第3話 エゾシカのような男の子

 私は昔からエネルギーの塊みたいな子で、その発散の仕方がやっかいだった。何かと周りの人間達に喧嘩をふっかけ、男の子だろうが年上の子だろうが殴り飛ばして泣かせてやった。今思うととても理不尽な子供だった。


 女の子だからいずれ大人しくなるだろうと高を括っていた両親も、五年生にもなっても男の子を泣かし、やれ痣がひっかき傷がと相手の親から苦情が来るのは流石に問題だと思ったらしい。6月のある日、本人の意思確認もせずバスケットボールチームに放り込まれた。


 少子化のこの時代だ。バスケットボールチームを作れるくらい子供を集めるのは大変で、そのチームもいくつかの小学校合同チームだった。しかも、男女混合。そうはいっても、高学年になると男女の運動能力には大きな差が付く。学年が上がるにつれ女子は少なくなり、五年生には私を含めて三人しかいなかった。


 札幌の6月はからりとした風が吹き、過ごしやすくて大好きな季節だ。小学校の周りにはタマネギ畑が広がっていて、のんびりと蛙の鳴き声が響いていた。私が通っていた小学校はもっと町中にあったから、自転車でたどり着いたこの光景を少し馬鹿にした記憶がある。創立100年を超える小学校の校舎は気味が悪いくらいオンボロだったけど、体育館だけは建て替えたばかりらしくて綺麗だった。ど田舎の薄汚い校舎に緑の屋根がピカピカ光る体育館はとてもアンバランスに見えた。


 チームのユニフォームはまだ届いていなかったから、白いTシャツに紺色の半ズボンという体操着で、ひるむことなく体育館に向かった。引き戸を開けると、床にバウンドするボールの音や、キュッキュッとシューズが床をこする音、大きなかけ声が同時に響いてきた。


 これが本格的なバスケ?

 私はコートに視線を向けた。


 両親がなぜあの時バスケットボールチームを選んだのか理由を聞いたことは無い。ただ、選択肢はサッカーかバスケットボールしかなくて、お金が掛からなくて試合が少ない方を選んだ気がする。だって、その時まで私も両親もバスケットボールに何の関心もなかったのだから。


 私は監督と母親が話をしている間、ぼーっとコートを見ていた。それくらいしかする事がなかったし。


 水色のビブスを着た男の子が、敵のチームの手からボールをかすめ取った。その素早い動きにおっと目が釘付けなる。


 彼の手からボールを取り返すために、敵チームの選手が次々と挑んでいく。しかし彼は僅かな隙を突いてすり抜ける。ひらり、ひらりと身を翻してゴール下までたどり着くとタッと跳躍した。身体がしなやかに伸びる。水色のビブスに溶けそうなほど白い腕がゴールに伸び、ボールがそこへ吸い込まれていく。


 草原を自由自在に駆け回るエゾシカみたいだと思った。


 春先に猟友会に入っているおじさんが見せてくれた、鹿狩りの動画を思い出した。


 その動画は山のあちこちからエゾシカの群れが集まってくるところから始まっていた。何班かに別れて、鹿を猟犬で追い込み、一本の獣道に集める。そこをハンター達が待ち構えて、一網打尽にするのだ。

 追い立てられて走ってきた鹿は、次々と銃弾に倒れていく。危険を察知し逃げようとしても、林の中にはハンターがおり、後ろからは仲間が次々とやってくる。逃げ場を失った鹿は前へ前へと走るしかない。死地へ向かう鹿達に未来はなかった。


 その群れの中に、一匹だけ白い毛並みの鹿が混じっていた。


 その鹿は、ひらりひらりと仲間を避け、屍を飛び越えて銃弾の雨をくぐり抜け、林の中へと姿を消した。


 「こいつはアルビノだ。存在は知られていたが、見たのは初めてだ。皆こいつの毛皮が欲しくて狙っているが、姿を見ることすら叶わない。アルビノのくせに生き延びているのには訳がある。この俊敏さだ。悔しいなぁ、追い詰めたんだがなぁ。」


 おじさんが心底悔しそうに話していた。

 その、真っ白なエゾシカが人の形になって現われたのかと、一瞬思った。


 彼は、前髪をさっと払った。キラリと汗の雫が光りながら飛び散る。


 私は思わず息を飲んだ。


 とても綺麗な男の子だった。どんなK-POPアイドルでも勝てないくらい白い肌につやつやの唇、長い睫に縁取られた大きな瞳。


 リアル王子様じゃん!


 心の中で叫んだ。心臓がバクバクバクバクと大きく鳴り響いた。

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