出来損ないの欠陥品

 シェレビア王国の王、カイデル・シェレビアは強い男だった。まっすぐな性格で明るく、体を動かすことが好きで。

 しかし、平民出身のこともあり、政治に関しては全くの無知であった。そこを補っているのが、ヴィエータ王族によって爵位を下げられていた優秀なアレウス侯爵とカイデルの実の息子で次期国王である文武両道のアーサ王太子の二人だ。そのためカイデルは大変彼らを気に入り、良い待遇をもたらした。

 しかし、その一方でカイデルが気に入らない者もいた。カイデルは滅多に人を嫌いにならない。どんな者でも受け入れ、支援するからこそシェレビアは栄えている。

 そんな彼が、唯一嫌悪を露にしている者。それは彼の実の息子だった。正確に言うと、彼の次男である。

 母は長男アーサとは異なるため、アーサにとっては異母兄弟となる。

 アーサの母親の名はリシャ。彼女の出身はカイデルと同じ村で、幼馴染という関係だ。二人は結婚し、子供を育てながら村で一生を終えるつもりであった。だが、カイデルが王となったことで人生が一変。リシャは王妃となった。


 カイデルがまだ建国する前。建国からおよそ三年前の話。カイデルがどうやってヴィエータを滅ぼそうかと傭兵団の団長として貴族と共に会議をしていた時に、話は出た。

 当然、貴族の中にはこれを毛嫌う者がいたのだ。 平民の両陛下など尊敬できない、と。そこである提案を出したのが若くして当主の座についたアレウス侯爵。アレウス侯爵には年の離れた妹がいた。しかし、優秀すぎるが故にもらい手がおらず困っていたのだ。そこで無知な王の助けになるであろうとカイデルの王妃をアレウス侯爵の妹に。側妃としてリシャを置くことを提案した。

 カイデルは渋ったが、それがアレウス侯爵家にもリシャにもメリットがあると判断した。それから、アレウス侯爵家からルイーズという知的な女性が嫁いできたのだ。


 そんなルイーズから産まれた子こそ、カイデルの次男であり毛嫌いをする人物だった。

 名をゼオンという。

 アーサとゼオンは三つ違い。アーサは父親譲りの金色の髪と母親譲りの海色の瞳。一方でゼオンは父親と母親の色を混ぜ合わせたような色を受け継いだ。髪は橙色。瞳は深紫色。平民に根づいてきている王族は金の髪という容姿とは少し異なっていた。

 しかし、カイデルがゼオンを嫌っている理由はそこではない。ゼオンは出来損ないの欠陥品と呼ばれた。勉強もまるでできない。興味のあることもない。人付き合いも良くない。性格は短気で喧嘩っ早い。王族として劣ってばかりの息子を嫌ってしまったのだ。


 カイデルは期待していた。愛してはいなかったが、優秀な母を持つ子だ。将来アーサを支えてくれるような人になってくれると、その子の誕生を楽しみにしていた。しかし、生まれたのは欠陥品。とても優秀とは程遠い人間だった。

 見兼ねたカイデルはゼオンを放ったらかしにした。政や国交などで忙しいルイーズもゼオンに構っていられなかった。そのせいで、ゼオンはさらに荒れた性格になってしまい、今では貴族や従者からも王子として扱ってもらえない始末だ。


 そんなゼオンは今日が義兄の成人パーティーだと言うのに、寝坊。起きても焦らず、身軽い格好に着替えて裏口から城を出る。何か面白いことがないかと、髪を手ぐしでといただけの髪をいじる。


「あの、ゼオン様でいらっしゃって?」


 そう声をかけられてゼオンは睨みつけるように声の主を見る。その兄とは正反対のつり目はただでさえ人を怖がらせる力があるのに、睨みでもしたらそれは震え上がってしまうほどだった。

 声の主は茶髪の長い髪をくるくるとこれまでかと思わせるほど巻いた少女で、歳はゼオンと変わりないように見える。恐らく今日のパーティーに来た成人の令嬢だろうとゼオンは推測する。


「何か用かよ」

「も、もし良かったら今日のパーティー、一緒に踊って頂けませんこと?」

「俺は踊らねぇ。他を当たれ」


 ぶっきらぼうにゼオンは言うと右の方向へ歩き出した。しかし、その令嬢はゼオンを走って追いかけてゼオンの目の前で止まった。

 思わず当たりそうになったゼオンは目を丸くして驚く。


「相手がいらっしゃって?」

「いや、いねぇけど」

「な、なら私と踊ってくださいな! 私、実はずっとゼオン様が──」

「ああ、ああ! 鬱陶しいな。とっとと消えろ。死にてぇのかよ」


 そうゼオンは令嬢に怒鳴りつけると令嬢は固まり、ゼオンは構わずにズカズカと歩き出した。

 ずっと前からそうだった。誘う者は誰もゼオンの中身を愛してはくれない。この無駄に整った容姿を自分のものにして、あわよくば王族の一員になりたいのが目的なのだ。愛なんて言葉が、ゼオンは一番嫌いだった。


「ちょっといいこと?」


 ゼオンは騒がしい大通りの中で、すっと耳に入ってきた女性の声に振り返る。そこにいたのは令嬢の方を支えながらゼオンを見つめる、長い茶髪に夜空色のドレスを着た女性、エレノアだった。

 ゼオンはまた舌打ちをする。また誘われるのかと思い、視線を前に戻して歩き出した。


「ちょっと、いいこと?」


 立ち上がったエレノアに先程よりも大きな声で呼び止められ、ゼオンはイライラしながら振り返り、エレノアの元に大股で近づいた。


「うっせぇな。今気が立ってんのが分かんねぇのかよ。話しかけんじゃねぇ」

「あら。そんなの一目瞭然よ。見る限り幼い子供とは思えないけれど、心の中はまだ幼稚ね。可哀想に」


 エレノアはゼオンに皮肉ったように微笑みながら言う。それにゼオンは怒りが込み上げてきた。


「てめぇ、俺が誰か分かってんだろうな」

「知りませんわ。これっぽっちも興味ないもの。それよりこの子に謝って頂けないかしら。こんなに乙女の心をズタボロにして行ってしまうなんて、信じられませんわ」

「……本当に知らねぇのかよ」


 ゼオンの本当に驚いているような顔にエレノアは眉を顰める。


「ええ。初めてここに来たんですもの。何もかもが初めてですわ」

「田舎モンか。なら尚更俺に関わんな。その女もめそめそすんなよ。本当に、何もかもが鬱陶しい」


 ゼオンとエレノアは睨み合いを続けていると、そこに座り込んで泣き続けていた令嬢がエレノアの肩をそっと叩いた。


「ノア様、もう良いですわ。私が悪いのです。立場も弁えず……」

「あなたは悪くありませんわ。悪いのはこのオレンジ頭。さあ、涙をお拭きになって。きっと素敵な殿方があなたを気に入ってくださるわ。あなたは可愛らしくて綺麗な、美しい花のような方だもの」


 エレノアもしゃがみ込んで令嬢の頭を優しく撫でてやると、令嬢は顔を輝かせて笑顔を見せる。その後、礼を言った令嬢は晴れた顔でゼオンを通り越して歩いていった。その姿にゼオンは目を点にして驚く。


「何なんだ、一体……。てかお前、俺をオレンジ頭呼ばわりしただろ!」

「だってオレンジ頭じゃない。無駄に明るくて嫌気がさすわ」


 エレノアはため息をついて首を横に振る。そんなエレノアにゼオンは歯を食いしばって、悔しがっているような素振りをする。


「あなたも成人パーティーに?」

「いや、俺は違う。身内がそれだ」

「ふうん。歳上にからかわれないように気をつけるのよ」


 エレノアは口角を少し上げて微笑む。そして立ち上がってドレスについた石を手で軽く払った。


「私はもう行きますわ。女の子には迷惑かけないでくださいまし」


 エレノアは礼儀正しくお辞儀をすると、ゼオンとは逆方向に歩き出した。背後からゼオンがエレノアを呼ぶ声がしたが、エレノアは振り返らずに歩いた。

 エレノアは、あまりここに住む人間に印象を強く持たせたくなかったので、もう関わらないように立ち去った。


 一方、エレノアが去った後のゼオンは何だか恥ずかしい気持ちが込み上げて地面を思いっきり蹴った。そしてエレノアが向かった方向を睨んだ。


「ノア、か。いつか、覚えとけよ」


 ゼオンは思いっきり踵を返して、歩こうとする。すると、その体を執事の何人かに拘束されてしまう。


「王子。そんな格好で出られると困ります。さあ、夜のパーティーの準備を」

「俺は出ねぇ……って俺の話を聞けよ!」


 執事はゼオンの有無を聞く前に城に連れていった。

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