第692話 ヘアピンクラッシュ
オレはリンカにすがって、一緒にジェンガの行方を見届けてもらう事になった。
少々情けなくもあったが、オレとリンカはもう彼氏と彼女なのだ! 無論、歳上で男であるオレが護るべき立場ではあるのだが、時には頼る関係にもなったのだから良いじゃない!
しかし、まぁ……
「……」
「……」
ジジィと赤羽さんは無言で殺気を気迫を飛ばし合いながらジェンガを続けてる。
己の
しかし、互いにぶれる様子は皆無。ジジィは怪我で左手が使えないので、右手側以外のブロックの抜き取りは難易度が上がると思ったか、位置を移動しつつ抜いている。
ちゃぶ台が円形故に、距離感を損なわないのだろう。ジジィが寄ってくるのに合わせて赤羽さんも抜く箇所を変えるので二人はちゃぶ台の周りをぐるぐる移動する。
当人達の表情に遊びの欠片も見えないので、ジェンガが無かったらマジで何か召喚しそうな雰囲気だ。
「……地味だな」
「……そうだね」
リンカがボソリと言葉を漏らす。
考察のしようもねぇ。だって、ブロック抜いて上に載せるだけだもん。現時点で元の形の下半分の全てが十字骨状態になっている。
凄いな、アレ。土台が貧相になれば上部に重心が移って倒れやすくなるので、抜く難易度はハネ上がる。にも関わらず、二人はサンマを骨を残して丁寧に食べるが如く、綺麗に下部からブロックを抜いて行く。
「ここまで来ると職人芸だな」
「何がそこまで二人を駆り立てるんだろうね……」
オレとリンカは自然と台所の床に座って正座し、くるくるジェンガを見守る。
現時点では動いた際に発生する気流でさえ倒れる要因と成りかねない。ソレが解っているのか、ジジィと赤羽さんはタワーを台風の目にするが如く、動いた際の僅かな気流の動きさえもコントロールしていた。ちゃぶ台の円形を基準に回転しつつ、スッ(抜き取る)、カチ……(上部に置く)を難なく行う。
目の前の光景を動画に録って、ジェンガの存在を編集で消して、これは何をしてる場面でしょう? とクイズ方式でネットに上げて正解を答えられるヤツは居ないだろう。(ちなみにそんな悪ふざけする余裕はない)
それ程に目の前のジェンガバトルは完全なる“未知との遭遇”である。ダイヤ達に見せたら、WHY? WHY? って言うこと間違いなしの超常現象だ。
ジェンガを人類がガチになり過ぎると、こうなると言う事を目の前で証明してくれる。誰得だよ。
当然オレとリンカは居間でやっている勝負からは距離を取り台所から見守っている。
下手に近づいて手違いから倒してしまったらあの殺意と気迫がこっちに向けられる。それだけで精神が消滅してしまうだろう。
「……中々倒れないな」
「しぶといよね……」
現状は七割が骨だ。抜いて積んだブロックで最終的には三割ほど高くなるが、今の時点でもいつ倒れてもおかしくない。
「…………」
「…………」
しかし、プレイヤー二人の威圧は全く衰えない。
セナさんの話では、ジジィは半日歩き回ったらしく、赤羽さんも出掛けた所から帰ってきた直後だったそうなので、互いに体力は減ってるハズなのだ。
なのに疲労した様子が微塵もない。それどころか、殺意と気迫は益々膨れ上がって行く。台所まで来る
「大丈夫か?」
「な、なんとか……」
そんな圧を感じるのは
「水でも飲むか? ジェンガはまだ、かかりそうだし」
「じゃあ……一杯お願い」
冷蔵庫開けるぞ。とリンカは一言断ってから立ち上がると唐突に転んだ。それは正座と言う日本文化が生み出した状態異常『足の痺れ』だ! 非戦闘員のリンカに咄嗟に受け身を取る事は不可能。倒れた衝撃がジェンガに影響しかねない!
オレは内心、オオオォォォ! とリンカとジェンガの両方を護るべく片膝に――勿論、オレにも痺れが来るが、気合いで何とか立ち、リンカを支えた。
横から腕を身体の前に差し入れて、ガッ! と掴んで床に倒れるのを何とか阻止する。
「あ、危なかったね。リンカちゃ――」
「…………」
そして、痺れとは正反対に心地よい柔らかさが手の平に伝わる。あー、これはアレだぁ。うん。リンカの年代にしては標準よりも大きい実りをがっつりキャッチしちゃってるね!
「……」
俯いた様子で固まるリンカは身体を起こすと、恥ずかしそうな表情でオレを見る。
「……ごめんなさい」
オレは、すぅぅ……と滑らかに土下座する。肘が当たったのならまだ許されるだろう。しかし……手の平でがっつり、たわわを掴んだのだ。
リンカを状況に巻き込んだ手前、下手な弁明は傷口を広げかねない。正直に謝るのが一番! 許してくれるかは別だけど……
「――あげろ」
「本当に……すみません……」
「いいから、顔をあげろ」
「はい……」
言われて両手を着いたまま視線を床からリンカへ上げる。すると、
「い、いちいち、気にするなよ。その……助けてくれたんだろ? む、胸くらい仕方ないから……」
リンカは顔と身体はこっちに向けてるが恥ずかしくて目を合わせられないのか、目線だけ横に背けつつ耳まで赤くしてそう言う。
「それに! もう、彼氏と彼女だし……(徐々に小声)」
好きな人と一緒にいるなら多少の嫌な事は我慢するって考えかな? けどそれはオレ達の望む関係じゃない。
「……いや、そうだけど嫌な事は嫌って言っても良いからね。それくらいでオレは君を嫌いにはならない――」
「……別に嫌じゃ無かったから……」
「……え?」
「おしまい! この事はおしまい!」
おしまい! とリンカは、ぷいっと完全にそっぽを向いた。なんだ、この可愛い生き物。彼女にしてぇ。いや、オレの彼女か。
その時、
ガシャンッ!
「――――」
終焉の音にオレとリンカは居間を見る。どっちだ!? どっちが倒した!?
「……?」
「アィェ……」
しかし、ジイさん二人の視線は何故かこっちを見てると言う、おしっこチビりそうな程のホラーな状況だった。アィェって変な声まで出ちゃったよ……
しかし、ちょっと待て……オレらは何もしてない。リンカの落下はオレが止めたし、リンカへしたオレの土下座も滑らかで震動は起こしてない。
まさか……声の衝撃? いやいや……流石にそれは――
と、ちゃぶ台を見ると一つのヘアピンが落ちていた。
あれは……リンカのヘアピンか? 何であんな所に――あっ。
先ほどリンカの、ぷいっ、で外れて飛んだヘアピンが“限界ジェンガ”にコンっと当たったらしい。ジェンガの倒れてる方向も向こう側なので間違い無いだろう。
「あたしのヘアピン……」
その言葉にジジィと赤羽さんがゆらりと立ち上がる。ヤベぇ――
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