第387話 オレの事もバレてる?

「申し訳ありませんな、女郎花社長。我が社の幹部陣は本日、半数以上が出払っておりまして」

「そんな事はありません。むしろ、人材の質の高さに興味をもっての来訪です。突然のことでもありますのでお気遣いは無用ですよ」


 女郎花は黒船と共に社内を歩いていた。その後ろからは秘書の轟が補佐する為に後に続く。


 説明会を得て黒船の会社に興味を持った女郎花は、本日の帰国を半日ずらして訪問にやって来たのである。


「あのレクリエーションを行った、姫野さんと加賀さん。二人が一般人社員と言うことには驚きました」


 他では役職がついていてもおかしくない程の“人材”である二人。しかも、二人とも二十代と言う若さだ。『プラント』に来てもかなりの成績を出せるだろう。


「ふっはっは。女郎花社長にそう言って貰えると、我が社としても誇らしいですな!」


 会社の規模で言えば『プラント』の方が圧倒的に上だろう。しかし、社員にかかる負荷や長い目で見たときの仕事のしやすさは、黒船の会社の方が理想的と言えた。


「この様な状況を維持するのは並大抵な事ではありません。黒船社長はどの様な見聞を得て、この会社を?」

「父の後を継いだだけです。適当に負債処理をして、私色に染め上げただけですよ」


 一から作り上げたのではなく、もとあったモノを引き継いで今の形に構築したと黒船は何でもない様子で笑う。

 彼はそう言うが、それは簡単に出来る事ではない。途中で大きく傾くか、人が離れるか……会社として大きな黎明期に入るのは必定。そのまま倒産するリスクもあったハズだ。


 当時に今の形にすると考え、宣言した時は間違いなく理想論であっただろう。

 ソレを昔から働いていた者たちを納得させつつ、利益を落とさず、顧客も満足させなければならない。

 上から色を塗り潰す様な簡単な事では無かったハズだ。


「どうしても利益を上げるには規模が大きくなり、規模が大きくなれば陰る場所が出て来ます。しかし、黒船社長は実に理想的な形を走ってらっしゃる」


 しかし、それは黒船正十郎が社長である、からと言っても過言ではない。

 彼の手腕とカリスマ性は類を見ない天与の代物。女郎花も自分が主体となるからこそ、自社の『プラント』を維持できている事を強く理解していた。

 そして、自分が居なくなれば『プラント』は間違いなく衰退するだろう、とも。


「些か早計な話ですな! 私としましては、これが理想の終着点ではないのですよ」

「これ以上に先を見据えていると?」

「女郎花社長も同じではないですかな?」


 なるほど……彼もまた己の理想の“未来の未来”を見ている者か。


「そう言えば、海外展開を成されたとか」

「少々、博打なモノでしたよ! しかし、より良き社員の尽力で何とか軌道に乗せる事は出来ました」

本社こちらからも人手を?」

「ええ。我が社のノウハウを知る者は必要でしたからな!」

「やはり、古参の方を派遣なされたので?」

「いえ。若い者を派遣しましたよ! 彼から名乗り出てくれましてね! 三年間の勤務で実に良い地盤を整えてくれました」

「ふむ。一度お会いしたい所です」

「構いませんよ」


 すると、3課のオフィスが見えてきた。

 轟が、お待ち下さい、と言って女郎花の来訪を3課へ伝えに行く。すると、鬼灯がやって来た。


「お待ちしておりました。私は鬼灯詩織と申します――」






「来たぜ、ヨシ君」

『ふむ。女郎花教理の様子はどうですかな?』

「鬼灯先輩と接触中だ。今のところは変な動きはなし」


 オレは内線でヨシ君とコソコソ連絡を取り合っていた。

 来やがったか、女郎花のヤロー。表向きは大企業の社長なので、面と向かって下手なことは言えないが……鬼灯先輩に何かあったら、会社全体を敵に回すぞ!(特に男性陣)


『課長の話では、例の襲撃の件は穏便に纏まったらしいですぞ』

「殺されかけたのに、どんな示談が成立したんだか……」

『『プラント』支部への派遣の待遇と優先権の確約。襲撃者の保釈と表沙汰にしない事を含め示談金として5億ほどで手を打ったそうですぞ』


 やばぁ……真鍋課長の凄さがそれだけで解る。流石は4課アベンジャーズの長。絶対に敵に回したくねぇ。


『故に社長も今回の件は水に流したそうでして、同じ傑物同士、馬が合うのでしょうな』


 言われてみれば、社長と女郎花は同じレベルの人種と言っても違和感がない。

 地上でせっせとホワイトな働きアリに準じるオレとしては、天空に座す者たちの聖域には不干渉で良いだろう。


『それにしても、名倉課長が不在なのは不幸中の幸いでしたな』

「ホント、それだよ」


 名倉課長からすれば、娘のショウコさんに悪夢を植え付けた張本人だ。互いに顔や事情も知ってるし、何が起こるのか気が気でならなかった所である。


『この様な事は考えたくないのですが、事を大きくしないために名倉殿の不在を狙っての来訪と言う線はありますかな?』

「ははは。そんなワケ……」


 いや……あるか。奴ら、オレの所に同棲しに来たショウコさんへ次の日には接触してきたのだ。尋常でない情報網が敷かれてるのやもしれん。

 あ、これってオレの事もバレてる?


「ヨシ君。念のためにサマーちゃんに連絡しておいて。女郎花が結構近くにいるって」

『お任せを』

「鳳君。ちょっと良い?」

「え? あ、はーい! 今行きます!」


 椅子から立ち上がり、呼ばれた鬼灯先輩を見ると、社長と轟先輩、そして女郎花教理ヤツが居た……


「ヤベ……ヤツの前に呼ばれた」

『ご武運を』


 鬼灯先輩に呼ばれている以上、断る選択肢はない。

 オレは内線を切るとオフィスに入ってきた女郎花と素顔で対面する。

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