第141話 鳳の意味

「申し訳ないと思いましたが、親類関係を調べさせてもらいましたよぉ。“鳳”と言う苗字の親族は彼を除いて居なかった」


 ナガレは役所に少し強引な手を使い、老人の近い血筋の家系を調べていた。

 政界では“鳥”を連想させる名字と関わる際には『神島』の縁を事前に調べるのが通例となっている。


「23年前にあの船に乗っていた大鷲家は全員亡くなってますね? そして“鳳”が出てきたのも同年でした」


 意外と老人はナガレの発言に否定的でも敵意を抱く様子もなかった。

 まるで、与えた問題の答えを導き出した生徒の解答を聞く教師のような雰囲気である。


「鳳凰は不死の鳥。しかし、死なぬのではなく、死んで生き返る事で不死と呼ばれている」


 まるで謎かけである。しかも、例の事件と関連性を結びつけるには何度も『神島』に触れると言う、綱を渡りきらなければならない。


「普通なら気づくことは無かったでしょう。私みたいに、底の底まで事情を知らなければ」

「それで、お前は何が言いてぇ?」

「この件は、貴方が国を動かしてでも消した。踏み込んだ先に銃を向けた貴方が待ち構えていたら、と思いノックをしてみたんですよぉ」


 鳳とは限られた者だけに伝わるメッセージだとナガレは推測している。あの慰霊碑と同じで、老人の残した“本気で真意を求める者”だけが辿りつける手がかりだ。


「神島にここまで踏み込むたぁ……お前は今の地位を全部捨てる覚悟があんのか?」

「そっちに未練はないっス。ただ――」


 するとナガレは決して逃がさぬ眼で老人へ凄む。


「父の死に意味はあったのか。それだけが知りたいだけだ」

「――お前はガイよりも根性があるな」


 父親と目の前の男を比較する老人は笑う。その様子に老婆は、おや珍しい、と少し驚いた。


「別にワシの許可なんぞいらん。聞きたきゃ勝手に聞きに行け。ただ――」

「ただ?」

「あのマヌケがあっさり喋る保証は無いがな」

「貴方が口止めを?」

「その程度の扉なら何かの拍子に口を割る。言っとくが、ヤツには“古式”を仕込んである。北風と太陽じゃヤツの扉は開かん」


 あの船の真実。それは、アレの心の奥底に沈む固く閉ざされた扉の先にあるのだ。


「あの扉に鍵はなく、内側からしか開かん」


 何が起こったのか……最も側で育てた老人と老婆にさえ語ろうとはしない。

 その真実を受け入れてくれると思える人間が隣に居ない限りは――


「あらら……それマジですか、ジョーさん」


 すると、ナガレは上空から照りつける太陽を見上げた。


「それなら月に頼るしか無いかよぉ」






「終わった……」


 テスト期間最後の日を終えたヒカリは机に伏す。教室ではテストと言う名の試練から解放されたクラスメイトが、解放感を味わっていた。


「ヒカリ、どうだった?」


 そんな親友にリンカは声をかける。


「バッチリよ。赤点はない……」

「あたしも、赤点は無いけど。上を目指せる感じじゃなかったなぁ」

「でも英語は感触良かったよ。ダイヤさんのおかげだね」

「うん」


 ダイヤの授業は凄く分かりやすかった。当人は妹がいるそうなので、年下に教えるのは慣れているんだろう。


「今日はもう終わりかぁ。リンはこれからどうするの?」

「普通に帰るかな。特に用事もないし。ヒカリは?」

「今日は撮影。今月はテストあるからママが意図的に外してくれたからちょっと疼いててね」

「フレームに収まってないと、駄目な身体になってるじゃん」

「リンも来る?」

「あたしはいい」


 8月の特別号の売上は、やはり凄まじかったらしい。初版は予約だけで完売し、増版は店頭に並んで二日で完売した。地方限定の販売であったこともありメルカリでは定価の10倍の値がついている。


「わたしはリンと一緒に載って嬉しかったけどなぁ。撮影もケン兄と一緒で楽しかったよ」

「まぁね」


 ヒカリに言われて夏の撮影を思い出す。その中で強く記憶を呼び起こされたのは、あの月夜で彼が初めて自分の事を語ってくれた事だった。


“思い出せないんだ。いつ二人が死んだのか”


「……あまり、つついて欲しくはないよね」


 顔には出ていなかったが、悲しそうな彼の口調から、こちらから踏み込むのは良くないとリンカは察していた。


「また一緒に写ろうよリン。中学の時ってリンは本当に、もさっとしてたからさ。垢抜けした今のあんたをフィルムに永久保存しておかなきゃ」

「その説はご迷惑をおかけしました。おかげさまで今日も元気です。でも、撮影はまたの機会に」

「ちっ、思い出と友情に訴える作戦は駄目か」

「見え見え」


 二人は、あはは、と笑い合った。


「それに来週はお母さんの誕生日だから。そっちに集中したいの」

「え? セナさん来週、誕生日なの?」

「うん。中学の頃はあたし、自分の事ばっかりだったから。ちゃんと祝ってあげられなくて」


 本当は一番近い自分が祝福してあげるべきだったが、心が沈んでいた三年間は表面を取り繕うので精一杯だった。


「正直、何を贈ったら良いのか検討つかないな」


 お酒が好きなのはわかるが……なんか違う気がする。特別な料理と言うのもいつもの延長だ。うーむ、やっぱり何を送られれば一番喜ぶのかを理解しているのは――


「お父さん……なのかなぁ」


 顔の記憶も曖昧な父。父の話をする時の母はとても嬉しそうだ。今どこで何をしているのだろうか。


「居ない人を頼ってもしょうがないか。鬼灯さんに相談してみよ……」


 居ない人間に頼るのは無理なので、同性で良い助言が貰えそうな友達に頼る方へシフトした。

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