第40話 おれとみなみのその後
「よろよろ〜♪、おはこんばんちゃ〜、『美波かなた』のゲーム配信だよ〜♪」
あいかわらず、おれはみなみのライブ配信に付き合っていた。
『おはこんばんちゃ〜』
『おはこんばんちゃ〜』
『待ってました! ゲーム配信! 今日のお相手は?』
みなみ演じる『美波かなた』は、V界隈では相変わらず人気を伸ばしていた。フォロワーは順調に増え続けて3万人に手の届くところまで来ていた。
これもコラボ相手のおかげかもしれない。
「今日のお相手は〜、なんと〜! ナエナエさんでーす!」
みなみがそう言うと画面に飛び込んできたのは、別のアバターだ。
そう、このナエナエというアバターは、ななえが演じている。ななえもこのアプリでアバター配信を始めたのだった。
現役ティーンモデルでインフルエンサーでもあるななえが、運営側や事務所との契約もなしにプライベートでアバター配信を始めたことはすぐに話題になった。
むしろ企業案件として引き受けるよりも絶大な効果があったかもしれない。
このライバースクエアというアプリではコラボ機能がついており、先日うちにきた時、ななえと仲良くなったみなみが直接話を持ちかけたのだった。
「みんな〜、おっはよー! ナエナエだよ〜。みなみちゃん! 今日もよろしゅうね〜」
ななえが、普段の声を少し高くした営業用?の声で元気に挨拶した。
『ナエナエきたー! すっげー』
『ナエナエとのコラボが一番はかどる!』
『ナエナエ! ナエナエはボクだけのもの! 他のやろうは全員見るんじゃない!ログアウトしろ!』
「相変わらず無茶苦茶だ……」と、おれは思わずつぶやきながら、過激なコメントをしているリスナーを、みなみの代わりにブロックしてやった。
ななえとコラボすると、決まってなんだか一人、過激なコメントをするリスナーが来るのだ。そいつは毎回ブロックしているが、アカウントを作り変えてはまたやってくる。
まあ、察しはついてるがな。放っておこう。
だいたい週3回の配信のうち、一度はななえとコラボをしている。その時はほぼゲーム配信だ。
別に雑談配信でコラボしてもいいのだが、リアルでもお互いのことを知っているので、言ってはいけないことまで喋ってしまいそうだからやらない、というのがみなみの意見だ。
みなみとななえのコラボ配信をその場で見ながら、おれがここに入るとどうなるんだろうと考えていた。
みなみやななえには、おれ自身にも配信をしてほしいと散々言われている。なので、実は現実的に考えたりもしたのだが。
「やっぱムリだな、おれには……性に合わね」
結局おれには、みなみをそばでサポートすることが一番合っている気がしたのだ。
たくさんのリスナーに愛想をふりまいているみなみも、配信が終わればただの妹に戻る。
「みなみ、おつかれさん」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん。ななえさんも元気そうだったね」
「だな」
「学校ではどうなの?」
「ん、まあ普通かな。最近芸能の仕事が増えてきたのか。学校ちょくちょく休んでるぜ」
それは意外なことだった。ななえはあの事件がきっかけで、良くも悪くも芸能関係者から注目を浴びてしまったらしく、スケジュールがかなり先まで埋まってると言っていた。
大人気男性アイドルの実妹ともなれば、芸能界が放っておかないはずがない。それに関しては兄貴のショウが一番はがゆい思いをしているかもしれないがな。
ともあれ、ななえの仕事が忙しくなったこととは無関係に、おれはななえと距離を置いていた。
これに関しては、言わなくてもわかると思うが、おれはみなみを選んだのだ。
選んだなんて言い方は、なんか違うかな。家族でもありよき理解者同士でもあるみなみとの絆は、自分たちが思っているよりもずっと深かったってわけだ。
「みなみ。風呂入ったあとエポやろーぜ」
「うん、お兄ちゃん。たまにはいっしょにはいろっか?」
たまには? 誤解される言い方をするな。一度も入ったことはないだろうが。
「はいはい。先入るからな」
その後、兄弟仲良くゲームに興じたおれたちは、眠りについた。
時刻は深夜、おれはベッドで横になり眠れないでいた。
あの夜のこと、みなみと口づけを交わしたあの夜のことを、思い出していた。
「お兄ちゃん、わたし、お兄ちゃんが好き……」
「おれも、好きだ……」
あの時の、みなみとのやり取りを思い出す。
おれたちがハッキリと伝えあった好きという言葉は、家族としてのことではない。少なくともおれはそうだったように思う。
その時、ガチャ、とほんの少し音を立てて、ゆっくりとドアが開いた。
おれは上体を少し起こしながら、入ってきた人物に声をかける。
「まだ起きてたのか」
「寝れないの、お兄ちゃんこそ」
みなみだった。まあみなみしかいないわけだけど。
「……いっしょに寝ていい?」
みなみの声色は少し深刻さを帯びている。表情は暗くてわからない。
「……ダメって言っても寝るんだろ?」
「ダメなの?」
「ダメなわけないだろ」
みなみが微笑んだのが雰囲気でわかった。
みなみのぬくもりがベッドの中に潜り込んでくる。
あの夜から、明らかにおれたちの距離は縮まった。
夜中に添い寝することは、みなみが配信する頻度よりも多かったのだ。
「お兄ちゃん──」
「みなみ──」
これが、おれの選んだ道だった。
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