第111話 好きな人でも出来た?

 教室の黒板には『自習』という文字がでかでかと書かれていた。


「それじゃ宿題をやってない人、忘れた人は来なさい。一週間、先生の授業は写経をしてもらう」


 国語担当の寺生まれのT先生からの夏休みの宿題を甘く見ていた男子数名は反省室へ連れていかれた。

 T先生の宿題は読書感想文と言う、比較的に簡単な部類であったが、それさえもサボってきた生徒にはキツイお仕置きが待っていたのだ。

 やっていたクラスメイト達は、あぶねー、と地雷を回避したかのように安堵する。


「他は自習をしていなさい。しゃべるのは構いませんが、迷惑行為を報告されたらその人も写経です。図書室を利用するなら廊下は静かに移動するように」


 自習と言う名の自由時間はほどほどに謳歌しろ、と言う事らしい。T先生のアメとムチの落差を経験するのは一年生が多いとか。


「ヒカリ――」


 リンカはヒカリを誘って図書室に行こうかと思ったが、彼女は別のグループと会話を始めていた。

 本来、物静かなリンカと何かと女子の中心になりがちなヒカリは幼馴染みと言う事以外はあまり接点はない。


「そう言えば、頼んでたヤツ入ってるかな」


 リンカはふと、ダメ元で頼んでいた本があった事を思い出す。

 図書室は要望があれば様々な本を入荷する。図書委員会と学校側が認めた場合に限るが、リンカは確かめる意味でも図書室へ。


「あ、徳道さん」

「さ、鮫島さん」


 教室を出ようとした所、読書仲間の女子生徒である徳道湖子とくみちここと扉を取り合った。


「図書室に行くの?」

「う、うん」

「一緒に行かない?」

「うん」


 クラスの図書委員でもある徳道は、前髪で眼を隠す小柄な文学少女である。

 教室の隅でいつもポツンと本を読んでいる徳道であるが、本を読むリンカとは度々図書室で顔を会わせていた。


「貸してくれた小説、面白かったよ」

「ホント?」

「うん。あれって続きないの?」

「い、いま出てるのが最新だから」

「そっか」

「さ、鮫島さんは、気になるキャラとかいた?」

「うーん。強いていうなら主人公かな。能力をほのめかす描写はあるけど、いまいち凄さがわからなかったなぁ」

「ジンは……ロイやジェシカとは違って国の政治に関わる様になるかも……」

「そっか。あの三人に知識を分散されたのは、それぞれの視点で世界の仕組みを説明するため……」

「鮫島さんもそう思った?」

「でも、そう考えるとさ――」


 二人はマイブームな小説『呼び水の魔王』に関する事で会話を盛り上げているといつの間にか図書室についた。






 図書室の姫の事はリンカも知っていた。

 彼女が居るかどうかで図書室が聖域へと変わり、利用する者全てに神秘を感じさせる。


「……なんでいるんだろう?」


 リンカは授業中にも関わらず、受付に座っている三年生の鬼灯未来を見て疑問の眼を向けた。


「ほ、鬼灯先輩! じゅ、授業は!?」


 徳道が勇気100%で話しかけた。ミライは図書委員にとっても普段は話しかけることすらおこがましい神の様な存在。彼女の意思が図書委員の意思と言ってもいい。

 そんな彼女の神聖を知る徳道の行動はまさに常識を越えた挑戦と言っても良いだろう。

 リンカは、鬼灯? と初めて姫の名を知った。


「徳道さん」

「はいぃ!」


 本から眼を離さずにミライは徳道に応じる。リンカは、行儀悪いなぁ、と一般的な観点で見守った。


「私の事は気にしなくていいわ」

「は、はい!」

「いや、普通気にしますよ」

「さ、鮫島さん!」


 思わずツッコミを入れてしまったリンカを徳道は見る。すると、


「鬼灯、これって本当に許可されたヤツなのか?」


 そこへ、図書室の整理をしていた大宮司が一冊の料理本を持って現れる。


「大宮司先輩」

「ひぇ……」


 リンカは普通に反応するものの、徳道は校内で最も危険な男――大宮司を見て素直に気を失った。


「徳道さん!?」

「どうした!?」


 駆け寄る二人にミライは相変わらず本から眼を離さず、


「大宮司君。保健室に運んであげて」


 と、ページをめくった。






「……」

「……」

「……」

「……あの」

「なに?」


 大宮司先輩が徳道さんを運んで行ったため、あたしは鬼灯先輩と二人きりだった。そして、先輩は何故かカウンターから出てきてあたしの正面に座った。


「鬼灯先輩って……お姉さんいます?」

「最近、同じことを聞かれたわ」


 何気なく振るった話題は既に認知済みだったご様子。会話のキャッチボールをスカされた。


「すみません……そう言う話題はよくないですよね」

「あの人の事。知ってるの?」


 鬼灯先輩は本を読みながら会話しており、意識半分だけこちらに向いている様子だ。


「身内がお世話になっていまして……」

「どんな風に?」

「えっと……会社の上司と部下らしいです」

「そう」


 うぅ……会話が続かない。大宮司先輩、早く戻ってきてくれないかなぁ。


「貴方は学校は好き?」


 すると、今度は先輩から話を振ってきた。


「えぇ……まぁ」

「そう。私は退屈よ」


 中二病みたいな事を言い出すが、鬼灯先輩の無機質な様子と相まってその様には感じられない。


「私がいると皆が迷惑するわ」

「でも、授業に出ないのはまずくないですか?」

「高校で覚える事は何もないもの」


 さらっと、とんでもない事を聞いた気がする。


「でも……学園祭とかスポーツ大会とか……色々ありますよ」

「そうね。貴女は変わったわ」

「え?」


 あたしは思わず聞き返した。


「いつも影があったわ。けど、今は心が太陽みたいよ」


 入学初頭の頃は表には出さなかったが、心は真っ暗だった。それを見抜かれていたとは……


「好きな人でも出来た?」

「え!? まぁ……出来たと言いますか……元から居たと言いますか……」

「そう」


 今のは先輩流のからかいなのか? 先輩の表情は全く変わらないので意図は読み取れない。


「私はそう言うのわからないから」


 先輩はページをめくる。

 なんだか、AIと話してる感じだなぁ。他とは一つの壁を挟んでいるような……

 すると、先輩は読んでいる本を閉じると、あたしの方に向けて差し出した。


「あ……これ」

「面白かったわ。図書室に置くからいつでも借りにいらっしゃい」


 読後感に満足したのか、鬼灯先輩は少しだけ感情を出した様子。それは――


「やっぱり、お姉さんに似てます」

「――そう。かしら?」


 鬼灯先輩は驚いた表情で少し考えると、嬉しそうに微笑んだ気がした。


「借りて行く? それ」

「あ、はい」


 そして、あたしはダメ元で頼んでいたお菓子の料理本を借りることが出来た。


「ところで、貴女の名前は?」

「……鮫島です」

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