蛮勇を振るうは異世界で
矢魂
蛮勇を振るうは異世界で
(一体なんでこうなっちまったんだ?)
見知らぬ土地。深い森の中で
遡ること数十分前。木々が鬱蒼と茂る森で歩は目を覚ました。
「……どこだ?ここ」
ズキリとした頭部への痛みを感じた彼は、とっさに自身の頭を擦る。外傷こそ無いものの、記憶が混濁しているらしい。歩は何故自分がこんな場所に倒れていたのかを思い出す事が出来ないでいた。
(何がなんだかわからんが……とにかく人を探そう)
元々じっとはしていられない性分だった歩は、周囲を見回しながら、その森を探索することにした。そうして歩き回ること数十分、彼は遠方に揺れる人影の様なものに気が付く。
(お!……人だ!)
そう思った歩は、思わず駆け出していた。だが、近くで見るその人影は明らかに異様なものだった。
二足歩行ではあるが、全身を獣の様な体毛が覆い衣服を身に付けていない。筋肉も異様に発達しており一般的な人間よりも二周りは身体が大きい。まともな感性を持ち合わせていれば、ソレが人間ではない事が一目でわかる。
「なあなあ、アンタここら辺の人?ちょっと聞きたい事があるんだけどさぁ」
つまり、何の躊躇もなくその化け物に話かけた天道歩という男は、まともな感性など微塵も持ち合わせていなかったのだ。
歩の呼び掛けにその化け物は振り向く。その顔は猪と人間を混ぜ合わせたような歪なものであった。だが、彼は臆することなく会話を続ける。
「あれ?日本語通じない?もしかして外国の方?どおりでワイルドな体毛してると思ったわ。あー……でも服くらいは着たほうがいいんじゃないすか?ほら、最近色々厳しいし……」
「グオォーー!!」
森全体に響き渡るような咆哮。その化け物が発した声に答える様に、歩の後方から二匹の化け物が駆け寄って来た。雄叫びを上げた一匹と似たような姿形をしていることから、仲間だということが伺える。
「ちょ、おいおい。マジかよ、そんなに服着たくなかった?そんなに気に障った?」
「グルルル……」
低く、明確な敵意を持った唸り声を響かせながら三匹の化け物は歩ににじりよる。こうして彼は退路を断たれたのだった。
「なんだ、やる気か?……ファッションにケチつけたのは悪かったが、そっちがその気ならこっちも手加減はしねえぞ。ストリートファイトは慣れっこなんでな」
言うがはやいか、歩はファイティングポーズをとる。両の握り拳を胸の高さに構える、総合格闘技などで見られるオーソドックスな構えだ。
(3対1、ならば……先手必勝!)
次の瞬間、歩は正面の化け物目掛けてステップインと同時に拳を突きだした。伝統空手でいうところの刻み突き。その速度と威力に猪の様な頭部が一瞬、硬直する。そして、天道歩はその隙を見逃さない。がら空きの顎に、アッパー気味の掌底が突き刺さり、化け物の大きな頭がかちあげられた。上体が大きく仰け反り、追撃のチャンスが訪れる。が、歩は化け物の脇をするりと抜けると、再び構えをとった。
(出鼻は挫いた。ここからは数的有利を活かされる前に、一気に捌く!)
多対一の戦いをする場合、最も避けなければならない状況は『囲まれること』である。如何なる達人でも、死角からの攻撃にはなす術がない。また、人間は体の構造上、後方への対抗手段があまりにも乏しい。そのため歩は追撃のチャンスを捨ててまで、包囲の外に逃れることを選択したのだ。
「グオォーー!」
歩の打撃を続けざまに受けた化け物が、憤った様子で立ち上がる。そして、そのまま滅茶苦茶に腕を振り回しながら突進してきた。
「おお、怖。……まあ、落ち着けよ」
一発、二発、三発……。大振りなテレフォンパンチをかわしつつタイミングを測る歩。そして五発目のパンチに合わせ、化け物の手首を押さえる。更にその力を利用し、最小限の力で自らの倍の重量はあろう相手を軽々と投げ飛ばしてみせた。雑に放り投げた様にも見えるその姿は第三者からすれば、化け物がわざと投げられたようにも感じただろう。
「グオッ!」
受身など知らない化け物は、背中から大地に叩きつけられる。そして、横たわる化け物の喉に歩は全体重を乗せた足刀蹴りを突き刺す。更に血の混じった泡を吹くソイツの顔面に駄目押しの下段突きを叩き込んだ。体重70㎏を優に越える歩の足刀蹴りと突き。その二発をモロに受けた化け物は完全に沈黙した。
「まずは一匹……」
顔を上げた歩の眼前には、二匹の化け物の拳が迫っていた。
「あっぶね!」
すんでのところで攻撃をかわした歩はバックステップで距離をとる。だが、そんなことは相手が許さなかった。仲間と同じ轍は踏まないとばかりに二匹同時に襲いかかってくる化け物。対する歩は、互いの身体を盾にするよう器用に位置取りをしながら化け物達の攻撃を凌いでいた。
「やっぱこいつら人間じゃねえな……。一体何なんだ、ここは。まあ余計なことは後で考えるか」
体勢を立て直すため、再び距離を取る歩。だが、彼が離れ際に放った数発の打撃はどれも有効なダメージを与えるには至っていなかった。
(あの硬い皮膚に毛皮、それに厚い脂肪。まるで鎧だ。だが……)
肩で息をしながら、ちらりとすでに倒した化け物の方を見る。
(急所がある。痛覚がある。関節がある。以上の点から奴らに
歩は呼吸を整え、深く腰を落とす。そして、こちらに向かって突進してくる二匹の化け物のうちの片方に狙いを定める。
「グオォーー!」
雄叫びを上げ、渾身の右ストレートを繰り出す猪の化け物。その一撃に対して歩はカウンターの掌底を打ちだした。大地を揺らす程左足を強く踏み締め、発生したエネルギーを腰の回転と共に加速させていく。そしてがら空きになった化け物の胴体に必殺の一撃を叩きつける。
「柳金剛流・
裏当て・鎧通し・浸透頸……。原理を同じくする技が他の流派にも存在するこの一撃は、化け物の脂肪の鎧を貫通し、内部を直接破壊した。
「グアァ!」
吐血し崩れ落ちる化け物。歩はすぐさまソイツの身体を踏み台にし、もう一方の化け物の背後に飛び乗った。そしてそのまま首に腕を回すと、一気に締め上げる。突然仲間を倒され混乱する化け物を締め落とすことは、歩にとって造作もないことだった。
「ふぅー……、キッツ。さて、これからどうするか」
横たわる三匹の化け物を眺めながら、歩は腕組みをする。そんな彼の背後からパチパチという拍手が聞こえてきた。
「いやー、お見事。お見事でやす!旦那!」
歩がその声に振り向くと、そこには怪しげな中年男性が立っていた。背は極端に低く、胡散臭いチョビヒゲにほんのり赤い鼻という、なんともいえない出で立ちでこちらに歩み寄ってくる。
「なんだい、オッサン」
「これはこれは。申し遅やした。アッシは行商人のタルバと申しやす。以後、お見知りおきを」
「そいつはご丁寧にどうも。天道歩です、どーぞよろしく」
タルバと名乗る男性につられ、ペコリと頭を下げる歩。そんな彼の様子を見ると、タルバは邪悪な笑みを浮かべ揉み手をする。
「天道歩様ですな。……その変わったお名前!素手でオークを倒す実力!どうやら異世界人の方とお見受けしやす。どうかアッシと共に一儲けしようじゃ……」
「ストップ、ストップ」
「へっ?」
「知らん用語が多い!」
歩は腕を組んだままぶっきらぼうに答える。
「俺は気が付いたらこの辺に倒れててさ。記憶も曖昧なんだよ。正直そんな一気に言われても何がなんだかわからん」
「なーるほど。でしたら、一旦町のほうに行きやしょう。あちらにアッシの馬車がありやす。道すがらアッシのわかる範囲で旦那のご質問にも答えやすよ?」
あからさまに怪しい男の提案に一瞬迷う歩。だが、他に頼れるあてもなく、タルバの馬車に乗せてもらうことにしたのだった。
「じゃあ、頼む」
「へへへ、こっちでやす」
そうして歩はタルバの案内のもと、今にも壊れそうな馬車に乗り込んだ。
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