第6話 暑い
「ぼろっぼろだな」
館から30分程歩くと、遠くの方に朧げに村が見えて来る。
そこから更に5分ほど歩き、村の様相がハッキリ見える様になった際の俺の評価がこれだ。
ぼろぼろ。
そう、ぼろぼろ。
「想像以上に貧しそうだ」
しかも日照りで今年の収穫は絶望的と来ている。
これじゃ、税金とか全く取れそうにない。
つか、王家は俺にどうやって生活させる気だったんだ?
そう考えると――
「はぁ……こりゃ、遠回しに死ねって言われてるのと同じだな……」
領主の資金源は、当然税金である。
まあ商売をやってる貴族なんかも多いが、最低限の状態で放り出された俺にそんな備えなどない。
なので税収なしだと、今年を越えられるかも怪しかった。
最初の荷物だけじゃ絶対1年も持たないし。
「ここに送られたのは、実質死刑みたいなもんか……」
まあ自分の身もそうだが、唯一の村も日照りでやばい。
このまま何も対策しないままだと、住民もどうなるか分かった物ではないぞ。
全滅だってあり得る。
国に支援を要請しないのか?
しても無駄だよ。
ここは元々、罪人に開墾させた実質流刑地だからな。
100年ほど前の話なので、今は二世三世以降が村の住人になってる訳だが、始まりが始まりだっただけに、この村の住人は殆ど奴隷に近い扱いを受けている。
その明確な証拠が俺の腕に嵌まっている、この腕輪だ。
腕輪には住人の位置を把握し、さらに痛みによる罰を与える事が出来る魔法がかかってあった――住人の血筋には呪いの様な物がかけてあり、子々孫々それが続く。
それにこの腕輪の主には、危害を加えられないって制限もある。
貴族や王族は強権を持っているとはいえ、通常の市民相手にそんな理不尽な真似は行われないので、なので名目上は市民ではあっても、彼らの扱いは実質奴隷と変わらない。
なのでどれ程厳しい状況だろうと、国からの救援など期待できないのだ。
村の門まで辿り着く。
ボロボロ過ぎて、辛うじて門と見えなくもないって感じの門に。
「しかしあっちぃな……」
体力を上げたお陰でたいして疲れてはいないが、暑い日差しの中歩いて来たので汗びっしょりである。
デブは汗を猛烈にかく。
健康の事も考えて、はやく痩せないとな。
「爺さん、生きてるか?」
村に入って最初に出会ったのが、門近くの枯れかけの木の僅かな木陰でぐったりと座っている老人だった。
老人は眼を瞑ってピクリとも動かない。
まあ汗はかいているので死んではいないとは思うが、一応声を安否確認だ。
「む……どちらさんですかな?」
俺に声をかけられ、目を開いた老人に自分の腕輪を見せた。
隷属魔法をかけられている村人なら、これが意味する事は一目で分かるだろう。
「その腕輪は!?」
「新しくこのボロンゴ領を治める事になった、エドワード・スパム男爵だ」
ポロロンは、王家にのみ名乗る事の許された家名だ。
追放され、男爵に封じられたら俺にはもうその権利がないので省いてある。
「こ、これはこれは……そうとは気づかず失礼しました」
「ああ、立たなくていい。楽にしててくれ」
爺さんがふらつきながらも慌てて立ち上がろうとするが、俺はそれを制した。
どうみてもグロッキー状態だから。
無理に立ち上がって、倒れられでもされては敵わない。
「ありがとうございます……」
「それで?爺さんはこんな場所で何をしていたんだ?」
「それは……」
俺の問いに、爺さんが困った様な表情になる。
何で老人がこんな場所で座ってたのか気になって何気なしに聞いただけなのだが、どうやら領主である俺には答え辛い事情がある様だ。
「安心してくれ。何か罪に問う様な真似はしない。だから素直に答えてくれていい」
「む……」
「エドワード・スパムの名に誓おう」
まあぶっちゃけ、誓いには特に意味はない。
この世界の貴族は名誉を重んじるが、俺は出来損ないの第4王子にして異世界の転生者だからな。
名誉とかどうでもいいのだ。
だがこの世界ではそれが常識なので、こうやって誓ってやれば爺さんも話しやすいはずである。
「はい……領主様もご存じの通り、この地は日照りで真面に農作物が育っておりません」
「ああ、それは知っている」
「そして農地用に水が無い事からも分る通り、私達の飲み水の確保も全くできていない状況なのです。ですから……」
「ちょっと待て」
飲み水の確保と聞いて、ハッと気づく。
爺さんが何故こんなに弱っているのかを。
そう、爺さんは水不足で満足に水分を取れていないのだ。
しかもこの暑さである。
いつ脱水症状を起こしていてもおかしくはない
我ながら、気の利かなさに嫌気がさすな……
「まずこれを飲むんだ」
俺は腰にかけてあった、一リットルは入る水袋を取り外し爺さんに手渡した。
「あ、ああ……ありがとうございます。こんな老いぼれに気を使って頂いて……なんとお礼を言ったらよいか……」
「いいから早く飲むんだ」
感謝の言葉を遮り、水を飲む様勧める。
すると老人は受け取った水袋の中身を一気に飲み干した。
まあ一気にとは言っても、ここに来るまでに俺が半分近く飲んでた訳でだが……
たった30分ちょっと歩いたぐらいで500ミリも飲んだのかよって思うかもしれないが、デブの発汗を舐めて貰っては困る。
それぐらいのペースで飲まないと、脱水症状を起こしてしまいかねないのだ。
いやまあ、体力上げてるからそんな簡単にならないだろうとは思うけど……
「ありがとうございました」
爺さんが頭を下げ、水袋を俺に恭しく返して来た。
それを受け取った俺は、鑑定を発動させてそのランクを確認する。
……うん、やっぱりランクアップで中身の水を増やせそうだな。
確認したのは、昨日ランクアップで井戸の水を復活させる事が出来たからだ。
ひょっとしたら、水袋の中身を復活させる事も出来るんではないかと思って。
俺は試しにF-になっている中身の項目をAランクまで上げてみた。
因みに一気にAまで上げても消費はたったの1ポイントだ。
どのランクに上げるのも一緒だったので、おそらく端数は全部繰り上げ扱いなんだろうと思う。
なので、当然選択するのはAである。
「む!?」
水袋内が水で満たされ、パンパンに膨らむ。
それを見て爺さんが目を見開いた。
「俺のスキルだ。まだ飲みたいなら飲んでいいぞ」
「あ、ああ……なんと領主様は水を生み出すスキルをお持ちで……く、うう……もう一日早く来ていただければ……」
俺のスキルは別に水を生み出すって物ではないのだが、まあこの際どうでもいいだろう。
増やせる効果があるのも事実だし。
それより……気になるのは、後一日早ければという爺さんの言葉だ。
まあまず間違いなく水関連だろうが……爺さんがここで座ってた事にも関係するのだろうか?
「爺さん、その話を詳しく聞かせてくれないか?」
俺は爺さんに話す事を促した。
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