第12話 胸部装甲

 出張帰りのセナさんは、明日が休みと言うことで昼から酒を飲んで寝ていたらしい。


 リンカは呆れていたが、オレ達はセナさんが必死に働いて今の生活を維持している事を知っている。

 なので、夕飯はオレらで用意することになった。


“こっちは大丈夫。明日、学校でね”


 そのメッセージが届いたのは、スーパーで食材を選んでいた時だった。

 リンカは親友が無事な様子に胸を撫で下ろす。


“うん。学校で”


 と返し、スマホをポケットに仕舞った。


「たこ焼き粉とソースと後、タコ」


 今から凝った料理は手間がかかるので、簡単でセナさんの酒のツマミにもなる、たこ焼きにすることに決めた。


「チーズとかも入れてみるか?」

「そんなに食べきれないだろ」

「余ったらまたやればいいよ」


 オレはセナさんの燃料(酒類)を補充。これは成人してなければレジを通れないのでオレの役目だ。


「ヒカリの事」


 リンカはスーパーから出ると荷物を両手に持ったオレに言う。


「助けてくれてありがと」


 どうやら連絡が着いた様だ。誤解も解けて一安心。


「思った以上に孤立しててびっくりしたけどね」


 祭りの時といい、今回の駅といい、あんなに人がいるのに、何で誰も助けようとしないんだ?

 オレには理解しがたい考えだ。


「誰もが自分と同じじゃない。お前が変なんだ」


 そう言って歩き出すリンカ。しかし、その悪態には嫌悪は感じられなかった。


「でも、やっぱりお前……ヒカリに何か言っただろ」


 ヒカリちゃんが俯いてた謎は返しのメッセージでは解けなかったらしい。

 再び向けられる嫌悪の目。何も悪いことしてないハズなのになぁ。


「特に失言はなかったと思いますが……」


 嫌悪が何に向いているのか解らない以上、下手に出るのが吉。


「しいて言えば……綺麗になったねって、言ったくらいかな」

「…………あっそ」


 と、今度はツンとした雰囲気。もうワケわからん。


「あたしは……どう……」

「ん?」

「早く帰るぞ!」


 そう言ってリンカはつかつかと早歩きで歩いて行く。


 ふー、今日は満月かぁ……


 と、未知の動きを見せる女子高生の扱いに慣れないオレは夜空の月を見上げて現実逃避した。






「おいしー」


 といいつつ、リスのようにたこ焼きを頬張るセナさん。相当熱いハズなんだけどなぁ。酔ったせいで痛覚が麻痺してるのかもしれん。


「お母さん、火傷するよ」

「お母さんは、熱いの平気ですー」


 セナさんはキャラクターTシャツに短パンと言う、ギリギリ服を着ていた。

 豊満な胸部によって、Tシャツにプリントされたウサギは化物みたいに引き延びているが。


「ケンゴ君は美味しいー?」

「ずっと変わらない味ですね」

「……当たり前だろ」


 オレも冷ましながら三年ぶりのたこ焼きを堪能していた。味なんてマヨネーズとソースだけだが、それがまた良いのだ。


「あらあらこの子は」


 セナさんはまた酒を飲む。元々セナさんは酒が大好きらしい。


「お母さん、ソースこぼれてる。染みになるじゃん」

「脱ぎまーす」

「お母さん!」


 唐突にセナさんは脱いだ。

 リンカは指を構えてオレの目を狙うが、先程の教訓を生かしたオレはセナさんが脱ぎ始めた時にサッと両手で目を隠していた。


 開けたら潰すからな、とリンカは言葉を残し替えのシャツを取りに行く。

 エロと失明が交錯する混沌カオスな夕食だぜ……オレは眼球を守りきれるのだろうか……


「ケンゴ君」


 暗闇の向こうからセナさんが話しかけてくる。酔っているが少しはっきりとした口調だ。


「ありがとうね。帰ってきてくれて」

「元から帰るつもりでしたよ。何年かかるかは解らなかったですけど」


 海外転勤に期間はなかった。オレが望めばいくらでも残る事は出来たし、支部の事業が安定しなければ帰ることも出来なかっただろう。


「色んな人に助けられて三年で戻れました」

「ここは好き?」

「ここ以外に、帰る場所は思いつきませんでしたよ」

「そう」


 声からもセナさんが笑っているのが解る。


「ケンゴ君が居てくれたおかげで、私もあの子も頑張れてるわ」


 片親としての苦労は計り知れない事が多い。少しでも彼女たちの力になれていたのならオレとしても本望だった。


「リンカの事、これからもお願いね」

「それはいいですけど……なんか嫌われてるみたいなんですよ……」


 未だに理由が解らない。しかし、セナさんは察しているのか、ふふ、と笑う。


「あの子もまだ子供なの。三年前から何も変わってないわ」


 そうなのか……オレからすれば取り扱い説明書が欲しくなるレベルなんだけどなぁ。


「嫌ってないわよ。ケンゴ君のこと」

「そうですかね」

「そうですよー」


 カシュっと言う音と共に、酔った口調。

 今ので一つ空けたな。と、暗闇での情報収集にも慣れてきたところで、リンカの足音。替えの胸部装甲Tシャツを持ってきたらしい。


「お母さん、手を上げて」

「はーい」

「両手を上げて」

「はーい」


 んっ、キツイわぁ、とセナさんのエロい声が耳に届く。


「もういいぞ」


 リンカの声にようやくオレの世界に光が戻った。

 セナさんはお疲れ様ー、と笑顔で手を振っている。


 リンカは新しくたこ焼きを作り始め、セナさんのTシャツに住むクマさんは豊満な胸による変貌で悪魔みたいな形相でオレを見ていた。

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