第25話


買い食いっておいしい


 公衆浴場でお湯をかぶって、塩を洗い流したロリは洗濯物をアニカに渡し、ジャストサイズになったカーキ色にえんじ色の詰襟のついた旧陸軍軍装に着替えた。


 ついでに持ってきた軍装をユズにも着せたところ、やはり手直しが必要そうだったことと、下はお揃いのスカートにすべしと命令を下して、昼過ぎにミルシェの店にゆくことに決めた。


 続いて設営管理部の大工職人たちを再度召喚したロリは、自分のテントの横にゆずのテントの設営を頼んだ。彼らは手慣れた様子であっという間にその場ですのこを仕立て上げ、ジェラルドの窓から見えないような向きでテントを設営した。

 

 テントの中には、アイテムボックスにまだ持っていたユズの絨毯を敷き詰め、ロリが洞窟から追加で持ってきた毛布を丸めて端に置いた。


 「あとはクッションがあるといいかな。」


 「夜はどうするのじゃ? 妾は日が落ちて焚き火でも暗くなる頃には眠ってしまうのじゃが。」


 「それは大丈夫よ。ロリちゃんは生活魔法もダメなんだね。」


 ユズは右の人差し指を立てて、その先に明かりを灯した。


 「うむ。マウマウが使えるのじゃから、魔力はそこそこあるようなのじゃが、いかんせん発動の手順などはすっぽりと忘れてしもうたのじゃ。今更覚え直すのもかったるいしのう。夜は明かりを分けてくれるとありがたいのう。」


 「いいよ。それくらいなんともないからね。」


 「うむ。それでは昼食も兼ねて出かけようと思うのじゃがどうじゃ。」 


 「いいよ。」


 「うむ。お〜い。ジェラルドよ。」


 ロリがギルドの建物に向かって大きな声をかけると三階の窓からアニカが顔を出した。


 「いかがしましたぁ?」


 「いや、泥棒小路の方へと出かけようと思ってな。お主はジェラルドの部屋で何をしておる。」


 「ロリちゃんの洗濯のついでにジェリーの洗濯をしようと思って。」


 「感心じゃのー。では出かけるのでよろしくじゃ。」


 「はい。いってらっしゃい。」


 アニカは窓の中に顔を引っ込め、ロリたちも出かけた。


 「……なんか、奥さんみたいだよね。」


 「まあ、そんなもんじゃろう。婚約者で、ジェラルドを追っかけてきたそうじゃ。」


 「へぇ。いいなぁ。」


 「ここだけの話、アニカも三十路の境が見えてきているような、よいお年頃じゃ。ここでジェラルドに逃げられるといかず後家決定じゃ。」


 「ヒェッ。」


 「まあ、ジェラルドもなんでもないような顔をしておるが、まんざらでもないようじゃし、妾としては早よう身を固めればよいと思うておる。」


 「知り合いなの?」


 「妾は何も覚えておらんとゆうたろうが。存外物忘れが激しい娘じゃのう。二人とも妾の国の貴族の子弟、子女じゃ。何かとよくしてくれるので頼りにしておる。」


 「そりゃそうだったね。」


 「それ、こっちじゃ。一度、妾は屋台でものを食してみたかったのじゃ!」 

 

 朝市の片付けも終えた商人たちが南の大通りの広場にたむろしている中にロリは入った。


 屋台では子羊の丸焼きを大きなナイフでこそいで、その上にタレをつけて渡す屋台や様々な野菜や果物をカットして串に刺して売ったり、ぬるいエールを売る店などが賑わっていた。


 「うちの里にもあったけど、規模が違うね。」


 「まあ、そうじゃろうな。ここは南へと向かう交通の要所じゃそうだ。グロリアから聞いた店はもう少し奥の方じゃ。」


 「へぇ。グロリアさんって、意外と通なんですね。」


 「グロリアに言わせると、あやつらのほかが食に興味がなさすぎるそうじゃ。ジョルジュとフィムは大体作れるそうじゃが、片方は肉ばかりでもう片方は味が薄いのばかりじゃそうだ。二人で相談すれば、美味いものが出来上がるそうじゃ。」


 「じゃあ、グロリアさんも自分で作ればいいのにね。」


 「そんな暇があったら魔法書の一つも読むそうじゃ。」


 「結局みんなダメな大人ということなんだ。」


 「そう言ってやるな。人それぞれじゃ。おう、ここじゃな。おっちゃん、ナスのはさみ揚げと花茶を二人ぶんじゃ。」


 ロリは勢いよく注文して、銅貨を屋台の端に置いた。


 「あいよ!」


 ビーズと刺繍の帽子をちょこんと乗せたかっぷくの良い年配の男性が、網の上に並んでいる大きな丸い揚げ物をトングで一つ掴み、隣のソースが入っている寸胴鍋に半分ほど浸し、包装がわりの薄く焼いた種無しパンに挟んでロリに渡した。


 隣の少女は真っ白な薄い陶器の器に乾燥した丸い花を入れ、その上から鶴のように口先が長いヤカンの熱湯を注いだ。


 すると、白い器の中の乾燥花はお湯を吸い込み黄色の花びらを開いた。


 同じように受け取ったユズは感動したようにお茶の中の花を見つめていた。 


 「ロリちゃん、ロリちゃん、これ綺麗だねぇ!!」


 「じゃなぁ。味はどうなんじゃろなぁ。」


 「さっぱりとしてますよ。ナス揚げって油をすごく吸い込むから、口の中やお腹の中の油をとかしてくれて、胃に優しいんですよ。」


 「お主、こまいのに詳しいのじゃ。」


 「これでも薬学の勉強をしていますから、お姉さん。」


 「おっ、すまんかったのじゃ。ではいただくのじゃ。」


 「うふ。どうぞ。お茶の器を戻してくれたら、銅貨一つ戻しますよ。」


 「わかった。ここの横でいただくとするか。」


 「そうだね。ふぁ……サクサクで、かじったらあっつい肉汁が染み出てきてすっごい美味しいよ。これはグロリアさんに感謝だよ。」


 「あら、お姉さんたちはグロリアちゃんのお友達なの?」


 「そうじゃよ。ここを紹介してもらったのじゃ。」


 「あの子、小さい時からうちのお得意さまなの。お客さんを紹介してくれるから助かるわ。」


 ウンウンと頷きながら、食べることをやめられず、話すことができない二人はあっという間に食べきり、お茶で口の中の油を洗い流し、一息ついた。

 

 「そちよ。失礼かもしれんが、もしかすると小トロール族か?」


 「あたり。気がつかなかった?」


 「であるか。意外と気がつかないものじゃのう。そちらの男はそちの夫か?」


 「嫌だよ、お姉さん。こんな若い夫があるもんかい。こっちは私の息子さ。」


 「…………何度も失礼したのじゃ。すまんかったのう。」


 「いいのよ。お姉さんたちみたいな可愛い子に若く見られたんだから、私もまだまだいけるねぇ。」


 「もうすぐひ孫も見れるってのに、ババァ、なに色気付いてんだかぁあああつっ!!」


 ほほほと笑う小トロール族の母に蹴飛ばされた髭を蓄えた大きな息子は自分の尻をさすりながら、また揚げ物に向かった。


 「おぅ………馳走なったのじゃ。」


 「はい、また来てくださいね。」


 いっぱいになった腹をこなすのに遠回りをしながら、ミルシェの店へとたどり着き、彼女が持ってきた冷たい炭酸水を飲みながら、ロリがその話をするとミルシェは微笑んで頷いた。


 「この街はそういう方が多いので、そういったことがありますわね。」


 「そうなの?」


 「ええ。北大通は手足長族、っと、人族が多いのですが、南や西の大通りではもう種族のるつぼといっても過言ではありませんわね。」


 他種族が人を呼ぶ時の名称をポロリとこぼしたミルシェは何事もなかったかのように言い換えた。


 「ミルシェもハーフじゃからなぁ。」


 「まあ、そうですわね。」


 頷いたミルシェは立ち上がり、ユズに軍装の上着を着せて、採寸をはじめた。


 「このままこの服を着せてしまいますとバストの盛り上がりでとても太めなシルエットになってしまいますわよ。」


 「それはちょっと………。」


 「妾としても、今後のパーティーメンバーにはそれ相応の見れる格好をして欲しいのじゃ。」


 「ですわね。ということで、胸の膨らみを勘案しつつ、裁断の方法を変えてみますわ。」


 「ほぉ。」


 「このような上着は女性が着るものではありませんが、肩幅を小さめにとり、ウエストの細さを強調できるように絞ってゆきますわ。それからバストの膨らみを包み込むようにして、腰の膨らみはわざとサイドベンツが開くようにして体のラインを綺麗に出しつつ、品のあるようにいたしますわよ。」


 「……任せたのじゃ。」


 「任されましたわ。」


 「大丈夫かなぁ?」


 「あとはスカートとタイツは妾と同じものを揃えるのじゃ。」


 「まあ、よろしいですわ。制服にするのですね。靴は膝までの編み上げの黒のブーツかしら。あのど変態に頼んでおきますわ。」


 ロリは深く頷いて、すべてを彼女にまかせた。


 「それにしても、この炭酸水はよく冷えているのう。」


 「裏手の井戸で冷やしたんですのよ。それより、ロリちゃん、うちの父がまた何かないかとせっついてきましたわよ。」


 「うん? そうじゃのう……ユズよ。」


 「なに?」


 「ちょっと先ほどの市場に戻って、甘めの白ぶどう酒を買ってきてもらえぬか?」


 「いいよ。」


 ロリから銀貨を一枚もらったユズは店を出て行った。


 「炭酸水なぞ、はじめて飲むのう。」


 「あら、この街の名物なのですよ。中央広場の噴水から湧き出る水もこれと同じ炭酸水でしたのよ。」


 「ほほぅ。それはますます都合がよいのう。」


 「ただいま。」


 「早かったのう。どれ、ミルシェよ。コップをもう一つ持ってくるのじゃ。」


 「何するのよ?」


 「ちょっと変わった飲み方じゃ。」


 ユズからワインの入った壺を受け取ったロリはコップに少し注いで試飲してみた。とろりとした黄色味がまさった色の酒は甘みが強いデザートワインだった。


 「うむ。これくらい甘いとよいな。」


 「北方の貴腐ワインって言ってたよ。」


 「またえらく値の張るものを仕入れてきましたわね。」


 「ほう、こちらまで流れてきておるのか。珍しいのう。さてと、これに炭酸水を注いでと。」


 「あぁ!? なんてもったいないことをするんですか!!」


 「まあ、みておるのじゃ。」


 ロリはミルシェにかまわずに何度も味を確かめながら、ワインと炭酸水の割合を調節した。何度も首を縦に振って満足した様子のロリはミルシェにもう一つグラスを持たし、そのグラスに貴腐ワインと冷たい炭酸水を半々の割合で注いで差し出した。


 「物は試しじゃ。飲んでみい。」


 「ああ、もったいない…………。んん!? なんですのこれ!? ゼクト(スパークリングワイン)みたい!! でも、貴腐ワインだから、ゼクトよりも酸っぱくないですわ!!」


 「そうか、このような飲み方はされておらんかったようじゃのう。ホッとしたのじゃ。まあ、似非ゼクトじゃ。貧乏ゼクトと言ってもよいぞ。

 白ワインではなく、ロゼワインでもよいし、酸っぱ味のある果物のスライスを浮かべても趣があるし、炭酸水で割るので、子供達に一杯くらいならよいじゃろ。」


 「子供達? 飲ませるわけにはゆかないでしょう?」


 「年末にはこの国でもデヴュタントのための舞踏会が王都で行われるのじゃろ?」


 「ええ、まあそうですわね。」


 「そろそろ、その準備のために良家の子女はあちらこちらの貴族の家で、マナーやダンスといった習い事やそのお披露目として、各地で小さな園遊会が行われるころじゃと思うのじゃ。」


 「それが?」


 「察しが悪いのう。わざわざ商人に頼んで、ただでさえ数の少ないゼクトを高値で取り合うよりよっぽどよいじゃろ。まだ酒精に慣れておらん子供も多いのじゃし、そんな子供に飲ませるのはもったいないとこぼす大人だっておるじゃろ。」


 ロリの話を聞きながら、炭酸水割りのワインのカクテル、スプリッツァーを飲む手が止められないミルシェは目を見開いた。


 「これじゃったら、炭酸水と果実を絞ったものとワインといった風にいくらでも酒精を薄められるじゃろう。小洒落た昼食会などでよく冷やして出すと暑気払いにもなるじゃろし、使い出はあるぞ。」


 「……………………………。」


 「またそちの父親のところまでゆくのも面倒じゃ。紙をよこすのじゃ。今レシピを書いてやろう。レシピとして売り出すも、瓶に詰めて売り出すもシラーフシュツット商会に任せるのじゃ。」


 「売値はいかがします?」


 「任せる。これはひろまればマネも簡単じゃ。前回のような方式ではなく、ひと月ずつの分割で10回で支払われるようにしようかのう。」


 書き終えたロリはミルシェから封筒をもらい、赤い蝋を垂らして封をした。 


 「…………。」


 少し困った様子で辺りを見回したロリは肩をすくめて、自分の軍装のボタンをまだ柔らかい封蝋に押し付けた。蝋にはボタンの桜の跡が残った。


 まあ、よいかとつぶやき、『ロリちゃん』とサインをしたため、ミルシェに渡した。


 「サインまでロリちゃんなんですね。」


 「もちろんじゃ。なにせ妾はロリちゃんなのだからな。」


 「本当に面白い方ですのね。わかりましたわ。これは今日中に父に届けます。」


 「もし、すでにあったならすまぬの。まあ、いま思いつくのはこれくらいじゃ。いくつか試しているものはあるのじゃが、難しいのう。」


 「よろしければ、聞かせていただきたいですわ。」


 「おう、書き物なのじゃが、炭があるじゃろう。それを練って、細く棒にしてペンがわりにするとかじゃが、まず難しいのう。炭に混ぜ物をするのじゃが、何がよいかトンと思いつかぬ。」


 「手が汚れそうですわね。」


 「木でまわりを包めばよい。握りやすい程度の太さでくるめばよいぞ。短くなったらいくらでも小刀やナイフで削れるじゃろう。」


 「そうですわね。そこまで思いついたのでしたら、もう少しですわ。」


 「まっ、そちらでよい案があれば、勝手に盗んでもよいぞ。」


 「そんなわけにもゆきませんわ。欲がないのですね。」


 「言ったろう。これでたつきを立てるわけではないのじゃからな。妾に払う金よりも儲けて、この街の日陰者に飯でも喰わせるのじゃな。」


 「ジゼルから聞きましたわよ。危ないことをなさらないようにしてください。」


 「向こうから寄ってくるからのう。まあ、よいのじゃ。ユズの服が出来上がったら連絡をよこすのじゃ。」


 「はい。あなたよりもやや複雑ですので、一週間くらいみておいてください。」


 「わかったのじゃ。ほれ、ユズ、行くぞ。」


 「あっ、はい。」


 慌ててロリの後をユズは追った。


 二人はもうロリが行きつけになった店を回り、懐が寂しいユズはロリに借金をして、買ったものを片っぱしからアイテムボックスに突っ込んだ。


 テントに戻り、二人は買ったものをユズのテントの中で取り出した。


 ユズはたくさんのクッションを積み重ねて、ターバンや上着を脱いで、素足を伸ばした。ロリも軍装を解き、肩紐のゆるいキャミソールのような部屋着のロングワンピースに着替えた。


 二人は炭酸水を購入して余った貴腐ワインを割ってコップに注ぎ、ユズが冷却魔法を駆使して、キンキンに冷やして飲みはじめた。 


 「まず、パーティーで得た報酬は人数割じゃ。今は二人じゃから折半じゃの。そこから、そちの借金はとりあえず銅二枚を引いて行くのじゃぞ。」


 「そ、それでいいよ。」


 「妾はそんなに急いでおらんから、まあゆっくり返してもらえばよいのじゃぞ。」


 ユズももらったシュプリッツァーを飲みながら頷いた。


 ふと思いついたようにアイテムボックスに手を突っ込み、チーズと塩漬けの豚の足を取り出した。それをユズはナイフで薄く切り分け、チーズをのせて皿に盛った。

 そして最後の仕上げに手をかざすと、みるみるうちにチーズだけがとろりと溶けた。


 「おつまみ。」


 「うむ。ちょうど欲しかったのじゃ。」


 「それにしてもロリちゃんはいろんな発想が浮かぶんだね。」


 「うむ。我ながら不思議じゃぞ。それよりもユズは魔法を使うとき、あまり呪文を唱えないのう。グロリアなんぞ、大仰に叫んでおったのじゃ。」


 まさか自分の記憶の代わりに詰め込まれた異世界の男の記憶から引っ張り出したというわけにもいかず、ロリは話をごまかした。


 「ああ………あれねぇ…………。 むかしは、詠唱派が多くいたんだけど、詠唱の内容で対策されることがあるから、今は無詠唱もしくは短詠唱が主流だね。でも、グロリアさんの短詠唱って、大陸北部の古王国語をわざわざ勉強してオリジナルで使っているんだよねぇ。」 


 「それって、どういうことなのじゃ?」


 「詠唱の意味がない。っていうか、あれは詠唱じゃない。気合いなのか、自己満足だと思う。」


 「なんじゃそれは。」


 ププー

 

 ロリが吹き出した。ユズも我慢していたが、笑いをこらえるために口元が引きつっていた。


 「人族は時折面白いことを考えるよね。またそれが発明に繋がるんだから、さらに面白いよねー。」


 指先で塩辛い肉をつまんでしみじみとユズが漏らした。


 



 二人は昼過ぎからの酒盛りで腹がくちくなってしまい、夕方からうたた寝をして、日も落ちた頃に公衆浴場に向かった。


 「お湯、贅沢だよねー。」


 同時に人が七、八人は入れるような湯船に肩まで浸かってユズがため息まじりに感想を述べた。


 「うむ。しかし、平原の土埃もすごいしのう。日中になれば暑いし、やはりこうやって、お風呂に入りたいのう。」


 隣で縁に頭をよりかけて目を閉じているロリも同意した。


 「ところで、そちの腹の刺青はどうしたもんじゃ?」


 「これ?」


 ユズはお腹に両手を当てて首をかしげた。


 「刺青じゃなくって、魔人族に特有な印よ。その人の魔力に応じていろんな模様が浮き上がってくるんだよ。大きくて複雑になればなるほど、魔力が強くて、制御がうまいっていう証拠なの。」


 「ほお、興味深いのう。ユズはどのくらいなのじゃ?」


 「へへ、自慢じゃないけど、同世代の女の子の中じゃ一番だね。」


 「ふうん。魔人族の女が体を隠したがるのもわかる気がするのじゃ。」


 「どうして?」


 「妾であったら恥ずかしくて生まれ変わりたいのじゃ。」


 「なんだとー!! どういう意味じゃい!!」


 「おや、このような時間に珍しいですね。」


 「アニーか。仕事終わりか?」


 「はい。」


 アニカは片膝をついてしゃがんで、桶で湯船のお湯をすくい、何度も掛け湯した。


 「ご苦労さまじゃったのう。」


 「いえ。」


 アニカは、真鍮製の真新しいお湯を湯船に注ぐ湯口から離れた湯尻から入り、二人のそばに寄ってきた。


 「これからジェラルドのところにゆくのかや。」


 「……………それはお答えしかねます。」


 「なんでもよいから、早くまとめるのじゃぞ。」


 「……努力します。」


 「うむ。期待しておるぞ。」


 「あ、あの、ここのお風呂、すごいですね。」


 「ええ。実はこのロートバルトは水資源が豊富なんですよ。泉質も多くて、普通の水の他に、有名なのは炭酸水ですが、そのほかにも炭酸泉や黒湯とかの温泉とかも出るんですよ。」


 「へぇ〜。じゃあここもそうなんですか?」


 「ええ。炭酸泉ですね。疲れや切り傷にいいそうですよ。」


 「羨ましいなぁ。里は水が少ないから、お風呂とかも大変なんですよ。」


 「ここではたっぷりと使っても大丈夫ですよ。」


 微笑んだアニカは湯船から両腕を出して大きく伸びをした。


 「剣術とかするとやっぱりいいんですかね!?」


 「何がですか!?」


 熱いユズの視線と魂からの問いだった。

 

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