第4話 温泉旅行編3

「連れてきました!」


春に覗き魔発見者を連れてくるように指示してから約10分。春が一人の女性を連れて女湯の塀の周りを調べていた私の下にやってきた。


「この人です!」


「あぁ、ありがとう」


「ほら、犬みたいな顔でしょう?」


「アンタ失礼ね!」


早速、人を怒らせるんじゃない。

私は覗き魔発見者の女性に話を訊くことにする。


「すいません。覗きの第一発見者であるあなたから色々とお話しを伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「あんた誰よ?」


そうだな、まずは名乗るのが常識だ。


「私は探偵をしている夢見と申します。犯人を捕まえるためにも、あなたのご協力をお願いしたいのです」


「ふーん、探偵ねぇ…いいわよ。捕まえてくれるってんなら教えてあげる」


「先生、私この人嫌い」


「アタシもあんたなんて嫌いよ」


こんなところで、喧嘩しないでくれ。

確かに、この人は上から目線であまり人には好かれない性格かも知れないが、それでもここで機嫌を損ねて捜査に協力してもらえなくなるのが一番困る。今機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。


「助手が申し訳ない。しかし、今はどうしてもあなたの協力が必要なのです。なんとか許してもらえないだろうか」


「ふん!まぁいいわ。アンタは嫌いって訳じゃないし、アンタには協力してあげる。そこの女は嫌だけど」


「カァーッペッ!」


痰を吐くんじゃない痰を


「助かります。では、最初に覗きを発見したのはいつ頃だったか覚えていらっしゃいますか?」


「確か…身体を洗っていた時ね」


ということは洗面所か…先程斎藤さんに女湯の構造を描いた紙を見せてもらったが、女湯の洗面所と男湯が近いところにあった。風呂に入りに行くフリをして覗きに行くことは充分可能ということか。


「因みに、犯人の顔は見ていませんでしたか?」


「サングラスとマスクであまりわからなかったわ」


こんな暗い時間でサングラス?…随分と夜目の効いた犯人なんだな。


「ねぇちょっと」


「はい?」


「これだけ協力してるんだから絶対に犯人を捕まえなさいよ」


もちろんそのつもりだが、よほど恥ずかしい思いをしたのだろう。今のこの人から恨みのこもった声が聞こえた気がした。


「先生、いっそこの人を犯人にしましょう。実は覗きなんてなくて、この人が勝手に騒いでるだけだった。ね?もうそれで解決ですよ」


解決ですよじゃねぇよ…犯人をでっち上げるんじゃない。


「アンタ、アタシに恨みでもあるわけ?」


「恨みはないですけど、上から目線が気に入らないです」


ド直球過ぎる…わかっていたが、なぜ初対面の人にここまでハッキリと物申せるんだこの娘は


「上等よ、表にでなさい」


「私とやろうとはいい度胸です。二度と私に逆らえなくしてやりますよワンちゃん」


「ワンちゃん言うな!」


「お願いだからやめてくれないか」


こんなところで、これ以上の騒ぎなんてまっぴらゴメンだ。


「とにかく、ご協力ありがとうございます。覗きにあっていますし、心身共にまだ疲れたままかもしれません。ここからは私達で何とかしてみますので、今日はゆっくり休んでください」


「そうさせてもらうわ」


そう言って、彼女は部屋に戻って行った。


「さてと、とりあえず広間に戻るか」


「がるるる」


今日は唸ってばかりだな、うちの助手は


「ほら、行くよ」


「はーい」


しかし、ホントに犯人は一体誰になるんだろうか…特長も一致しないのに犯人かもしれないと言うだけで塞き止めるのにも限界がある。

早くトリックを見破り証拠を見つけないと

そういえば、発見者の彼女は犯人はサングラスとマスクをつけていたと言っていたな…トイレに残っていたりしないだろうか?


私は最初に犯人が逃げ込んだトイレに戻ると、それぞれ三人が入っていた個室のドアを開けた。


「先生?広間に戻るんじゃないんですか?」


「ん?あぁ、ちょっと気になることがあってね」


私はトイレの便器の下や、流しの中など色々と調べてみたが、それらしい物は一つもなかった。


やはり残ってないか…まぁそりゃそうだよな。


それから私は広間に戻り、三人に顔を合わせて今わかってることを整理する為、メモ用紙に書き写していった。

犯人は、男湯から入って覗きの場所に行ったかも知れないこと、覗き穴は女湯の洗面所にあったこと、覗きを行っていた時の犯人の格好はサングラスとマスクをつけていたこと。

以上が今わかっている事件の真相だ。

もうひとつ分かった…というか、おそらく可能性があるだろうと思えることがあるが、確信があるわけではない。


「今のところ分かってるのはこれくらいか」


私は整理したメモを懐に入れ、三人がいた場所へ行く。


「それにしても、何かここ暑くない?」


兼松さんが、私が来たタイミングでいきなり暑がりだした。

確かに、少し暑い気もしないでもない。斎藤さんに、もう少し冷房を効かせてもらおう。


「ほんとですね~私汗かいて来ちゃいましたよ」


「確かにな、こりゃ後で風呂にでも入らねぇと」


「汗で服がベトベトだよ」


「むふふ~大浴場、まだ行ってなかったから楽しみにしてたのよぉ~大浴場には、男男男…楽しみねぇ」


兼松さんだけ、楽しみ方が違うのでは?というか、興奮して暑く感じてるだけではないか?

…ん?服がべとべと…そうか!


「皆さん!犯人がわかりましたよ!」


「「「「え!」」」」


「本当ですか!」


「もちろんです!」


おかしい?また春が話し出したぞ…


「というかどうしていきなり春ちゃんが喋りだしたの?」


うん、私もそう思う。


「細かいことは気にしないで下さい!それよりも犯人はどうやって姿をくらませたかという話ですけど」


細かくないよ。大事なことだよ。


「まず、犯人は女湯を覗いた後、私達から逃げてトイレの個室に駆け込んだ。ここまでは間違いありません!」


間違いありませんじゃないよ。それを私に説明させてくれよ。


「そして、犯人はトイレの個室で服を着替えて、サングラスとマスクを外して隠したんです!」


「じゃあ、その服は一体どこに?」


「あるんですよ。服を隠せて、かつ見た目まで誤魔化せる方法が1つ」


ヤバい…このままでは、また春に全てを持っていかれる。

私は春の言葉を遮ってでも犯人を言い当てようとする。


「その方ほ」

「その方法は!」

「そうか!新しい浴衣をトイレにあらかじめ用意しておいて、逃げ込んだ後にその時着ていた服は、着替えた浴衣の中に仕舞い込んだのね!」


兼松さん!?


春の言葉を遮った私の言葉を、なぜか兼松さんが遮ってしまった。

なぜだ…なぜ私の推理がことごとく別の人に奪われていくんだ。


「そして、それができるのは、上田さん、ポッチャリ体型で誤魔化せるアンタしかいないわよねぇ?」


「ちょ…ちょっと待て!なぜ僕が!そもそも、体型が誤魔化せるって理由だけなら他にもやりようはあるだろ!」


確かに、しかし、他にも決定打はある。


「植えたいさん!貴方は、トイレから出てきたとき随分と汗をかいていましたね?しかし、着ていた浴衣はほとんど濡れていなかった」


くそっ、また春に持っていかれた。


「それは、汗をかきはじめたばかりで、それに!サングラスなんて僕は元々持っていないんだ!マスクはともかく、どーやってサングラスを調達するんだ!」


「コンビニとかで買えばいけるんじゃ?」


確かにその方法もなくはないが、今回は違うな。


「サングラスだと確かに不自然だけど、仕事の資料を作るって言ってた貴方なら、それに見せかけたブルーライトカットのメガネを持ってるんじゃないの?」


どうしよう…今回は春だけでなく、兼松さんまで推理している。

私の立つ背がないんだが…


「もし、違うと言うなら今着ている浴衣を脱いでごらんなさい。何も出なければ疑いも晴れるわよ?」


「うぐっ…」


「そして、貴方は覗き穴を空けるために小さな道具をつかったりしたんじゃないですか?それが出てくれば、もう言い逃れは出来ませんよ!」


「ぐっ…」


もう、あの二人で探偵やればいいのに…


上田さんが浴衣の帯を緩めると、中から湿った浴衣と、錐が一本、そして、マスクとブルーライトカット用のメガネが落ちてきた。


「やっぱりね、覗きの犯人は」


「そうさ、僕だよ!ある時から覗きをするのが快感になってね!そこからは至るところでこのやり方を実行してきたけど、見破られたのは今回が初めてさ!素晴らしいよ君た…」

「テメェなに偉そうなこと言ってんだコラァ!!」


いきなり兼松さんが、上田さんに殴りかかった!?

私は後ろから兼松さんを何とか抑えようとするが、さすがの体格というか、兼松さんは止まらない。


「このヤロォ!この女の敵め!」


「おおお落ち着いて下さい兼松さん!!」


「おらおらおらおらおらおら!!」


ボカッ!ドゴッ!ドスッ!


兼松さんを止めるのを誰かに手伝ってもらおうとするが、


「うわぁ…」


「あ…ぁ…」


「……」


斎藤さんはドン引きしてるし、三島さんは怯えちゃってるし、春に関しては鼻ほじってるし!


「ちょっと!誰でもいいから兼松さんを止めるのを手伝って下さい!」


「えー?いいじゃないですかほっとけば。どうせ女の敵はボコられるのがお似合いなんですから」


無神経過ぎないか!?

くそっ、これじゃあ春は手伝ってくれそうにないな。


「三島さん!斎藤さん!一緒に止めてください!」


「は…はい!」


「おおおおおう!わかった!」


3人がかりで、ようやく兼松さんを止めることができたが…上田さんの顔はパンパンに腫れていた。


「今日のところはこれくらいにしといてあげるわ。次やったら、ただじゃおかないわよ」


「ふぁ…ふぁい…もうひまへん」


今現在、ただでは済んでいないような気がするんだが…


その後、上田さんは、翌日にやって来た警察に連れていかれ、私達は、残りの時間を楽しむことに決めた。


そう、まだ、このときまでは平和だったのだ。


「先生!お土産買いに行きましょう!お土産!」


不安しかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る