第557話 おい、ブタ

『えー、どうも。生徒会です。これより○○高校の文化祭を始めるぞー!』


 その放送は固い雰囲気を感じさせない口調が乗せられ、生徒会長の遠山の性格が現れた開催宣言だった。


『ここから、この生徒会長の独自調査によるお薦めの模擬店を紹介するぜ! 皆、耳をかっぽじって、よーく聞け――』

『おい、ブタ』

『ぶふぃふぃ!!?』


 背後から蹴られたであろう、ドッ! と肉の叩く音がスピーカー越しにも聞こえた。


『私が先生に確認に言ってる間に一人で勝手に放送を始めやがって』

『つ、辻丘……お前……副会長だからって……先輩に敬意を……』

『黙れブタ』


 次はヒュッと空気を切る音。恐らく頭を刈られたと皆は推測。

 無念……と言う言葉と共に遠山は意識を失った様子で声は完全に消えた。


『副会長の辻丘です。文化祭をつつがなく成功させましょう。それでは。おいブタ、起きろ。馬車豚のように働け――』


 その言葉に、ブツ、と放送が切れた。






「開催みたいよ大宮司君」

「遠山のヤツも相変わらずだな」


 相変わらず無表情の鬼灯と、遠山が数少ない話し友達でもある大宮司はクラスの出し物――『制服喫茶』の要員として放送を聞いていた。


 3年生は受験生な事もあって、1、2年生よりも出店の派手さは無い。

 そして、出店を構えるのは鬼灯と大宮司のクラスだけであり、他の3年生クラスは主に運営側に回っている。

 教員が手を貸すのは、基本的に大人でなければ対応出来ない場面のみ。

 治安維持に細々した問題などは、風紀委員や保健委員などが対応するが、文化祭全体の管理は三年生が引き受ける事になっているのだ。

 学校側としては、受験生である彼らを労う意味合いもあり、希望しない限りは出店を出さなくても特に問題はない。

 それでも、引退した部活の方の出店やイベントへ協力に行く3年生が大半であるが。

 

「それにしても……俺らは『制服喫茶』か」

「今さらそこに苦言があるの?」

「いや……そう言う意味じゃないんだが……客引きの面を考えると校内の生徒には需要は無いと思ってな」


 大宮司のクラスは部活に所属している者が少ない。それでいて、クラスでは進学よりも就職する割合が多かった事もあり比較的に手は空いていた。

 しかし、あまり面倒な事はやりたくない意思が強く、何もやらずに適度にのんびりする流れだったが、意外にも鬼灯が出店をやりたいと手を上げた事で『制服喫茶』をやる形となったのである。

 無論、言い出しっぺの鬼灯が中心になってクラスメイトの役割や色々な手配や采配を完璧に済ませ、なんの問題もなく開催までこぎつけた。

 準備の際に鬼灯が家族を呼ぶと言う事を発言した時は騒然としたが。


「あんまり、鬼灯はこう言うのは進んで計画する様な感じには見えなかったからな」

「そうかしら?」

「まぁ……三年になってからずっと図書室に居て、クラスメイトがそう言うヤツって知れなかったって所もあるんだろうけど」


 身内の情報が皆無な鬼灯未来の謎の行動力にクラスメイトは困惑しつつ手伝ったものの、彼女もサイボーグで無いと知れて少しだけ親近感が湧いていた。

 何より、学年トップの美を持つ彼女の姉が来るのだ。可能な限りもおもてなしをして、拝顔したいと思うのはクラス統一の意思である。


「大宮司君」

「ん?」

「私はあまりこう言う事はやらないわ」

「じゃあ、家族絡みがキッカケか?」

「……そうね。私だけだったらここまで行動しようとは思わなかったわ」


 今回の行動力の根幹を明かさない鬼灯であるが大宮司は親友より、俺が側に居ない分フォロー頼むぜ。俺の彼女のフォロー頼むぜ!! と言われて可能な限り協力する事を了承した。ちなみに彼女にはフォローする旨は黙っての行動である。


「まぁ、皆ある意味、鬼灯の姉さんには興味があるからな。やる気の方は期待してもいいぜ」

「そう。ありがとう」


 そう言う鬼灯はクラスメイトに対してどことなく微笑んだ様に見えた。






『副会長の辻丘です。文化祭をつつがなく成功させましょう。それでは。おいブタ、起きろ。馬車豚のように働け――』


 ブツッと切れた放送は、気さくな生徒会長の遠山と、真面目な副会長の辻丘の相変わらずなやり取りが垣間見えるモノだった。


「……遠山先輩に困ったモンだな。まだ辻丘が張り付いてるから良いものの、普段の業務の中に加えて、クラスの仕事も入れると手に追えなくなる」


 二年生の佐久真は堅物な印象の強い生徒だった。その肩には風紀委員の腕章が存在するが、他の風紀委員を取りまとめる長の証でもある青色の腕章となっている。

 実質、校内で生徒会長の決定に意見できるのは、副会長と風紀委員長の二人だけだった。


「そうかな? 私は今の学校の雰囲気は凄く好きだよ」


 佐久真と共に始まる前の校舎内を歩いていた保健委員長の暮石愛くれいしあいは、相変わらずだねー、と先ほどの放送に対してもおおらかに笑う。


「お前は怪我人しか見ないから楽観的な反応が出来るんだ。遠山先輩の問題行動は数知れない。何故、あの人が当選したのか……未だに理解に苦しむ」

「うーん……それは、誰も立候補者が居なかったからじゃないかな?」


 1年前の生徒会は至極真面目なスタンスであったが様々な偶然が重なり、当時の生徒会長、副会長、書記の三人が家庭や身内の事情で転校する事になり、急遽生徒会は選挙が行われると言う異例の事態となった。


 候補が何人か上がり、その中には鬼灯未来の名前もあったが、当人は興味がないと拒否した。

 そして候補生達も、間違いなく後始末で大変になる生徒会に進んで入ろうとは思えず、全員が辞退。そんな中、意気揚々と手を上げたのが漫画研究部の部長を勤めていた遠山だった。


「俺は学んだよ。とにかく人を立てるだけだと、下の者たちが苦労するってな」


 遠山は、漫研部を正式な部に昇格する為に生徒会長になると言う動機だったものの、他に立候補者が居なかったので教員達も次の選挙まで仕方無しに彼に任せる事にしたのだ。

 そして、副会長に立候補したのが辻丘だった。

 彼女は昔から遠山の知り合いと言う事で、最低限の舵取りをしてもらえると教員達も少しだけ胸を撫で下ろしたのである。


「とにかく、今年の文化祭は去年と同じくらいドタバタする。お前も“彼”を呼んでいるんだろう?」

「うん。少しでも楽しんで貰えるように頑張るよ」


 いつになくやる気な暮石に、じゃあな、と佐久真は見回りの為に別れた。

 佐久真と暮石は同じクラスだが、他の風紀委員のローテーションから佐久真は先に見回りとなっている。


 二日目のチケット来場者に備える一日目。

 今年の文化祭の熱は特に強いモノになると佐久真は感じていた。

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