいた。
「疲れたぁ……」
「これだけ動くのは久しぶりだな」
顔にパシャパシャ水を被る。ダラダラ流れている汗を冷たい水が削り取っていった。とても気持ちよさそうな顔。幸せそうだ。
「――結構な時間経ったと思うけど……まだかな」
「……心配」
ゴロンと寝転ぶヘキオン。空はまだまだ明るい。太陽はちょうどヘキオンの真上にあった。
「見に行ってみる?」
「……まぁカエデさんが居れば死ぬことはないと思うよ」
「カエデに信頼を寄せすぎじゃない?出会って何ヶ月よ」
「えーっと……3ヶ月と……ちょっとくらい?」
「それでよく信頼できるね……もしかして一目惚れとかしたの?」
「いや別に」
ケロッとした顔で言う。見ただけでカエデに恋愛感情がないことがよく分かる。……カエデが見たら死にそうだ。
「カエデさんはね、私を2回もたすけてくれたんだ。ウルフィーロードの時も人狼に襲われた時も。カエデさんが居なかったら私はここに居ない」
「……へぇ」
ニヤつく顔をする。そんなクエッテに気がつくことも無く、ヘキオンはのほほんとしていた。
「なんか動いたらお腹すいたね」
「ここらでお昼にしようか」
目の前には広い川。ピチピチと跳ねる魚。ヘキオンとクエッテが食べようと思うものは一致していた。
「釣竿もってる?」
ヘキオンが首を振る。
「じゃあ作ろっか。近くに枝とツル持ってこよ」
「?普通に魔法で獲らないの?こう……雷でバチバチっと。そうすれば焼く必要もないし」
「そんなに細かい操作はできない。それに川は電気をよく通す。そうなったら川の魚が大量に死んでしまう」
「はえー。そうなんだ」
納得するヘキオン。まるで幼児番組の教育コーナーに出てくる生徒役の子供のように頷いている。
ヘキオンが肩をコキコキ鳴らす。
「……なにしてるの?」
「わざわざ釣竿を作るのはめんどくさいでしょ?ちょっと待っててね」
「そ、そんな服のままだったら濡れちゃうよ」
ヘキオンの服はスポーティでちょっとピッチリしてる。濡れたら気持ち悪い感触がしそうだ。
それに対してクエッテは露出が多い服だ。人によっては水着と勘違いするかもしれない。これなら水に濡れてもそこまで被害はないだろう。
「大丈夫!私は水の魔法使いだからね!水は友達だよ!」
「それ理由になってない――」
クエッテが止める暇もなかった。ドボンと音を鳴らして川に入るヘキオン。
「……普通に入るんだ……」
クエッテは潜るヘキオンをキョトンと見ていたのだった。
続く
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