第368話 熊吉とジジィの因縁
「戻りました」
オレは会社に戻ると迎えの行くことを勧めてくれた姫さんへお礼のココアを持っていく。彼女がコーヒーは苦手で甘いものが喜ばれるのだ。
「お帰り。リンカさん、どうだった?」
「ちょっと辛そうでしたけど、概ね大丈夫そうです。一応、知り合いに引き継いできましたから」
「よかったね」
「はい。姫さんのおかげです」
報告しながら2課の席に座る。
そんじゃ、心残りも消えた事ですし、改めまして作業を再開しますかね!
「お。居た居た。ケンゴ、ちょっと良いかー?」
エンジンかけ直し、いざ発進! と言った所で2課オフィスの入り口から声をかけてくる獅子堂課長の言葉にコケた。
「……なんでしょうか?」
「ガハハ。少し話せねぇか?」
オレは姫さんに断ってから離席。そのまま外の非常階段まで獅子堂課長に連れて行かれた。
「誰にも聞かれたくないんですか?」
「あんまりな。お前、今年は『神ノ木の里』に帰んのか?」
そっちの話か。確かにあんまり聞かれたく無い事柄だろう。
「一応、ガンコジジィには話をつけましたよ。年末は里で過ごす予定です」
「そうか……それでか……」
「何かあったんですか? まさか……“楔”を全部引っこ抜く事態に――」
「ガハハ。ジョーがブチ切れたらやらなくは無いけどな。今の所、アイツはソレをする気はない。お前の事を最後にな」
社会人になってから知ったのだが、あの船での出来事は日本では報道規制がかけられた様だった。
オレ個人で、あの件が世間にどれだけ広まっているのかを調べてみて発覚した事である。
「無茶苦茶なジジィですよね」
「ガハハ。アイツは誰よりも家族を愛してるのさ。ファミリーラブウォーリャーだ」
「ぶふっ! 煽りに使いますよ、それ」
「おお、言ったれ、言ったれ。事実だしな」
二人してしかめっ面のジジィの怒髪天をつつく算段をするが、それじゃ本題に戻すぜ、と獅子堂課長は少し真面目になった。
「でだが、ヤツはまた無茶をしようとしてやがんのよ」
「何を企んでるんですか?」
「明日から一週間、『神ノ木の里』は特定の者以外、外部からの侵入を制限される」
その言葉にオレは耳を疑った。
「ちょっ! それって……ついに国が本気でジジィを潰しに――」
「違げぇよ。昔ならいざ知らず、今の日本がジョーへ強行手段を取る利点は全く無ぇからな。この規制はジョーから国に申請したモノでな」
「なんですかそれ……」
意味わからん。
「熊吉を覚えてるか?」
「ああ……覚えてますよ。ジジィがボコボコにて北に逃げて行った熊ですよね?」
今から8年程前か。
ばっ様の誕生日に山菜を使った豪華なパーティーをジジィとシズカと画策し、山の中で魚や山菜を、うひひー、と大量に採ってたら、赤カ○トみたいな熊吉と遭遇した。
あまり行かない所まで行ったので縄張りに入ったらしい。しかし、山の主は我らがじっ様。シズカも居たので戦闘となった。
突発的なエンカウントだったので、手持ちは鉈とナイフだけだったが……ジジィは一方的に熊吉を刻んでたっけ。オレは迷惑にならない様に囮とか石とか投げて度々注意を引いた。その間シズカは、ばっ様の元へ報告にダッシュ。
徐々に押されるジジィの圧に負けた熊吉は本能から逃走。
ばっ様が駆けつけて、アンパ○マン! 新しい顔よ! と猟銃をジジィへ投げ渡す。
しかし、銃口を向けた時には熊吉は木々の向こう側へ逃走。日も落ち始めた事もあって当時は追撃しなかった。
「熊吉は一度、里に下りてきた事もあっただろ?」
「獅子堂課長が追い返したって聞きましたよ?」
「ぶん投げてな」
マジぃ? アレを……立ち上がれば2メートル30は越える熊吉を……投げた?
「自分より体格のいいヤツを投げたのは初めてだったぜ」
ガハハと笑う。
不憫なり、熊吉。獅子堂課長に投げられて、ジジィに死ぬほど刻まれるとは。
「その後は一週間は警戒してましたけど、痕跡から完全に山から去ったと結論が出ましたよね?」
オレが熊吉の立場だったら二足歩行で走って逃げ出す。だってゲンじぃとジジィを殺す手段なんて、寿命以外にねーもん。
「どうやらヤツが帰ってきたらしい。ジョーが遭遇してトキと一緒に殺り合って片眼を潰して一旦は追い返したんだと」
なんで文明圏で物理的な弱肉強食やってんですかねぇ。恐ろしいジジババだよ。
「だが、ジョーが言うには熊吉のヤロウ、仲間を引き連れて戻ったみたいでな」
「うげ。熊ってそんなに頭良いんですか?」
「知らねぇよ。けど、現実に群で来てんだ。そう言う事なんだろ」
オレの知らない所でグリズリーウォーが行われようとしているのか。
「それなら警察とかじゃないんですか? 普通」
「普通はな。だが、熊吉は普通じゃねぇし、ジョーも普通じゃねぇ」
なんだろ……『普通』の定義がわかんなくなってきた。
「ジョー曰く、自分を的にしてるなら、他に被害が出る前にまとめて消す、っての言い分らしい」
「わぁお……」
ホントにいつまでも経ってもヤンチャなお祖父様だ事で。
「だから、今回の件は『神ノ木の里』で納める予定らしい。ジョーを筆頭に銃を使える男衆で少しずつ山をローラー作戦していくんだと。里の外に身を寄せられる場所があるヤツはそっちに行って貰って、それ以外の身内は護衛をつけて公民館に避難だ」
「護衛ですか?」
「俺や、過去にジョーが殺りあった奴らに協力を頼んだらしい。直に実力を知ってるから信用出来るとか言ってな」
「そりゃそうですよ」
全盛期のジジィと殺り合って生き延びた人間など、本当に人間か怪しいモノである。
「俺は明日から一週間の有給を取る。社長には事情は話してあって承諾済みだが、表じゃ家族旅行って事になってるからお前もそのつもりで周りと話を合わせてくれ」
「……ゲンじぃ、オレも――」
「ケンゴ。お前は来なくて良いぞ」
獅子堂課長はオレの肩に、ポン、と手を置く。
「コイツは俺たちでケリがつく問題だ。ジョーから銃を習ったとは言え、免許が無いと違法だからな? お前が来てもやれることはねぇ」
「……そうですか」
確かに、じっ様が殺られる事など考えられないが……何だろうか。少々胸騒ぎがする。
「この件で『神ノ木の里』には連絡するなよ? 今の今までジョーどころか、トキも何も言わなかったのは、お前に心配をかけまいとする親心だ」
「……それが一番、らしくないんですよねぇ」
「ガハハ。ごもっともだな。それに、今まで会えなかった分、今年は安心してお前を迎えたいんだろうよ」
と、獅子堂課長はオレの肩から手を離して歩いて行く。オレはその背中に頭を下げた。
「じっ様の事をよろしく頼むよ、ゲンじぃ」
「そう心配すんな。俺たちの世代は最強だからな」
そう言うと手を上げてゲンじぃは自慢の上腕二頭筋をムキらせて、キラリッ! と歯を光らせて笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます