初陣①

 異世界に降り立ち、オークに襲われ、闘士になった。怒涛の一日を過ごした翌日。歩は宿泊している宿を出ると、早朝からミロスの町の外れで一人修練に励んでいた。

 柳金剛流の基本動作と型。それらを淀み無く、丁寧ににこなしていく。


「朝から精がでやすねぇ。修行ってヤツでやすか?」

「そんな高尚なモンじゃねえよ。ただの習慣だ」


 背後からの声に歩は動作を止める事なく、答える。そして、目線だけを声の主である行商人・タルバの方に向けた。


「そっちこそどうしたんだ?俺に何か用か?」

「いや、アッシはちょっと外の空気を吸いに……うっぷ」


 言いかけてタルバは口元を押さえる。そして、近くの木の根元に駆け寄ると、そこに膝をついた。


「オロロロロロ……」

「ちょ、おまっ!ここで吐くな!」


 昨晩、限界までタルバの胃袋に詰め込まれた数々の飲食物が、木の根元に吐き出される。その様子に歩はたまらず修練を中断した。


「あー……スッキリしたでやす」

「きったねえなぁ。どうしてこんなんなるのに飲みたがるのかねぇ。飲兵衛ってやつは」

「いや、面目無い」


 持参した水で口をすすぐと、タルバは青白い顔で頭を下げた。歩は呆れた様に首をふると、再び型の稽古に戻る。


「ところでよ」

「はい?」

「晴れて闘技場とやらの参加資格を得た訳だが……実際試合にはいつでれるんだ?」

「おっ?やる気満々でやすねぇ」

「というよりいつまでも無一文はキツイ。宿代負担してもらってんのも、まあ。……悪いし」


 少しだけばつが悪そうにタルバの顔を歩は見た。その様子に彼はニヤニヤと笑う。


「ずいぶんしおらしいでやすな。暴力ちらつかせて脅迫してきたのが嘘みたいでやす」

「悪かったって」

「冗談でやすよ。……まあ、闘技場や闘士にもローテーションってやつがありやすからね。特に旦那みたいな新人のデビュー戦には気を使うでやすよ。曲がりなりにもショーでやすから。ワンサイドゲームにならないよう対戦相手の調整に少し時間がかかりやす。ま、気長に待つことでやすよ。なあに、当面の生活費は出世払いってことにしときやすから」

「そうは言ってもなぁ」


 納得がいかないという表情を浮かべる歩に、タルバは苦笑する。


「ははは。まあ、良い時間でやすから朝飯にしやせんか?今後のことはその後決めましょう」

「もうそんな時間か?じゃ、宿に戻るか」


 山間から上り始めた太陽を見つめながら、二人は宿に向かって歩き出した。


「せっかくなんで闘技場の見学に行きやせんか?」


 朝食のパンを齧りながら、タルバはそう切り出した。その提案に歩も二つ返事で了承をした。


「良いぞ。やることもねえしな」

「決まりでやすな。じゃ、アッシは少し準備がありやすから、半刻後に闘技場前に集合ってことで」

「わかった」


 歩は頷くと、さっそく闘技場へと向かう。そして、闘技場の入口から少し離れた場所に陣取ると、人々の往来をしばらく眺めていた。


(色んな格好のヤツがいるが、結構日本人っぽいのもいるな。そう考えると、なんか海外旅行に来たみてぇだ。海外行ったことないけど)


 そんな事を考えながら時間を潰していると、背後からタルバの声が聞こえてきた。


「お待たせしやした、旦那」

「おう……、なんだその荷物?」


 歩が振り返ると、そこにはパンパンの荷物を背負いこんだタルバが、汗を流しながら立っていた。


「お忘れかもしれやせんが、アッシは商人。人の往来が多いこういう場所にはビジネスチャンスがありやすからね。商売道具は欠かせないんでやす」

「そ、そうか」

「じゃあ入りやしょうか」


 そう言ってタルバは闘技場の中に入っていった。

 ドーム状の試合会場に、ぐるりと二階に備え付けられた観覧席。闘技場の内部は、古代ローマに存在したとされるコロッセオを小さくしたような造りになっていた。


「闘士は下の会場で戦いやす。基本的に一対一で武器の持ち込みは禁止。それ以外は何をやってもかまいやせん。それから闘士が降参するか、審判が戦闘不能を認めた場合のみ決着となりやす」

「何でもアリか。えらく過激なんだな」

「皆刺激に餓えてるんでしょうなぁ。ま、どこの闘技場にも一流の回復術士がいるはずなんで、即死以外は多分大丈夫でやすよ」

「それも魔法ってやつか?便利なこった」


 タルバと歩はそんな話をしながら二階から下を見下ろす。


「お、ちょうど始まるみたいでやすよ?」


 タルバが言い終わると同時に、会場全体にアナウンスが響く。


『皆様お待たせしました!ただいまより、本日の第二試合を開始致します!』


 その言葉に会場が沸き立つ。


『まずはこの男の入場です!身長175㎝!体重84㎏!投げの鬼、木村正門きむらまさかど!』


 ハスキーな女性のコールと共にガタイの良い柔道着姿の男が現れる。そしてそのまま、のそのそと闘技場の中央まで進みでた。


『迎え撃つはこの男!身長172㎝!体重69㎏!荒野のガンマン、ビリー・キャンベル!』 


 続いて軽薄そうな男が姿を現した。ジーンズにタンクトップという非常にラフな格好をしたその男は、観覧席に投げキッスを飛ばしながら余裕の表情で柔道着姿の男の前に立ち塞がる。

 それぞれの入場を上から眺めながら、歩は驚いた様に声を漏らす。


「柔道着とかもあんのかよ、異世界」

「ありゃあ特注のコスチュームみたいなもんでやすよ」


 歩の隣で会場を見下ろしながら、タルバが答える。


「あっちの世界で着られてたって言う服装を職人が再現してるんでやすよ。闘士も人気商売でやすからああいうキャラクター作りも必要なんでやす。旦那もご希望があればアッシが用意しやしょうか?」

「ふぅん。ま、機会があれば頼むかもな」


 あまり興味がなさそうに頷くと、歩は再び視線を闘技場に落とした。そんな彼にタルバは質問を投げ掛ける。


「で、旦那はどっちが勝つとお思いで?」

「んー。柔道着の方だろ」

「ほぅ。その心は?」


 歩は柔道着姿の男、木村を顎で指した。


「単純に体重ウェイトが違いすぎる。格闘技の試合だったら話にならん階級差だ。それに木村とかいう男。多分柔道だろうが、結構やり込んでるな。立ち方でわかる。逆にあっちの優男はどうも素人くせー」

「なるほどなるほど。でも実際はどうでやすかねー?」


 ニヤニヤと笑うタルバに、歩はムッとした。


「……なんだよ」

「いえいえ。まだ二人の技能スキルがわかりやせんから。旦那の常識は案外通用しないかもしれないでやすよ」

「さいですか」


 歩はプイッと視線を闘技場に戻した。それと同時に張りのあるレフェリーの声が会場に響く。


「それでは両者、構えて!……試合、開始!!」

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