第50話 ラスボス

「森の中の魔物を狩りつくせ!」


実践訓練の許可を取り付けたアイバス子爵の騎士団は死の森へと踏み入り、怒号の勢いで魔物達を狩って行く。


「そろそろ休憩をとらせた方が宜しいかと」


近辺の魔物を狩りつくしたところで――魔物を呼び寄せるマジックアイテムを使って狩りをしている――騎士団の副長が団長へとそう提言した。


「なんだと?」


副団長の提言に、団長が不機嫌そうに答えた。


「心中はお察しいたしますが、無理をさせて死傷者が出るのは損失以外の何物でもありません。そうなると、アルゴン様の評価に……」


「む……そうだな。私とした事が、頭に血が上っていた様だ」


騎士団はアイバス子爵家の長男である、赤毛の大男、アルゴン・アイバスが団長を務めている。


「これ以上マイナスを重ねる訳にはいかない」


アイバス子爵は既に高齢であり、現在アルゴンは弟である次男バルゴンと後継者争いの真っ最中にあった。


基本的にこの世界でも、跡目争いは長子に分があるものだ。

だがその差は絶対ではなく。

失態を演じ続ければ、あっさりとひっくり返されかねない。


そして今回の騎士団の実践訓練において、アルゴンは既に減点を一つ受けていた。

原因はスパム男爵だ。


男爵領での訓練。

それは特に問題なく許可が下りると高を括くっていたアルゴンだが、まさかのノーが突きつけられてしまったのだ。

短期間で冒険者のための町を作るという、彼からすれば意味不明な理由で。


その結果、アイバス子爵家は、想定外の借りをスパム男爵家に負う事になってしまった。

当然、これはアルゴンの失態としてカウントされる。


借りを作るのがマイナスにならのなら、訓練を取りやめればよかったのでは?


行おうが行わなかろうが、他貴族との交渉を上手くコントロールできなかった時点でもうマイナスはついている。

しかも訓練を取りやめれば、騎士団の管理者としての資質すら疑われる事になってしまいかねない。

そうなれば最悪、騎士団の長から降ろされるリスクすらあった。


この訓練には参加していないが、二人いる副団長の片方は次男側の三男であるカルゴンが務めている。

そして彼は虎視眈々と、兄を団長職から引き下ろす事を画策していた。


もし失態を付かれて降格し、三男が団長の座にでもつこうものなら、後継者レースにおけるそのダメージは甚大である。


だからアルゴンは父に頭を下げ、男爵側の要求を飲まざるえなかったのだ。

少なくとも訓練さえ行えれば、騎士団長の解任という最悪の事態だけは避けられる。


「くそっ……エドワード・スパムめ。元王族だからと調子に乗りおって」


休憩中、忌々しさからアルゴンが毒づく。


今回の失態は大きい。

きっと弟は、こちらの不運にほくそ笑んでいる事だろう。


そんな思いから、アルゴンのストレスは溜まるばかりだ。


「なんとしても、死の森の魔物を狩りつくしてやらんと気が済まん」


予定をかき乱した男爵に彼ができる報復は、死の森の魔物を乱獲しまくって男爵家の町づくりにケチをつける事だけ。

だがそれも、思ったように上手くいかない。


何故なら、これは実戦形式ではあっても所詮訓練だからだ


この場に率いられてきた騎士達は精鋭揃いだ。

当然、彼らには騎士として命を賭ける覚悟があった。


ただし、それはあくまでも騎士としてその必要があれば、の話である。


ケチを付けられたアルゴンのただの八つ当たりとわかっている以上、命を賭けて戦おうとする者はいない。

寧ろくだらない理由で怪我をする事の無い様、意図的にパフォーマンスを落として余裕を作っている有様である。


当然、そんな志気の下がった状態でアルゴンの求める戦果など出るはずもなく、ただただ彼のイラつきは募るばかりだった。


因みに、アルゴンは部下達が可能な限り手を抜いている事には気づいていない。


何故なら彼は基本脳筋だからだ。

彼自身は国内有数の腕の持ち主であるものの、集団を効率よく率いるための能力は持ち合わせてはいなかった。


つまり元々、団長としての器ではなかったのである。

そういう能力は、今回の訓練に同行していないもう一人の副団長――三男のカルゴンの方が優れていた。


「ん?なんだ?」


急に周囲に霧が立ち込めだす。

自然現象ではありえない速度で。


「なんだこれは!?」


「団長!?」


そしてあっという間に、視界が白一色で染まる。


「これは魔物の張った結界か……こしゃくな」


視界が奪われ、周囲の音も聞こえなくなる。

これが結界だという事に気づいたアルゴンは慌てる事なく剣を抜いて構え、して周囲の気配を極限まで高められた集中力で探る。


「そこだ!」


アルゴンが気配を察知し、そして剣を振るう。


「音断剣!」


彼は貴族であるため、生まれつきスキルを有していた。


――スキル【音断剣】。


音すらも断つと言われる、超高速の斬撃スキル。

そこから放たれる一撃は、凡人の目では捉える事も出来ない。


そのスキルの込められた一撃は、正確に対象の首を断ち切ろうとする。


だが――


「なっ!?」


――その刃は狙い定めた相手に触れた瞬間、乾いた音共にへし折れてしまう。


「僕の気配に反応できるなんて……人間にしてはなかなかやるみたいだね」


黒髪黒目の、黒いローブを身に着けた男性とも女性ともとれる中性的な人物。

アルゴンが剣を振るった相手が笑う。


「貴様……」


「欲望も強くて操りやすそうだし……僕の使徒にしてあげよう。本当は人間なんか大っ嫌いなんだけど、彼と遊ぶには駒が必要だからね」


「何を訳の分からない事を……貴様は何者だ。俺をアイビス子爵家長子、アルゴン・アイビスと知っての襲撃か?こんな真似をしてタダで済むと思っているのか」


アルゴンは腰の皮袋に手をやり、じりじりと後ずさりながら相手に問う。

気をそらし、時間を稼ぐために。


必殺の一撃を軽く粉砕された以上、目の前の人物はアルゴンの叶う相手ではない。

そのため、既に彼の中で戦うという選択肢は消えてなくなっていた。

今の彼の頭の中は『如何に相手に気づかれず、逃走用の転移アイテム発動までの時間を稼ぐか』それだけである。


「俺に手を出せば、アイビス子爵家は必ずお前を殺すだろう。どこに逃げようとも無駄だ。俺に手を出すという事はそういう事だ。分かったなら……ふん、この借りは必ず返すぞ。覚えておけ」


言葉の途中で、アルゴンの顔が勝ち誇った物へと変わる。

転移アイテムの魔力チャージが終わったためだ。

彼は捨て台詞を吐き、マジックアイテムを発動させる。


だが――


「な、なんだ!?なぜ発動しない!?」


「ふふふ……そんなオモチャじゃ、僕からは逃げられないよ。大魔王からは逃げられないって言葉、知ってるかい?まあ僕は大魔王じゃないけどね」


「あ、あ……まて、何が望みだ?もし弟の雇った暗殺者だというなら、俺はその倍を出す!だから!!」


転移が不発に終わり、アルゴンが焦って命乞いを始めた。

そんな彼に、ローブの人物――ターミナスが汚い物を見るような目を向ける。


「本当に……人間ってのはどうしてこう醜いんだろうねぇ。まあいいや」


ターミナスが、右掌をアルゴンへと向ける。


「な、なんだこれは!?」


その途端、アルゴンの周囲に闇が発生し彼に纏わりついた。

そしてその闇は、徐々に彼の内へと侵食していく。


「あ、が……た、助けてくれ……俺は……アイビス家の……」


「安心しなよ。殺しはしない。ゲームの制約で、僕はこの森から出れないからね。ラスボスはラストダンジョンにいないと。だから君達には、外での僕の手足になって貰うよ」


三日後、何事もなかった様にアイビス騎士団は訓練を終えて森から出て来る。

その姿に特に変わった様子は見受けられなかったが、確実に彼らの内には存在していた。


――邪神によって埋め込まれた、闇の力が。、

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