二度目の初めまして
パーティー当日。パーティーには自分が成人だと確認できるものさえ持っていけば誰でも城内に入れ、パーティーに参加することができる。国王の懐の広さを改めて感じる形式だった。エレノアは精霊が手に入れたかなり本物に近い偽装の証明書を持って行くことにした。魔法がかけられているので、恐らくバレないだろうと。
「エレノア、とっても綺麗なのよ!」
「精霊王様みたいだわ!」
精霊たちは楽しそうな声を交わしながらエレノアの準備を手伝う。
「精霊王? 妖精王の他に精霊王もいらっしゃるの?」
「あら、知らないの?」
「精霊王様はルゼ様に匹敵するくらい魔力を持つお方なのよ」
「あたしたち精霊をまとめあげるボス的存在なのよ」
精霊たちは次々に喋り出す。
どうやら精霊は手のひらの大きさほどしかないが、精霊王は人と同じ体格をしているのだそう。わがままで自由気ままな精霊の頂点に立つ者であるということは、カリスマ性やリーダー性がありそうだとエレノアは思った。
「精霊王様の見た目は男だけどねー」
「ねー」
精霊たちは歯を見せて、まるで悪巧みをする子供のように笑った。
「本当は女性の方なの?」
「エレノアは賢いと思ったけれどそんなことも知らないのね。あたしたち精霊には性別というものが存在しないのよ」
その一人の精霊の言葉に他の精霊も何度も頷いた。エレノアは思わず目を見開いてしまった。確かにここにいる精霊たちは皆、可愛らしい女の子姿だ。性別がないということがあまりしっくり来ることがなく、エレノアは首を傾げた。
「まあ、人間には到底理解はできないと思うのよ」
「その神々しさが精霊王様みたいだと思っただけなのよ」
精霊たちは楽しそうに口を動かしながらもテキパキと飛び回る。エレノアのメイクを担当する者、ヘアアレンジを担当する者、それぞれが自分の仕事を行っている。
「すごいわ。私じゃないみたい」
エレノアは鏡を見ながら感心したように呟く。
エレノアの茶色の長く美しい髪は緩やかに巻かれ、陶器のような肌には白粉が薄くつけられいた。ドレスはベルラインと呼ばれるタイプのもの。夜空のような色でスカート部分には星のようなラメがキラキラと輝いている。シンプルだが、その控えめなフリルや派手すぎない装飾が却ってエレノアを引き立たせた。そして、馬子にも衣装とは言えないほど欠点の見当たらない完璧なスタイル。
エレノアはおとぎ話の中のプリンセスのようだった。
髪の毛の色は本来の自分の姿とは異なるが、これまでまともに化粧やおしゃれをしてこなかったため、初めて着飾った、あまりにも印象の違う自分の姿に驚いてしまったのだ。
「ふふん。これなら街の男はエレノアに釘づけなのよ」
精霊たちは得意げな顔をして、顔を赤らめるエレノアを煽てる。
「ああ、大変。もう日がてっぺんに来てしまうのよ」
「私たちが一緒に行けないのがすごく嫌だけど、気をつけながらも楽しんでくるのよ」
精霊たちは一斉にエレノアに心配の声と見送りの声をかける。エレノアはその言葉に微笑んで頷いた。
エレノアは城を出て、ドレスが汚れてしまわないように、と魔法を使い一瞬で森の外に出た。幸いにも森の出口は人があまり通らない道だ。恐る恐るエレノアは人がいないことを確認して街の方へ歩き出す。
城からはまった全く聞こえない街の賑わう声が、ここではうるさいほど聞こえてくる。静寂に慣れきったエレノアの耳では、少し耳障りなほどに。
「まずはお城に行って参加表明をしないと」
エレノアは固唾を呑んで城へと向かう。街の整えられたレンガの石を恐る恐る歩く。
笑われないか、殺されないか不安だった。しかし、そのエレノアの不安は余計なものであった。
「お嬢ちゃん! 見ない顔だね、ここは初めてかい?」
「え? あ、ええ。お恥ずかしながら」
エレノアは急に声をかけてきた女性に肩を揺らして驚き、冷や汗を流しながらぎこちない笑みで答えた。
「ぺっぴんさんだねぇ。郊外の貴族様かい? もし良かったらおばちゃんが城まで案内してやろう」
女性はそう微笑んで言うと、エレノアの細い腕を強引に掴んで歩き出した。エレノアは驚きのあまり声を出せずにいた。
もしかして、自分は王の前に引きずり出されて、殺されるのではないかと思ったのだ。エレノアは何とかして誤魔化そうとする。だが、恐怖で声が上手く出せなかった。
仕方なく、エレノアは女性に従うしかなかった。
道中、エレノアは視線が痛かった。もう気づかれてしまったのだろうかとますます不安になる。エレノアの魔法だけでなく、精霊たちからも保身の魔法をかけてもらったというのに、と。
「ほら、着いたよ。階段を上ってあのでっかい扉を開ける。きっとその先に兵士がいるだろうから説明するんだよ。行っといで!」
女性はエレノアの背中を思いっきり叩いて口を大きく開けて笑った。エレノアは頭が混乱してきた。この人は、自分を殺そうとしものではなかったのかと。
「私が、どこの誰なのかご存知では?」
「いいや、知らないね。こんな美人一度見たら忘れないさ。そうだ、あんたを見てたら思い出したよ。ヴィエータの最後の姫様は大層美しかったそうだけどねぇ。生憎見る前に殺されちまったんだ。それも実の父親によって死んだらしい。どこまでも残酷な王族だった。そんな家に産まれた姫様を気の毒とも思うがね」
エレノアは思いがけない話に目を丸くさせた。エレノアはこうして生きているし、父親によって殺されたなんて一体誰が広めた噂なのかと気になって仕方なかった。
「おば様、その話もう少し詳しく話してくれませんこと? お恥ずかしいことですけれど、ヴィエータの最期でさえ知らないのですわ」
そうエレノアが聞くと、女性は少し眉根を寄せる。彼女たちにはヴィエータに良い思い出がないのだろう。そんなことを思い出させるのは少々胸が痛むが、それでも溢れ出る好奇心を止めることはできなかった。
「良いよ。立ち話もあれだ。先に受付を済ませてからここに戻っておいで。そこのカフェで話してあげよう。あと、私の名前はおば様ではない。キュレーとお呼び」
そうキュレーはエレノアに向かって優しく微笑みかけると肩を叩いた。エレノアも頷いて、城の長い階段を上った。
そこからは広いバルコニーが見える。なぜか寒気がしたのは、きっとエレノアと血の繋がった者がそこで一生を終えたからだろう。エレノアはそこから目を逸らし、パーティーの日だからなのか門番のいない、城の重たい扉を開ける。
扉の先には鎧をつけた若い兵士が二人立っていた。その兵士にエレノアは自分の成人したことを証明する証明書を見せる。兵士はエレノアにそこで待つよう伝えると、しばらくして戻ってきた。兵士はエレノアの胸元に赤い小さなリボンをつける。これが、成人した女性を表す物だと言った。それをつけていないと夜の舞踏会には参加できないのだそう。
エレノアは最初から舞踏会へ行く気はなかったが、ありがたく記念にもらうことにした。
エレノアは急いでキュレー夫人の元に戻りたかったため、兵士から聞く注意事項などを聞き流していた。普段真面目なエレノアからは考えられない行動だ。
その時だった。
「ごきげんよう、美しいレディ」
城の奥の方から余裕のある面持ちで歩いてきたのは、エレノアが唯一会いたくなかった人、アーサ・シェレビアだった。王族と言うに相応しい豪華な衣装に身を包んでいる。
アーサは昔と変わらず一目見れば恋に落ちてしまいそうなほど容姿端麗だ。見た目こそ昔と同じように絵に描いたような王子様を感じさせたが、その笑みからは後退りしたくなるような何かを感じさせた。
「アーサ殿下! この度は成人、誠におめでとうございます!」
兵士二人が息を揃え、まるで機械のようにお辞儀をするとアーサは軽く笑った。
「今日で僕はその言葉を一体いくつ聞くことになるのかな。嬉しいよ、ありがとう。……レディ、名前をお聞きしても?」
アーサは兵士に微笑みかけたまま、エレノアに顔を向けた。その微笑みはどこか凍りついているようでエレノアは自然と手が震えていた。
「えっと、私は」
「別に変な気などはありません。しかし、名前くらい知っておきたいのです。こう思うのは、きっとあなただけだ」
そう囁くようにアーサが言うと、エレノアの右手を流れるように持ち、甲にそっとキスを落とす。
本物の王子様にこんなことをされてはまるで夢のようだが、エレノアはそういうわけにはいかなかった。幼い頃、アーサを信じた自分に心底呆れた。そしてふつふつと怒りがこみ上げてくる。
エレノアは睨みつけるようにアーサを見ると、握られた手を振り払った。アーサは目を点にして驚いている。こうなることを予想していなかったように。
エレノアは赤く染まった顔のままアーサを睨んでいた。
「お言葉ですが、私は婚約関係でもない、ましてや今知り合ったばかりの者に気を許すつもりはありませんの。失礼なのは重々承知しております。どうか、他をお当たりくださいまし。王子も、今日をどうか楽しんで」
エレノアは踵を返して城の扉を開け、急いで階段を下りていく。まだ、アーサが触れていた右手が異常に熱かった。
エレノアが去っていった後、兵士は焦っていた。国の次の王となる方になんて失礼なことをしてくれたのだと、恐れを感じていたのだ。兵士はアーサへぎこちない笑みを浮かべながら口を開く。
「で、殿下になんて口の利き方だ。殿下、あまり気を悪くなさらず……。あれ。なぜ、笑っていらっしゃるのですか?」
兵士の言葉通り、アーサは王族でもない者に失礼なことをされたにもかかわらず微笑んでいた。
「いや、何でもない。相変わらず面白くて美しい女性だと思っただけさ」
アーサは笑ってそう返すと、エレノアとは逆方向へ歩き出した。
兵士はそんなアーサの後ろ姿を見て、そもそもなぜアーサがここへ来たのか分からず、ただ首を傾げた。
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