Episode1・ゼロス誕生2
――――三日前。
ハウストと私とイスラは城の広間で朝食を食べていました。もちろん側には青い卵があります。
冥界の脅威が去り、ハウストと私の婚礼の儀も無事に終わり、いつもの平和な日常が戻ったのです。
以前と違うことといえば、ハウストと私が正式な夫婦になったということ、イスラが私たちの子どもになったということ、そして二人目の子どもも誕生する予定があるということ。
冥王の卵がいつ割れるか分かりません。イスラの卵が割れた時も前兆なんてなく、いきなり割れたのですから。
だから、いつ割れても良いようにいつも持ち歩いていました。
「あ、この卵料理は初めて頂きました。この食感、味わい、とてもおいしいです」
「ブレイラ、どれ?」
「これですよ。ほら」
教えるとイスラもさっそく卵料理を一口ぱくりっ。とても美味しかったようで、両方の頬を両手で押さえてうっとり顔です。
「おいしい!」
「そうですね、私も驚きました。これはいつもと違う卵ですね」
なにげなく呟くと、側に控える給仕係りの侍女が教えてくれます。
「それは精霊界の孤島に棲む怪鳥の卵です。芳醇で濃厚な味わいが特徴ですが、後を引かないキレもございます」
「あっさりしていて朝にぴったりですね。他にも珍しい卵があるならぜひ食べてみたいです」
「オレも!」
大きく手を上げたイスラに笑みが浮かびます。
そんな私とイスラの会話にハウストも目を細めました。
「他にも新しい卵料理を開発中だそうだ。楽しみにしているといい」
「それは楽しみですね。期待しています」
「はやくたべたい!」
ハウストの厨房情報に私とイスラの楽しみが増えました。
こうして冥王の卵を前にして、卵料理に舌鼓を打っていた時。
「びえええええええええええん!!!!」
突如、魔王の居城に響いた元気な赤ん坊の産声。
はっとして振り向くと、パカリッと卵が割れて赤ん坊が産声を上げていたのです。
「う、生まれたんですか?!」
突然のことに驚いて思わず立ち上がりました。
いつも冷静なハウストでさえ椅子から腰を浮かし、イスラはびっくりした顔で赤ん坊を凝視しています。
「びええええええええええええん!!!!」
「わわっ、すみませんっ。大丈夫ですよ!」
赤ん坊の泣き声が更に大きくなって、私は慌てて抱き上げました。
すると両腕に乗った甘い温もり。無意識に口元が綻んでいく。
「あなたは、ゼロスですね……」
確証はありません。でもこの赤ん坊はゼロス。かつての冥王であり、三界を守ってくれた四界の王です。
こうして両腕に抱くと、ようやく誕生したのだと実感が沸きました。
「あなたをずっと待っていました。約束を守ってくれてありがとうございます」
そっと囁くと、泣いていたゼロスがじっと私を見上げてきます。
笑いかけて額に口付けるとゼロスは安心したように目を細めました。
そして、ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ。
親指をちゅっちゅっと吸い始めます。
「お腹が空いているのですか?」
「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅ」
特にそういうわけではないようです。
誕生したばかりだというのにたしかな意思を感じる蒼い瞳に、さすが卵から生まれた王だと感心しました。
「ブレイラ、俺にも見せてくれ」
ハウストがゼロスを抱く私へ近づいてきます。
少し緊張しているように見えるのは気の所為ではありませんね。
「どうぞ、抱っこしてあげてください」
「ああ」
差し出されたハウストの大きな両手に小さな赤ん坊を手渡します。
ハウストは丁寧に赤ん坊を抱くと、優しい笑みを浮かべて私を見ました。
「生まれたんだな」
「はい」
「不思議なものだ。イスラの時とは違った感覚だ」
「そうですね。あの時は私もあなたもまったくの手探りでしたし、今とは何もかもが違っていましたから」
状況も、私とあなたの関係も、なにもかもが違っていました。
当時と比べるつもりはありませんが、それでもこうしてハウストとイスラとともにゼロスを迎えられたことを幸せに思います。
「ゼロス、良かったですね。ハウストですよ」
「あぶあー」
ゼロスの小さな手が伸びる。
その手に触れてあげると、ゼロスはにこにこしながらハウストと私を見ました。
「可愛いですね」
「ああ、そうだな」
「ブレイラ、オレも! オレもあかちゃんみたい!」
ふと足元のイスラが私のローブをくいくいと引っ張ってきます。
見せてあげようとイスラを抱っこしようとしましたが、その前にハウストからゼロスを戻されました。
「ブレイラ、ゼロスを」
「はい」
受け取ったゼロスを抱き直します。
ハウストはというとイスラをひょいと片腕で抱き上げ、ゼロスを見せてあげてくれました。
「あかちゃん……。さわってもいいか?」
「いいですよ。撫でてあげてください」
「わかった」
イスラが緊張した面持ちで手を伸ばしました。
おそるおそるといった様子でゼロスの頭を撫でています。
「ちいさい」
「赤ちゃんですからね」
「オレ、あにうえ?」
「そうですよ、イスラの方が年上ですから兄上ですね。ゼロスとたくさん遊んであげてください」
「わかった。まかせろ」
イスラが気合いを入れて頷きました。
良い兄上になってくれそうで安心です。
「それにしても勇者と冥王が兄弟になるとは前代未聞だな」
感心したような口振りのハウストに私も頷きました。
冥界が消滅した今、ゼロスを冥王として扱っていいものか分かりません。でも勇者と冥王が兄弟になるのです。
「冥王ゼロスの最期を見たのは最近のことなのに、ほんとうに不思議な心地です。この子はやり直せるでしょうか」
「やり直させてやりたいんだろう」
「はい」
迷いなく答えました。
それが私の望みであり、ゼロスとの約束です。
その為にゼロスは私の元に帰ってきてくれたのです。
「ならば協力しよう。俺とお前の子だ」
「はい、あなたと私の子どもです」
嬉しくて笑みが零れました。
俺とお前の子だと言ってもらえて、胸がいっぱいになる。
「ハウスト……」
ゼロスを抱いたまま、ハウストの腕にそっと擦り寄って額をあてました。
もちろんイスラを抱いている腕と反対側の腕です。
イスラも大切で、ゼロスも大切。二人はハウストと私の子どもです。
「まさか、こんなに早く二人の子持ちになるとは思わなかったがな」
「ふふふ、私もですよ」
そう答えるとハウストが私の髪に口付けてくれました。
こうしてゼロスの誕生をお祝いしていると、宰相フェリクトールが広間に姿を見せました。
ゼロス誕生の報せを聞いたのです。
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