第362話 北陸の彗星

「……………………………………」


 リンカが倒れた事を聞いた大宮司は午後の休み時間を利用して保健室に見舞いに来ていた。

 しかし、閉じた扉を前に棒立ちし、どう切り出したモノかと考えていた。


「大宮司君。そこに立たれると邪魔よ」

「!? ほ、鬼灯……」


 考え事が過ぎたのか、クラスメイトの接近にも気づかず驚いて距離を取る。


 鬼灯未来ほおずきみらい。三年生で最も美しく、男女共に話しかける事さえも憚られる天空に咲く花である。

 当人は超絶な天才でもあり、授業は特別に免除。出席数を稼ぐために登校し基本的には図書室に居る。通称、図書室の姫。

 今は紙袋を片手に持っていた。


「怪我でもしたの?」


 人形の様に感情の無い声。しかし、これが彼女のデフォルトなのだから大宮司は特に気にしない。


「いや……何でもない。お前、その袋は……」

「あの時の店の品物よ。父から届いたって連絡があったから、一度取りに帰ったの。学校の許可は取ってるわ」

「そ、そうか……」


 大宮司は機会を損ねたと考えてその場から去ろうとして――


「聞きたい事があるんじゃないの?」


 鬼灯の言葉に足を止めた。

 リンカ達1年生が宿泊研修中、二年と三年生は修学旅行が行われていた。日程は少し長めの三泊四日。二年は国内。三年生は、海外と国外のどちらかで、大宮司と鬼灯は海外のコースへ行った。


“キミ、ニックスと知り合い?”


 そこで、なんと彼の事を聞いたのだ。


「まぁ……今度で良い」

「それ、前も言ってたわ。後で後でってやってると卒業式になるわよ」


 すると、鬼灯は保健室の戸を一度ノックする。


『どうぞ』

「失礼します」


 返答を貰ってから開けると、机に向かって業務をしている土山が顔を向けてくる。


「鬼灯さん。どうしたの?」

「こちら修学旅行のお土産です。あちらの都合で届くのが遅れまして」

「あらー。ありがとう」


 それは本場で作られたバームクーヘンだった。それなりのブランド物であり、市販の物に比べて5倍の値がする。


「代金渡すわね」

「いえ。無償で貰いましたので」

「本当に?」

「はい。大宮司君のおかげで」


 開いた扉の前でどうしようかと立っている大宮司へ二人の視線が向けられる。


「あらあら、そんな所に立ってないで、入りなさいな」

「は、はい……」


 大宮司は保健室へ入ると視線はカーテンへ向けられる。


「そこは今、使用中よ」

「……わかってます」


 土山はバームクーヘンを箱ごと冷蔵庫へ入れるとパタンと閉めた。


「土山先生。バームクーヘンはいつ食べますか?」

「そうね。放課後にしれっと頂こうかしら。鬼灯さんは放課後に予定は――」

「ありません」

「ふふ。大宮司君は?」

「え? あ、俺は……特には……」

「大宮司君。貴方のおかげでタダになったのだから、貴方は食べないとダメよ」

「強制か……」


 すると、休み時間が終了なチャイムが鳴る。


「マズイ! 失礼します!」

「大宮司君。時間はちゃんと見ないとね」

「こういう時はお前が羨ましく思うよ!」


 大宮司は慌てて保健室から出て行った。鬼灯も、失礼します、と頭を下げると扉を後ろ手に閉めて図書室へ。


「土産話も期待出来そうね」


 土山は戸棚に仕舞ってある、お茶の道具を確認した。






「…………」


 リンカは前触れもなく目を覚めました。

 全身が気だるい。頭には冷えピタが貼られているが、ひんやりは既に失われている。

 場所は学校の保健室。時計を見ると一時間ほど経過しており、開いた窓からそよ風が髪を撫でる。


「……持ってきてくれたんだ」


 ベッドの横には自分の荷物があった。眠ってる間にヒカリが持ってきてくれたのだろう。


「……はぁ……」


 眠る前よりも気分が悪い。熱は相当上がっていそうだ。眩暈から眼を腕で覆う。ヒカリは母に連絡がついただろうか?


『こっちです。一人で歩くのも辛いみたいで』

『本当ですか? 早く、帰らないと』


 箕輪先生と……幻聴が聞こえる。彼の声だ。今日は平日で仕事のハズ。こんな所に居るハズがない。

 ノック。土山先生が入室を促し、扉がガララ、と開く音。リンカは上体を起こす。


「失礼します。土山先生」

「ご苦労様、箕輪先生。そちらの方は……お兄さんですか?」

「まぁ、そんな者です。一応、名刺を――」

「彼は信用出来ますよ」


 そんな会話がカーテンの向こう側から聞こえた。すると箕輪が、シャーッとカーテンを開く。


「鮫島、大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないかもです。幻聴が聞こえます」

「幻聴?」

「お! 丁度起きてるね、リンカちゃん」


 箕輪の後ろからケンゴが覗き込んできた。


「タクシーを待たせてるから帰ろうか」

「……仕事はどうした……」

「ちゃんと説明するよ。今は帰ろう」


 色々な疑問が浮かんだ事で、弱ってる脳は即座にオーバーヒート。

 再び意識が朦朧とし始めると、視界は歪み、ゆっくりと暗転して行った。





 リンカを迎えに行く三十分前――


「どうしました? セナさん」


 ファン伯父さんに媚を売ろうした矢先、セナさんからの電話にオレは対応する。


『ケンゴ君。無理を承知で聞くだけ聞くけど、リンちゃん迎えに行ってくれないかしら~?』

「何かあったんですか?」

『風邪みたいでね~。倒れて保健室に居るみたいなの~』


 今朝挨拶をしたときは普通だった。急に風邪を引くなと、少し考えがたいが……成長期ならそう言う事もあるのかもしれない。


「すみませんけど……オレも仕事で。流石に難しいと思います」

『そうよね~。ごめんなさい。別に良いのよ~。ママさんチームを当たってみるから~』


 説明しよう! ママさんチームとは!!

 鮫島、谷高、音無の御三家の御母堂チームの事である! 特に鮫島家と音無家はシングルマザーと言う事もあり、無理のない範囲で協力をしましょ~、と言うセナさん招集の元に結成された!(盃は交換済み)


「セナさんは無理なんですか?」

『今、物理的に遠くにいるから~。今から向かっても夜中になっちゃうの~』

「風邪で一人は確かに心配ですね」


 出来れば誰かが付きっきりで看病してあげれば一番良いのだが……オレも今日は仕事が重なってるから残業の予定だ。

 前にショウコさんの事で急に休みにしてもらった事もあって、ここはキチンとしておきたい。


『ごめんね~。急に無理言っちゃって~』

「いえいえ」


“鮫島ァ! 今日こそケリをつけてやるぞ!(ブォン! ブォン!(バイクのエンジン音))”


「……セナさん。今どこに居るんですか?」

『青森の頭~』

「……誰かに絡まれてません?」

『ちょっとやんちゃな子猫ちゃんにね~』


“余裕こいて電話なんぞしやがって! 客を装ってお前をここまで連れてきたんだ! 『北陸の彗星』はアタシが頂く! さっさとタクシーのエンジンをかけろ!”

“お巡りさ~ん”

“あ、ちょっ! お前!”


 そこで通話は、ツー……ツー……。あっちは大丈夫そうだな。

 そして改めて、セナさんの過去が超絶気になった。

 丁度昼休みも終わる時間なのでオレは早めに本日のヘルプ先である2課へ戻る。

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