ヒトコワ
小丘真知
苦情
いやぁ、山の管理は大変ですよ。
ウチのは爺さんから受け継いできた山ですから。
おいそれと手放すわけにもいかないですし、だからってねぇ。
ずっと置いておくのも、これはまた手間でしてね。
ため息ばっかり出ますよ。
少し前に大変なことがありましてね。
ワタシの山の近くに住む方から電話が入りまして。
どうもワタシの山に夜中に入って、エアガンっていうんですか?そういう鉄砲ですね、模型の。
撃って遊んでるやつがいるようだぞっていうんですよ。
ガサガサ山をうろつく音とね、なんかこうプシュン!みたいな音がね、あちこちでしてるんだそうでねえ。
おっかないからその人も、中に入って確かめるまではしてないけども。
まあ立ち入り禁止だの通報するだの、看板くらい立てたほうがいいんじゃないかい?っていう、要するに苦情ですよね簡単に言えば。
弱ったなぁと思いましたよ。
前に看板立てたことがあるっちゃあるんですがね。
立てたら立てたで、何か採れると勘繰られるんですよ。
それで逆にそういう輩が増えちゃいましてね、筍だぁたらの芽だぁ、さんざん荒らされちゃったことがあったんですよ。
まあでも、同じ部落の人から言われたら、これはもうしょうがないんでね。
かあちゃんと相談して、看板くらい立てておこうとなりまして。
それでご近所の方の気が済むならってんで、手作りして立てにいったんですよ。
夜はおっかないんでね、ワタシも臆病ですから。
畑が終わってから看板組み上げて。
夕方くらいに軽トラに積んで行ったんです。
まだ10月くらいだったんで明るいっちゃ明るいんですけども、山に入ると一気に薄暗くなるんでね。
看板立ててとっとと帰ろうって思ってたんですよ。
そしたら、山の方で。
プシュンって音がしたんです。
遠くの方でね。
ああ、こりゃあいるな、って。
わさわさわさと足音が遠くなっていくのも聞こえたんです。
看板立てるだけ立てて、とりあえず駐在さんに連絡入れてね。
ちょっと音がする方へ入ったんです。
まあ、そうすると自分の足音とか草を分ける音がどうしてもしちゃいますから。
黙って後をつけるってのは、これは無理な話なんですね。
なもんで最初から、ワタシの方から声かけながら行ったんですよ。
だれかいるのかぁ?、私有地だから立ち入り禁止だぞってね。
そしたら、遠くを歩いていた足音がどんどん遠くなって、聞こえなくなってね。
逃げられたかとは思いましたけどまあ、ホッとしまして。
ちょうどその先に椎茸が採れる場所があったものですから。
ついでに持って帰ろうってんで歩っていったらですよ。
藁人形が打ち付けてあったんですよ。
一つ二つじゃないですよ。
あっちこっちにいぃっぱい。
椎茸には目もくれず見渡す限りの木に打ち付けてありましたよ。
もうね。
さっきまでの汗が全部引きました。
足元から背中まで鳥肌がたって、腰抜かしそうになりましたね。
こりゃだめだってんで急いで軽トラのところに戻ったらですよ。
さっき立てた看板に打ち付けてあったんです、藁人形が一つ。
もう、おっかなくておっかなくて。
車の中で震え上がってたらちょうど、駐在さんが来てくれましてね。
全部話して見てもらいました。
で、あとの詳しいことは聞いてません。
どうも藁人形には誰かの名前やら住所やら書いてあって。
あとお札とかも、あったらしくて。
そうとう念が入ってるのは分かったそうなんですが、ワタシはそういうの本当に苦手なんですよ。
だから、ちゃんとは聞いてません。
山には立ち入り禁止の看板をあちこちに立てて、しばらくは警察で見回りを強化してもらって、何事もなくなりましたけどね。
教えていただいたのは、釘のことだけです。
どうやらエアーを圧縮して打ち出す、釘打ち機を使ってたんじゃないかって。
だからあれだけの数の藁人形を、短時間に打つことができたんじゃないかってことですけど。
世の中便利になりましたけど、人間様のやることは変わらないですね。
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