「生憎だがオレの恋愛対象はお前じゃない!」

「かんぱーい!!!」


盛大な音頭の下、オレたちはジョッキを片手に乾杯を交わした。


約2時間前。


就職説明会の後、吉谷が何処かに飲みに行きたいと言い出し、その場にいたいつものメンバー+@で呑みに繰り出した。華金だしな。


オレ、舞子、千佳、愛斗、古賀くん、田中さんは舞子の喫茶店に集まってから行くことに。

古賀くんと田中さんは高校からの同級生で、今はなんとお付き合いをもしているらしい。凄い。


そして厄介なのがここにもう1人…

「シェンパイ?♡来ちゃった♡」

なんとハンターも合流。しかも何故かオレの右腕にまとわりついている。イケメン好きなハンターのことだから、普通は愛斗と古賀くんの間に挟まれに行くだろうに。


「ちょっと鮎川さん、もう酔ってるの?

ごめんけど一旦離れてくれるかしら」

「え〜でも〜みらい〜、シェンパイから離れたくないい〜」

予想外の自体に頭が混乱する。

千佳と愛斗はオレに恋人がいることを知っているからかオロオロしているし、その恋人である舞子からは何だか雪女のような冷たい圧を感じるし…ゴメンて。でも不可抗力なんだ!


「鮎川さん、でしたっけ?祐がいつもお世話になっております」

そんな雪女ハリケーンを纏わせながら、オレら2人に近づく舞子。

「シェンパ〜イ♡誰でしゅか?このおばしゃんは」

「お、おま…!!」

冷え切った空気が更に凍りつく。

舞子はにこやかな笑顔を貼り付けたまま、


ガンッ!!!


とホットドリンクを乗せたおぼんをテーブルに置く。

「あっづ!!? 舞子何すんだ!!?」

「ど〜も〜いつも祐がお世話になっております。裕の恋人の舞子と申します^ ^」


オレの悲鳴を背に、舞子は怒りを抑えた声で低く言葉を紡ぐ。きっとその目は笑っていないのだろう。その目線をただ1人で受けているハンターも酔いが覚めたのか、青白い顔をしていた。身長差は約20cmある2人。ハンターからすれば得体のしれない恐怖が頭上から降り注いでいるのだろう。


「裕くん裕くん」

背後から袖を引っ張られ振り向くとアイス嚢を持った千佳。

「舞ちゃんがドリンクこぼした時、「熱っ!!?」て言って左手首を庇うように右手で掴んだでしょ?もしかしたら、火傷したかもって思ってアイス嚢持ってきたんだけど…」

「よく見てたな…まあ、でもありがとう。助かったよ」

「どいたま〜☆ それで?あの2人まだ何かやってんの?」

「ああ…しかも原因、多分オレっぽい…」

「ええ…どゆこと…ハ!まさか裕くん!浮気してるでしょ!そうよね!」

「はっ?!ちげーよ!オレはそんな軟派な野郎じゃねー!」


「裕…?」「先輩…?」「ゆうちん…?」

一気に3人の目線がオレに集まる。


「浮気…しているのかしら。」と舞子。

「あれ、先輩の一人称「おれ」でしたっけ?

それに口調が違うような…」とハンター。

「やっと…やっと俺のことを…!」と吉谷。


「あ、いや、えっと…」

しどろもどろになるオレ。


「と、とにかく!もう時間だから!さあ行こう!」

ドライバーの吉谷の手を掴み、慌てて店外へと逃げ出す。外はすでに暗闇に包まれ始めており、東の空には月が浮かんでいる。あと数日経つと満月になるだろう。


「月が綺麗だな」


「えっ!!?」

驚いて吉谷が声をあげる。


日本語では「月が綺麗だ」という言葉を、

「貴方のことが好きです」の意味と捉える

奥ゆかしい文化がある。あの有名な文豪、

夏目漱石が「I love you.」をそう訳したのが発端らしい。


おかげで今、吉谷から完全な勘違いをされている…


「ゆうちん…やっと俺のことを」

吉谷の目が潤んだ気がする。


まったくコイツは…

どれだけオレが好きなんだよ笑


でもいい加減伝えないと。


「吉谷」


掴んだ手を放し吉谷に向き合う。


「は、はい!」


「…オレのこと、好きになってくれてありがとう。その気持ちは素直に嬉しいと思う。」


神妙に聞いている吉谷。


「でもな、生憎だが俺の恋愛対象はお前じゃないんだ」








「…知ってましたよ。最初から」


ハハッ…と泣き笑いを浮かべる吉谷。

無理矢理作っているその表情に心が痛む。


「俺と最初に会った時から、いやその前からゆうちんには好きな人がいるんですよね?

初めは奪ってやろうと思ったりもしたんですけど、段々「無理だな」って思っちゃって。

だからはっきりと言ってくれて嬉しかったです。」


「吉谷…」


「ハハ…、泣かないでください。「好きな人」に見られちゃいますよ^ ^」


吉谷の背後を見ると舞子やその他が、走って追いついて来るのが見えた。


「もうっ!裕ったら急に走り出すんだから…

あれ、裕?どうしたの?目が潤んでいるわよ?」

「いや、別に…なんでもないよ。今日の月が綺麗で感動の涙を流してしまったからだな」

「全く…嘘がバレバレよ。まあいいわ♪これで許してあげる♪」

「ま、舞子、歩きづらいって…笑」

「ちょっと!私の先輩に何すんのよ!このノッポミンゴ!私も腕組みするわ!」

「ハ、鮎川さん!?…ってノッポミンゴってなんだ?」

「さあ?女狐のいうことは分からないわね」

「女狐!?ねぇ、先輩!このノッポミンゴが「女狐」って言ってくる〜♡未来、こわ〜い♡」


「ノッポミンゴ」と「女狐」に挟まれながら、オレは吉谷の車に乗り込んだ。


その後一向は飲み会会場へと向かった。


この時オレは知らなかった。

この日が吉谷と会う最後の日になることを。


(本編終了)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る