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タンタンタンと最果先生のタムドラムが鳴る。
そこから四人の演奏がスタートダッシュみたいに、一気に激しくなった。
互いの音を探ろうなどは毛頭ない。最果先生がいきなり始めるのは予想済み。それぞれが容赦なく音を奏でる。
ギターの逆風くんは安定している。渡してくれた音源どおりに弾いている。
最初に惹かれたのはイントロのピアノ――結晶くんだ。いきなり抑揚をつけて歌うように弾いている。最初の練習の時から音が綺麗だと思ったけど、この夏で化けた。
そしてもう一つはみちるちゃんのベース。
すごい! 逆風くんに負けてない! 弦組が折り重なるように一致している。
――って感心してる場合じゃない。Aメロ、くる!!
リズムに身体と呼吸を合わせて、喉元を大きく開く。
お腹を出しながら空気を入れて、力を込めて最初のフレーズを歌う。
(!?)
一瞬、みんなの演奏が鈍る! でも、さすがに全員負けん気が強い。すぐにたち直して私を襲うように演奏する。
そうでなきゃ! 面白くない!!
緊張とは違う熱が胸の内に高まっていく。なだらかで強い演奏が、私のテンションを上げていく。
いいね、すごくいい!
私の歌を引き立てているみたい。みんながいい演奏をすればするほど、私は高みへ行ける。
つま先から、指の先端から、うなじを目指して、筋肉や内臓を震わせて喉を通じ、身体中のエネルギーを外に出す。
スピーカーから私の声が聞こえる。
演奏という波の上を、私の声が躍るようにラインを描く。
歌詞の多いメロディから、隙を見つけて深く息継ぎをする。
曲はAメロからBメロへ。ここから私の肺活量が試される。
高音域を前に、緊張と高揚が走る。
さっきまで私を引き立てていた演奏が、今度は牙を向ける。
『ちゃんと歌えるんだろうな?』
目を閉じて心の中で頷く。
誰に言っている!
『Outside run 君と再度だ!その鼓動が加速する』
それぞれの楽器のエッジが効く。サビを歌っているはずの私が蹴落とされそうなほど、太く激しいキレのある音。
歌いながら、一月前とは比べ物にならないほど、その演奏に魅了される。
私はみんなの演奏に酔いしれながら、声をだすため全身を震わせる。
身体が熱い。一キロメートルくらい走ったくらい。
1番のフレーズが終わる。間奏が入ると嬉しくて振り返る。
逆風くんはにやりと笑い、みちるちゃんはひたすら弦を睨んでいる。結晶くんは目を閉じて軽やかに鍵盤を動かし、最果先生は不愛想に激しくドラムを鳴らした。
どうだああ!
心の中でドヤって2番を歌い始める。
声が出る以上、あとは歌詞をなぞればいい。
私はこのバンドの主役で、みんなが私のために演奏してくれる。
最高にハイだ! この感情、長距離をしていたら絶対にない!!
転調する最後のサビを丁寧に歌い上げると、逆風くんのリフが鳴り響き、呼応するように結晶くんのピアノが顔をだす。ボーカルからバトンを渡された二種の音は、アウトロを美しく奏で、リズム隊はそれを支えるように影に隠れる。
最後の音がスピーカーから消失すると、全員が手を離した。
「で、先生。飯は奢ってくれるんだろうな?」
「端からそのつもりだ」つまらなさそうに嘆息する。「だが、このクオリティではまだまだ。ここから手を加えていく」
「素直じゃないんですから……」
結晶くんが肩をすくめる。
まったく……。男子組はみんな演奏が上手くて羨ましい。
一方で、みちるちゃんはようやく安堵の息をつく。不安なのはよくわかる。三人ともベテランで自分が追い付けるか必死だった。私もボーカルじゃなかったらかなり不安だし。
その日、夕方いっぱいまで練習した私たちは、楽器を片した後、最果先生の車で外食することになった。
大型のバンの中に、楽器を持った私たちはぎゅうぎゅうと詰めていて、運転席の最果先生と助手席にいる逆風くんが、焼き肉か寿司かで言い合っている。
この二人は教え子と生徒の関係なのに、ほんとに容赦がない。
Outside runの編曲も、表現の仕方で言い争い(Bサビのところでは30分近く戦った)、罵詈雑言が卓球のラリーより早く打ち合い、終始張り付いた空気になった。
だが、出来上がった曲は私の想像をはるかに超え、映像をつけようものなら、動画サイトで百万再生できるほどの素晴らしい出来だ。
この感触は、結晶くんもみちるちゃんも通じていて、最後に通したときに呆気にとられていた。
多数決の結果、焼き肉になったところで、今後の活動の話題を最果先生がつげた。
「まったく面白くない結果だけど」相変わらずの毒舌。「君たちを学園祭のステージに参加できるよう取り計らう。大変つまらないことだけど」
あれだけいいものを作って何が気に入らないんだろう。
大人だからか――いや、絶対に性格。最果先生はやさぐれてひん曲がったにちがいない。大人なんてなりたくないな……。
「その件だが」言い出したのは逆風くん。「このまま参加しても優勝だろう。うちの音楽部なんて大したレベルじゃない」
「ああ……だからまったく面白くない」
抑揚のない声で最果先生がハンドルを左に切る。
「そこでだ」逆風くんが後部座席にいる私たちを見る。「俺たちを二つの組に分ける。ボーカル兼ギターの俺は、音楽経験の浅い根暗と。月下は経験者のガリ勉と。それでどっちがより人気かを競争する」
「はい!?」「なにーー」「!?」
アホリーダーの提案に私たちが一斉に顔を見合わせた。
「なんでそんな無謀なことするの! べつにいいじゃん、みんなでやれば!」
「絶対勝てる戦いをしてもつまらないだろ。それにバンド内で戦ったほうが、個々のレベルアップにつながる」
「面白い」
さっきまで棒読みだった最果先生が急に声が高くなる。ほんとにゲスいなこの人。
青信号をいいことにぎゅーんと車を加速。
「さすがに先生も嬉しいか。ちなみに先生はドラムだから二グループとも演奏してもらう」
いきなり車がガックンと前後に揺れて、大きなブレーキ音が響いた。
「殺す気か」
それはこっちの台詞だから! 安全運転してください!!
「さっき面白いっていったじゃねーか。そもそも、顧問なんだから練習を見なきゃならないんだろ」
先生はみんなに聞こえるほど嘆息する。
「口は災いの元だな」
運転も落ち着いたのか、私は逆風くんの頭をツンツンさした。ん、とこっちを向いたところで
「ほんとにやるの?」
「あぁ。そうでなきゃ月下のギターも上達しないからな。だけど、面白いだろ。月下たちは俺たちと勝負できる。俺も根暗も月下たちと戦える、最高じゃんか」
「……私は不愉快極まりない」
ぶっきらぼうに告げる先生だが、逆風くんは気にしない。
ちょっと複雑。たしかに逆風くんを追い抜くつもりだけど、こんなに早く勝負したいと思わなかった。
もう少し実力が上がってから――と結晶くんとみちるちゃんを見たけど、目をぎらぎらさせている。やばい、本気だ。
「ルールは後日に説明する。お、目的の店にきたぞ」
赤い看板があるところに、先生の車はその駐車場に入っていく。
「全員食中毒になればいいのに……」
ぼそっと怖い恨み言が聴こえたけど、あえて気にしないことにする。
食べ盛りの生徒四人を連れて焼き肉屋に来て、私たち二組の練習を付き合わなきゃならないのか。
逆風くんは意気揚々と店へ乗り込んだ。
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