第12話 透明人間と癖のある友人
誕生日から気付けば一ヶ月。
昼過ぎごろに友人から突然「遊ぼうぜ!」とメッセージが送られてきた。文面では言葉足らずになると困るので、俺はひとまず電話をかけることにした。
「どうした急に」
『やー、麻雀しようと思っとったち、一人風邪ひいちゃって。代打ち頼む』
「ネットか?」
『そうそう、招待送っとくから入っとくれ』
「わかった」
という流れがあり、俺は安いマイク付きヘッドホンを装着し、アプリを開いてパソコンの前で待機している。
しばらくすると、招待を受けたサーバーに友人と、知らないアイコンが二つ現れた。
そのアイコンは大げさに加工の入った女性の写真で、名前は「ゆあ」と「サキ」。俺は嫌な予感がしてヘッドホンに手を掛けた。
『どうもー。
『こんにちはー』『初めましてー』
会話が始まってしまった。
女性二人の甘ったるい声に、もっと早く逃げればよかったと思ってしまう。
「……どうも」
仕方なく礼儀として挨拶をすれば、女性陣は同じようにしなを作った声で返してくる。
一通り終わったところで、浩隆が言う事は予想通り。
『では、ネットコンパ始めようと思います。カンパーイ!』
思わずヘッドホンを放り投げようとする手を抑えて、声に気持ちが乗らないように質問をする。
「どういうつながりで……?」
『オレとサキちゃんは雀荘で』
『ゆあは私のトモダチでーす』
『質問もいいんだけど。ヒグラシ、早く部屋入ってもらえる?』
「あ、悪い」
言われてすぐに送られていたコードを打ち込むと、俺以外が既に揃っていた。そのまま
どうやら俺は浩隆を責めることができないらしい。コンパかどうか聞いていないのは俺で、麻雀を打つことに嘘は無かった。
そして、俺がこういう場に呼ばれたときの役割は大体わかっている。
『いやー、キツイなー。これ?』
『それでーす。ローン』
『うわ、たっか。サキすご』
最初の半荘はサキがトップ、ラスは浩隆だった。
一応『楽しい飲み会』という体なので、負けた浩隆は本人の合意の上でウォッカをショットで飲んでいる。
「大丈夫か……?」
『心配すんなよ。たかがショットグラス一杯分だから』
浩隆が酒に強いのは知っている。聞きたかったのは「(こんな時間から)大丈夫か」に対する答えだったのだが、そもそもあまり気にしていないらしい。
それよりも、なぜウォッカとショットグラスをすぐに用意できるのか。
『よし、次の半荘行きますか』
浩隆の声かけで、また打ち始める。
局が進むごとに相手の事はわかるが、どうもサキという子はわかりやすく、そして甘い。雀荘に行くのは俺の知ったことではないが、これではカモにされて終わりではないのか。
『私ィ、麻雀強い人が好きだなァ』
そう言いながら打った牌は俺の当たりだが、それを自然に見送る。手を抜いていることがバレないように、最後は手を崩すか安くアガる。
このサキというやつは雀荘を出会いの場所か何かと勘違いしているらしい。友達と言っていたゆあの方はあまり喋っていないが、強制的に連れてこられているような印象を受ける。
雑に打っていると、一回目よりも早く終わった。順位も先ほどと同じ。
『あれ? 私強すぎ?』
『やりすぎだよ、サキ』
『オレまたラスかよ……。っしゃ、飲みます!』
浩隆が飲み、流れるように三半荘目が始まると、小さな呟きが聞こえる。
『本気出しますか』
これはゴーサインだ。さすがの浩隆もこの女の相手には疲れたらしい。
俺も改めて自分の仕事を確認する。一口、水を含んだ。
***
『さすがに懲りたかな?』
「まあ、あんなもんだろ」
夕方になり、通話には俺と浩隆だけが残っている。
本気を出す、と言ったところから三半荘。俺のアシストや妨害もあり、サキは浩隆の集中砲火を浴びて三回とも箱を割り、声を震わせながら通話を出ていった。
「最後の国士はやりすぎかもな」
『さすがにあんなもん運だ。ってか俺役満やるタイプじゃ無いし』
「いやー、土井プロは違いますね」
『思ってねえやん』
お互いに笑い合うと、大学の頃を思い出す。通話だけのはずだが、声を聞くだけで浩隆の笑顔が眼前に現れるようだ。好きかよ。
『やばい、ヒグラシの笑う顔見えるわ』
なんだそれ、好きかよ。お互い見えるとか、もはや恋人かよ。
関係値のせいでなまじリアリティのある想像ができてしまう。
「やめろ、気持ち悪い」
『うん、オレも』
「お前は飲み過ぎだ」
『それはそう。ちょっちトイレっ』
マイクをミュートにもせず、バタバタと遠ざかっていく足音が聞こえる。
同じようなことは過去に何度もあった。そのせいか今では俺もそこそこ打てる人間になってしまった。
『いやー、よう出たよう出た』
「……」
突発的な汚言とどこの方言だかわからない謎の喋り方はこの男のデフォルトだ。さっきのような場では出さないようにしているのだろうが、俺の前では全開である。注意する気にもなれない。そして黙っていても浩隆の中で話は生み出されていく。
『ネットもいいんだがねー。やっぱ牌触りたいべ』
「まあ、確かに」
『それぞれ一人ずつ集めてよ、また今度雀荘行こや』
「いや、うん……今はいい」
『どったん? ついに彼女できたっぺ?』
「できてない。あと、『ついに』って付けるな」
『でも事実じゃんよ。んーじゃ何? 理由プリーズ?』
麻雀が上手い人間は必ずどこかしら尖っていくらしい。浩隆の場合は、自分の知らない事を徹底的に潰そうとする知的好奇心が並外れている。良く言えば研究熱心、悪く言えば無遠慮だ。
つまり、この状況において下手な言い訳は通用しない。ならば、俺にできるのは浩隆を信じ、ただ聞かれたことだけを答えることである。
「実は、今年の春ごろから透明人間になってしまった」
『なるほど、それならムリな。で、本当の理由は?』
「それが、本当なんだ」
『……あ? なに言っとん?』
浩隆の声がわずかに怒気を帯びた。
知識欲に対して真っ直ぐな彼にとって嘘はこの世で最も嫌うものの一つで、俺の回答は嘘であると判定されたらしい。
「信じられないのもわかる。だが、事実なんだ」
『あーもう、そういうのいいから』
「待て浩隆。俺が今までお前に嘘をついたことがあるか?」
『確かにそれは無い。でも、今お前が使ったそのセリフを言った人間のほとんどは嘘をついている』
浩隆は完全に俺を疑ってしまっている。言葉で示す手段はもう無くなってしまった。どうすれば良いんだ。
ビデオ通話にすれば、何もないところにヘッドホンが浮いているように見えるだろう。しかし、それも何かで固定していると言われてしまえばそこで終わりだ。
であれば、本人の目で直接確認してもらうほか無い。
「浩隆、『百聞は一見にしかず』って知ってるよな?」
『もちろん。お前の言いたいことは大体わかった……、じゃあ明日行くから』
「おう。わかっ……、明日?」
『それじゃ、そういうことで。バイちゃー』
俺の咄嗟の疑問にも取り合わず、浩隆は通話を抜けてしまった。
自分の聞きたいことはどこまでも追及するくせに、勝手な奴だ。
「明日か……」
時間も伝えない徹底っぷりを見ると、本当に俺は信じてもらえていないらしい。
明日は平日だ。時間によっては愛奈と鉢合わせる可能性がある。その説明にも嘘をつくことはできないし、お互いの家族ともよく顔を合わせていたため、親戚だという常套句も使えない。
「どう説明したものか……」
呟きは部屋の壁に吸われ、俺は誰にも相談できない虚しさに頭を悩ませるのだった。
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