第5話 あいつ、バスケやめたよ
夏休みが終わり、バスケットの練習は今まで通り月・水・金の放課後になった。
でも、シンはぱったりと姿を見せなくなった。
同じ学校の子に「シンはどうしてこないの?」と聞いた。その子はいつもシンにちょっかい掛けていたいがぐり頭の男の子。丸山って名前の子だ。自分はシンと仲がいいと思ってるみたいだけど、シンはなんとなくその子のことを避けていた。
「あいつ、やめたよ。」
そいつは、信じられないことを言った。
「お母さんに、やめるように言われたんだって。」
***
次の日の夕方、学校の門の前でシンを待ち伏せした。学校はお腹が痛いと言って休んだ。うちは共稼ぎだったから、割とあっさり「だったら寝てなさい。」と言って貰えた。
シンは一人で門から出てきた。ジーンズに長袖のTシャツを着ているシンは、いつもよりも大人びてみえた。黒いランドセルが不釣り合いだ。私が声を掛けると、ぎょっとした顔で後退りした。
「何でバスケやめたの?」
詰め寄るように問いかけると、シンはさっと表情を曇らせた。
「那帆には関係ないよ。」
関係ない。その言葉にカチンときた私は反射的に握りこぶしを作ったけれど、シンに向けることはなかった。腹が立ったけど、シンを傷つけるような事は出来る筈がなかった。だからこそ、悲しかった。
「関係ない。」
その言葉が。
正門の前で俯くシンと、睨み付ける他校の児童。通り過ぎる子達が好奇の視線を向けるので、私はシンの手首を掴んで走った。行き先は、決まっている。いつもの公園だ。
金色に色付いた稲が延々と続く道をシンの手首を掴んで走る。シンは本気を出せば私の事なんて軽々追い越せるし、腕を振りほどくことだって簡単にできるはずだった。それなのに伴走するみたいに私の速度に合わせて付いてきた。私たちの行く先々で、しげみからトンボが慌てたように飛び立っていく。
ゴールの下にたどり着くと、私は膝に両手をついて荒い息を整えた。シンは、殆ど息を乱していなかった。それでも、私に合わせるように身体を小さく丸めた。
「……ごめんね。」
シンは小さな声で言った。シンの声の混じる風が私の髪を揺らす。
「何に対して。」
身体を折り曲げたまま、つっけんどんに言葉を返す。
「勝手に、やめて。」
「それだけ?」
シンの影が、首を横に振った。
「約束、破ったことも。」
涙が出そうになった。口をぎゅっと結んで堪える。約束破られたくらいで泣くもんか。でも、泣きたくなったのは悲しかったからだけじゃなかった。
シンが約束を覚えていてくれた。それが嬉しかった。
堪えきれなかった小さな雫を、汗を拭く振りをして拭ってから、顔を上げる。わざとすごく怒った顔をした。
「何で、やめたの?」
改めて問いかけると、シンは斜め下を向いた。
「……お母さんが、やめた方がいいって言ったから。」
「なによそれ。あんた親のいいなりなの?恥ずかしくない?」
シンは唇を噛んだ。ぎゅっと赤い唇が結ばれる。凄く苦しそうな顔に、私ははっと息を飲んだ。
シンが苦しくて、悲しそうな顔をしている理由。それは、お母さんが無理矢理バスケをやめさせたからだ。シンはお母さんに逆らえないんだ。
そう思った私はまた、シンの手首を掴んで走り出した。
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